松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第26章 鳥と獣。

1 ウバメトリとヤゴメトリ。

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 ウバメトリとは、世に言う姑獲鳥、ウブメとも呼ばれるモノに似ている。

 そのトリは猫の様な、子供の様な声で鳴き。
 夜中に干されていた子供の服に印を付けられてしまうと、数日の内にその家の子供に問題が起こる。

 だがウバメトリと姑獲鳥には、僅かに違いが有る。

 姑獲鳥は血で印を付け、引きつけを起こさせる。
 片やウバメトリは、見えぬ印を付け、子を奪う。

『印トハ、要するに糞尿です、しかも鳥類には夜行性もイマース。コウして、人と獣の間で伝染る感染症を、既に昔の方ハ肌で感じていまシタ。伝承には意味がナーイ、そんな事ハ有りマセン、しかも文献にも残っている証拠がアール。デスから無闇に批判する事ハ、考証したくナーイ、面倒だと表明するも同義デスから。皆サーン、どうかそんな低俗な事ハ、卒業以降も決してしないで下サーイね』

 私は、小泉先生の助手、みつゑと申します。
 夫のトシオとは、この大学で出会い、結ばれたのですが。

「では、原稿用紙に3枚以上。今回の事、それから先生のお言葉について賛否を問わず書き、来週の授業の前日。この国の時刻で、昼の12時までに、私の居る助教授室の投書箱に入れて下さい」
『未提出は点数上げマセーン』

「もし何かしらの理由が有った場合、裏面に書き添え、同じく助教授室の投書箱に入れておいて下さい」
『私に渡しテモ、ダーメですからネ』

「では」
『ハーイ、最初の授業終わりー、バイバーイ』

 卒業の半年前、夫からの婚姻を申し込まれた直後から。
 この女教授に目を付けられてしまい、散々に扱き使われております。

「では、お疲れ様でした、下がりましょうか」
『ハーイ、お茶しましょうね』

 彼女には、非常に裏表が有ります。

 人間関係は勿論、ひいては学生の為。
 敢えて、あの話し方をしている、そうなのですが。

 面白半分では、と。

「どうぞ」
『ティンキュー』

 既に3人の子を産み育て終えているとは思えない若さ、美貌、愛らしさ。
 片や私はそこらに良く居る、中の中。

 中の中で、恵まれているとは思いますが。

 何故。
 どうして私なのか。

 教授は、気に入ったから、としか申しません。

「何故、私なのでしょうか」

『何故だと思う?』

「物珍しい、大人しく従順そう、若しくは容易にへこたれなさそうだと勘違いされてしまったのでは。と思っております」

 民俗学の教授、助教授はほぼ肉体労働です。
 現地へ赴き、歩いて尋ね回り、しかもそれらを正しく書き記さねばならない。

 とある者は腱鞘炎となり、同じく部下や弟子に口語を書き写させ。
 ある者は、膝を悪くし、ある者は神霊に殺される。

 それが大学内での評判です。

『それらも含め、よ、勘違いでは無くてね』
「お給金はしっかり頂きますが、お給金分だけ、ですからね」

『はい賄賂、好きでしょう切腹最中』

「頂きます」

 正直、家計がとても苦しい状態ではあります。
 夫は卒業目前に盲腸を発症し、命に別状は無かったものの、病弱だからとの不条理により内定を取り消され。

 今は半ば諦めていた公務員を目指し、勉学一筋。

 元から多少は私も稼ぎ、良き頃合いに子を設ける、そう互いに合意しての事だったのですが。
 内定取り消しの憂き目に遭い、この方の下働きに。

 確かに良い方は良い方なんですよ。
 けれど、あんまりに裏表が有ると、やはり末恐ろしさが湧き立つもので。

『アナタはどう思うのかしら、ウバメトリやウブメについて』

「全ては人の業から、そこに少しの真実が混じり、すっかり妖怪化してしまった。茨城独自ですし、少なくとも話を持ち込んだ者と見た者は別人、実際に何かしら有ったのでしょう」

『お手紙が来たのよ、ココに』



 ウバメトリを見てしまいました、しかも家の庭で、自分の家の庭で。

 真っ赤な腰巻きに、薄汚れた羽織り。
 そして手拭いで顔を隠した女が、赤子の様なモノを抱き、俺の着物に真っ赤な血で印を付けると。

 いつの間にか、消えていたんです。

 どうか助けて下さい、その着物は着ていませんが、怖くて処分も出来ません。
 嫁を残して死ぬワケにはいかないんです、どうか助けて下さい。



「先生会いたさに手紙を出す方も居らっしゃるので、何とも」
『本当に、冷静ね。だから行こうか迷っているの』

「私が代わりに向かいましょうか、近いですし、気晴らしに夫と参りますよ」
『助かるわ、ありがとう』

 後に、私は後悔する事になるのですが。
 この時は、しっかり準備し、それなりに考えての事だったのです。

 ですが、民俗学には深い裏が有る事を、改めて思い知らされました。

「お手紙を頂いた物の代理ですが、◯✕さんはご在宅でしょうか」

 夫と2人、手紙の主の家を尋ねましたが。
 全く、誰の出て来る気配も無く。

《裏で作業でもしているんだろうかね?》
「ですね、お勝手口に回ってみましょうか」

 そうして夫と共に、勝手口が有るだろう場所へと向かうと。

《何だか臭うね》
「ですね、お庭も随分と荒れてますし」

 そうして戸を叩こうと、一押しすると。

《開いているらしけれど、先ずは僕が先に行こうか》

「すみません、宜しくお願いします」

 そして夫が戸を押すと。

《あぁ、君は見ない方が良い》

 夫は素早く立ち塞がってくれたのですが、私は、見てしまいました。

 酷く悶え苦しんだかの様に、般若の形相のまま、男性が息途絶えており。
 その方から、異臭が立ち込めていたのです。



『ごめんなさい、難儀だったわね』

「いえ、少しばかり安易でした、反省しております」
『良いのよ、こうした事は稀、稀有だもの』

 私は直ぐに近隣へ向かい、警察へ。
 そして教授にお電話し、お凡そ向かわされるであろう警察署をお伝えし、お迎えに来て頂いてしまう事に。

「以降は、ご一緒すべきなのでしょうか」
『いいえ、今回は仕方の無い事、どうか懲りずに、お願い』

「はい」

 民俗学は、最初はとても好きでした。
 誰かが考えたのであろう小噺が、嘘が独り歩きをし、形と成った。

 けれど時には、深い深い闇が有る。

 そう気付いた頃にはもう、後戻りの出来無い状況でした。
 知ったなら、納得が行くまで知りたくなってしまう。

 それが例え、どんなに理不尽であろうとも、不条理であろうとも。

《あぁ、先生》
『オーゥ、お久し振りデース、幸せ太りデスね?』

《あはは、みつゑさんの料理が美味くてつい。すみません、お手数おかけして》
『元は私が頼んだ事デース、コチラこそ、申し訳無いデース』

《いえいえ、こうした事は珍しい、そう前に先生も仰ってましたし。僕らの悪運が使い果たされたのかと、少なくとも、僕はそう勝手に思っていますから》
『ォーゥ、良い考え方デスね。それでも、すみません、気分の良い事デハ無かったでショウ。今日はもう帰って下サーイ』

「はい、失礼します」
《では、失礼します》

 多分、教授は亡くなっているであろう事を、分かってらっしゃった。
 けれど、何故、どうして私に発見させたのでしょうか。



『すみまセーン、お願いしマース』

 私は手紙を貰って直ぐに、先ずは伝手を使い、下調べを行った。

《この匂いと送り主が同一人物か、違うなら、それは誰か》
『ハーイ、それと禄でも無い男かどうかもデース』

《姑獲鳥なんぞ見る男は、どうせ禄でも無いのしか居ませんけどね》
『デスけど、念の為デス、裏打ちも大事デスから』

《はい、では》

 立派な犬を常に同行させている、若い少年。
 切っ掛けは機関では有るけれど、今は、こうして私個人のお願いも聞いて貰っている。

 現地調査は常に危険と隣り合わせ、しかも女で、異国の血を引いている事は明らかな見た目。
 下調べを怠ると言う事が死に繋がり兼ねない学問、それが民俗学。

《送り主は同じ者、素行不良。それと、確かに姑獲鳥は居ましたよ》

『では、捕まえ』
《いいえ、アナタの指示を仰ごうかと》

 手紙を渡し、たった2日で全てを。
 いえ、全てでは無いわね。

 どの様な姑獲鳥かは、確定していないのだから。

『機関の指示通り、お願いしマース』
《はい、では》



 地の者、犬神家から依頼が来た。

『珍しいですね、何事ですか』
《死口をお願いします》

 表にも口寄せの出来る者は居る。
 それは海の者でも、地の者にも現れる。

 けれど山の者に頼むと言う事は、かなりの面倒が裏に有る、と言う事。

『分かりました』

 そうして指定された場所へと向かい、戸を隔てた家の中に居る者に、死口を行った。
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