松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第26章 鳥と獣。

1 件。

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 件の如し子、都より遥か遠方で産まれ。

 《この子は、件と名付けよ、死ぬまで生かせと言っています》

 薩摩生まれの女が、その土地の者には分からぬ言葉を解し、村人達に伝えた。
 そうして件が生きている限り、村は豊かになった。

 だが件が死に、その村は疫病により廃村となる。



『コレを、私に調査シロ、と』
『はい』

『モウ廃村、なのデスよね?』
『ですが近隣の村に僅かに生き残りがいらっしゃるそうなので、宜しくお願い致します』

 こうして私は助手と、助手の夫と共に。
 かつて件が生まれた、とされる集落の近くまで向かった。

 けれど。

《コレは、無理かと》

 木の根を使ったであろう吊り橋は、既に朽ち。

「先生、コレは1度、近隣の村に向うべきかと」
『そうデスね、向かいましょう』

 向かおうとしていた場所へは、地図さえ無い。
 市区町村に登録すらされず、そのまま朽ちた村。

 そしてこれから向う先も、役所にて、後から手書きで加えられたに過ぎぬ村。

 そうした小さな村、集落は各地に点在している。
 けれども、登記が無いだけで、国は関知している。

 何処から、どの様な情報かは未知数だけれど。
 国は、どうしてか把握している。



《いやいや、本当に、助かりましたね》
「そうですね、酷い通り雨でしたから」
『無理スレば危なかったデスね』
『本当に、無茶をしないでくれて助かったよ、行方知れずになられても満足に探せる人手すら有りませんからね』

《あぁ、では何か手伝わせて下さい、私は単なる付き添いですから》
「不器用な人ですけれど、覚えは早いですから」
『悪いねぇ、なら竈を頼むよ、米くらいは炊けるだろう』

《はい》

 僕は妻のみつゑ、そして小泉教授の付き添いとして、この山奥の集落まで来たんですが。
 民俗学者には、色々と決まり事が有りまして、その枠外である者が必要となるんです。

 あまり金銭や何かを渡しては、いつしか捏造する者が現れるかも知れない。
 もしかすれば人手を欲し、故に伝承を捏造するか捻じ曲げてしまうかも知れない、若しくは情報を隠し滞在を引き延ばそうとするかも知れない。

 ですので、金品は最低限、何かしらを手伝う事も遠慮しなくてはならない。

 互いの善意と善意、だけで成り立てば良いんですが。
 何処の田舎も、人手不足でして。

 けれども人を呼び戻す力も知恵も無く、ただただ、いつか誰かが村に戻って来る事を期待するだけ。

 ですが、だからこそ、こうした土地には良い伝承や口伝が有る。
 時には原型のまま、しっかりと儀式が残っている場合も有り、その際は国から更に調査員が派遣される事が有ります。

 そうして整備が整い、更に運が良ければ、居着く者も現れる事が有る。

 ですので、長い目で見て、ありのまま真実を教えて頂く事が1番だと。
 そうお伝えし、そのままを記録するのが、民俗学者の役目の1つ。

『あぁ、手慣れたもんだね、アンタも学者さんなのかい』
《いえ、生憎と今は公務員を目指しているんです。体調を崩し、就職に失敗してしまったので、コレも運かと思い、以前の希望通りに動こうかと》

『はー、公務員さんかい、偉い勉強しないとダメなんだろう』
《慣れですよ、数字に慣れていますし、親戚にも居るので幾ばくか知恵を授けて貰っている所です》

『ほう、けれど何だ、どうして最初から公務員さんになろうとしなかったんだね』

《惚れた女が、出来まして》
『あらあら、そう言う事かい』

《どちらでも構わない、そう言ってくれていたんですが、どうにも僕が早く籍を入れたかったもので》
『けれども、結局は目指す事になった、アンタの運は最初からソッチなのかも知れないね』

《だと良いんですが》

 勉学も何もかもが、中の中。
 それでも少しは人の役に立ちたい、けれどあまり器用では無い、なら公務員だと。

 けれども手放し難い人に出会い、結婚の為にも諦めた。

 と言うのに、体調を崩し就職はご破算。
 そして就職してからの婚姻の筈が、生活の為にもと、結婚を前倒しし。

『一体、何を後悔しているんだい』

《もう少し、良い思い出として、順当に結納や結婚式をしてやりたかったんですが》
『あぁ、都会の人は運に振り回される事が不慣れな様だね。良いかい、運って言うのは時に身勝手なもんさ、アンタが思う通りに事が動くだけが運じゃない。長い目で見てみなさい、結局は良い方へ行っているかどうかだ、どうだい』

 もし、僕が我を通してしまっていたら。

《もしかすれば、こうして一緒に居られなかったかも知れない。もしかすれば、結局は会社が傾き、余計に妻へ負担を掛けていたかも知れない》
『そうして果ては子や孫へ、だが、何が正しいかは後になって分かる事。アンタはまだ若い、出来る事を、出来るだけ頑張んなさい』

《はい、ありがとうございます》
『良いの良いの、すまないね、古臭い説教じみた事を言ってしまったよ』

《いえいえ、とんでも無い、生憎と僕に祖父母は居りませんで。もっとお話をお伺いさせて下さい、妻の為に、子の為に》

『まぁ、少しばかりなら、けれど良い塩梅で止めておくれよ。都会の人に嫌われたいだなんて、思ってもいないのだからね』
《はい、お願いします》

『私の爺さん、祖父から言われていた事だけれどね……』



 金髪碧眼、肌は白く背も高い、明らかに異国の女。
 ココでの民話の採集には、あまりにも私の外見は不利。

 けれども、それらを補って余りある程、彼女達夫婦は馴染みが良い。

 しゃっきりとした様に見える若妻は、何処か脇が甘く。
 お人好しの権化の様な顔をした夫は、八尾比丘尼の血筋を疑う程、人が寄って来る。

 私との対比も相まって、まるで渦が出来るが如く、話は勝手に集まって来る。

 コレは所謂、神々のご意思、なのだろうかと思わざるを得ない。
 夫の方は見事に面談の当日に体調を崩し、妻の方は金銭を求め、私の手中に収まったのだから。

「まぁまぁ、良く食べる事」
『私、お米大好きなんです、ココのお米はモチモチして最高デス。向こうのお米、パサパサ、炊きたてなのに乾いてマス』

「あぁ、どうやっても潮風にやられてしまうか、土でしょうね。上手く肥やすか、置いておくにしても、良い場所へ置かないとダメですからね」
『ココで保存、大変デスか』

「そうね、雨が多いのよ、湿気てしまわない様に底上げした場所に置いて有るのよ」
『ソコ、見れマスか?』

「ごめんなさいね、部外者を入れちゃいけない場所なのよ。神社の蔵なの、神主さんが良いと言うかどうか、ごめんなさいね」
『ォーウ、では連れの、ドチラかだけでもダメですかネ?記録有れば、国から補助金、出ますヨ』

「あぁ、ですけど、ご夫婦なのでしょう」

『デスけど、未だ、清い身の筈デス』
「あぁ、なら大丈夫ね。ごめんなさいね、そう言う事なのよ」

『了解デス、改めてみつゑサンにお願いしてみマスね』
「はい、私も神主さんにお伺いしてみますね」

 処女性を求めると言う事は、過去に疫病に遭遇してしまった確率が非常に高い。

 性行為とは、病を伝播させるも同義。
 糧を汚染させぬ為にも、最も貴重で有るモノに関し処女性を求めると言う事は、疫学的にも非常に合理性が有る。

 そして同時に、他から嫁を貰う手段ともなる。

 豊富な糧が有る、と分かれば。
 飢えに苦しむ者なら、迷わず嫁に来る。

 だが、ココもかなり廃れている。
 廃れると言う事は、生産物の特化や独自性、若しくは基盤が薄弱と言う事。

 では、そうした基盤の脆弱性の由来は何か。

 戦、疫病の流行りや、男手が極端に減った場合だ。
 だが、ココら一帯で疫病が流行った記録は、無い。

 では件の記録における疫病、とは何か。
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