松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第29章 青少年と病院と。

3 嫌われモノの病院。

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「助けて下さい、どうかお願いします」

 患者らしい患者も、ココには当然来る。
 そして殆どは、家族の事だ。

『ふむ、家では安らげないのだね』
「はい、おかしな話ですが、はい」

『いや、問題の有る家は多い。それは昔から、実は有ったのだよ』

「昔から、ですか」
『あぁ、そうとも』

 今では滅多な事では違法とされる、私宅監置。
 だが、昔は当たり前のだったのは、つまりはそう言う事なのだよ。

「ですけど、先生、中には詐病、誤診と言った」
『あぁ、偽る病も有る事は確かだが、そうした事も汲んでの事。とは思わないだろうか』

「あぁ、違うんです先生、僕は可笑しいですが嘘は言いません。どうかお願いします、僕を助けて下さい」

 正常の範囲内、とされる者も。
 常軌を逸する事が有る。

 酷く追い詰められた者は、正気ながらに異常を示す。

 少なくとも彼は、正気であって正気では無い。
 所謂、狂気に冒されている。

『では、君の要望は何だろうか』
「僕を入院させて下さい。穏やかで静かな場所で、幾ばくか過ごしたいのです、どうかお願いします先生」

『そうか』
「はい」

『では先ず、君の誤解を解く事から、始めるとしよう』



 相変わらず、この病院は平和そのものだ。

《ぎゃぁああああああー!!人殺しー!!》
「あぁ、大丈夫よ、大丈夫。あの方は新しい患者さん、アナタを殺しに来た者じゃないわ」

《私を睨んだわ!!》
「後ろを見て、眩しいでしょう、きっと眩しかったのよ」

《あの光は、仏様の後光》
「そうね、私にもそう見えるわ」

 この喧騒に慣れてしまうと、時に家では妙な静けさを感じる。
 だが、この慣れこそ重要であり、気を付けねばならない点だ。

「ふむ、彼が新しい患者かね」
『そうなのだよ、東条君。だが君に見せる前に、先ずは院内を見回って頂こうかと思っていてね、なんせ初めてだそうだから』

「成程、君は実に気が利く男だ」
『ありがとう、では東条君には、引き続き患者の記録を。いつもご苦労様で御座います、さぞ大変でしょう、ココ1番の難しい仕事ですから』

「だからこそ、私が勤め上げるべき事。君は気にせず、いつも通りの仕事をしたまえ」
『はい、では、失礼致します』

「うむ」

 きっと、いつかココが安心安全な場所だと思えたなら。
 きっといつか、患者は変化を示すのだから。

「嘘がお上手なんですね」
『患者の為なら、私は大概の事はする男、なのだよ』

 彼は、本命なのだろうか。
 あの八重子君が顔を曇らせた、本物の狂気の持ち主。

 だが、先ず見極めるのが私の仕事。
 彼を見極めなくては、治療すら出来ぬのだから。



「何故、さっきの方はココへ来られたのでしょう」
『彼には蟲が見えていたのだよ、すっかり女嫌いになった父親に、女に触れれば毒蟲が穴と言う穴から入り込み。瞬く間に取り憑かれ、もう決して、体から追い出す事は出来ぬ。そう言われ、すっかり蟲が見える様になってしまっていたのだよ』

「患者の情報を、そうバラしても良いのですか」
『コレが嘘か真実か、君に判断が出来る、若しくは分かると言うのだろうか』

「では嘘なんですね」
『かも知れない、若しくは違うかも知れないが、君は誰にも君の事を知られたく無いのだろうか』

「僕には分かるんです、嘘が、嘘が分かってしまうんです。アナタの様に」

『美月君、君の事を、もっと聞かせてはくれないだろうか』

「はい」

 きっと、初めての折檻なのだと思います。
 私が何か悪い事をしたのでしょう、母は酷く私を詰り、手が腫れ上がる程に叩きました。

《お前って子はっ!》
「ごめんなさい!ごめんなさい!」

 それ以来、些細な事でも直ぐに母は激怒し、折檻は酷くなりました。

《何で!お前って子はっ!》
「ごめんなさい!ごめんなさい!」

 何度も何度も、謝りました。
 ですが、母の気が収まるまで、折檻は終わりません。

 それは母が亡くなるまで、続きました。

 そして直ぐに、父は再婚しました。
 母よりも優しい継母でしたが、直ぐに母の様になり。

 父は、相変わらず無関心でした。

『お前って子はっ!!』
「ごめんなさい!ごめんなさい!」

 継母が出て行くまで、折檻は続きました。

 そして父は、僕を捨てました。
 山奥へと捨てました。



『だが、今はココに居る』
「はい、幸いにも直ぐに助けられ、再び家に戻りました。そして、父も亡くなりました」

『親戚筋は居るのかね』
「はい、ですが疎遠でして、縁は特に無いです」

『だが、生活には困っていない』
「はい、父が遺した財産で何とか」

『だが、生きる事に疲れたのだろうか』
「はい」

 嘘を嘘と見抜く事は、専門家の私でも難しい場合が有る。
 そして、時には本人も。

『一体、最初の折檻は何をし、行われたのだろうか』

「最初は、小さなスズメを握り潰してしまったからです」

『では、毎度の折檻の原因は、どうだね』

「次は小さな蟻でした、次は蜘蛛、次はカマキリです」

『誰かの目の前で、そうしたのだろうか』
「いえ、墓を知られ怒られたんです、無益に殺してはならないと」

『だが、君にとっては無益では無かった』
「はい、勿論です」

『どう、有益と思ったのかね』
「弟が母のお腹に居たんです、ですから殺さない様にと、加減を覚える為でした」

『似た年の子供は、周りには居なかったのだろうか』

「居たんですが、避けられていたんです。あまり加減を知りませんでしたから、怪我をさせた事も有ったんですが、お互い様かと」

 彼の癖からして、明らかに最初の彼とは違う何か。
 彼は、憑依されているのか、若しくは。

「先生、立ち話では何ですから」
『あぁ、すまんね、気が利かず。さ、君の部屋はココだ』
「あぁ、綺麗な色ですね、薄緑に何か意味が有るのでしょうか?」

『穏やかに過ごせる様にとの、せめてもの願い、と言った所だね』
「色が気に入りませんでしたら、他には白や、薄い青も有りますよ」
「いえ、僕はココで構いません、ありがとうございますせめてもの」

『いやいや』
「最初は緊張なさるかも知れませんから、ご希望頂ければ、良く眠れるお薬もお出ししていますよ」

『だがね、1番は昼寝を程々にする事だ、昼間寝ては夜眠れんのは当然の事』
「ですので図書室も有りますから、先ずは身支度を、大きさが合わなければ変える事も出来ますよ」
「はい、ありがとうございます」




《あの女が、私の髪を切ろうとしたから、だから私はあの女の髪を切ってやったの》

『ほう』
《この子に嫌な事を聞いても無駄、直ぐに私を押し出して眠っちゃうのよ》

『だが君が下がっている間は、彼と私の事を見聞きしていた、と言う事で言いのだろうか』
《いいえ》

『では何故、君はココに居る事や、私に対して驚かないのだろうか』
《計画を全て知っているからよ、彼の人生の計画、全て》

『ほう、どの様に知ったのだね』
《もう燃やされてしまったけれど、年表が有ったの、そして詳細に行動の予定が書かれていた》

『君は彼の何なのだろうか』
《守らされているもの》

『他に居るのだろうかね』
《鬼よ、その鬼を退治する為、ココへ来たの》

『ほう、鬼を退治する為』
《最初は居なかったのよ、けれど人を殺す鬼が現れた、鬼さえ消えたたら私達は帰るわ》

『では、我々の役目は何だね』
《鬼は暴れたり自らを害そうとするの、それを止めて、好きに動けないと知らしめて欲しいの》

『その鬼が生まれたのはいつだね』

「あの、先生。すみません、何処まで話していましたでしょうか」

『毎度の折檻の原因についてだが、過去を掘り返す事が得策では無い場合も有る。どうだろうか、先ずは入院をするかどうか』
「はい、宜しくお願いします」



「痛い!痛い痛い痛い!!」
『物語では、鎮静剤を用いているらしい。だが実際の殆どは、この痛みで抑制するのが殆どだ』

「何故ですか!」
『鎮静剤を求め、敢えて暴れる者が居たのだよ。以来切り替えたが、患者の殆どは、暴れる事は無くなった』

「だからってこんなに痛め付けるなんて!まるで家畜じゃないですか!!」
『いや素直に鎮静剤を求めたなら、状態によっては与える、その点は大いに家畜の扱いとは違う筈だ』

「そう薬漬けにして」
『常に減らす努力は両者で行っている。ココが不便に出来ているのは、出て生活がしたい、そう思って頂く為の事なのだよ』

「もう分かりましたから」
『残念だが、その痛みは君が見た通り、生薬由来の痛み。治療には蜜蝋を使うが、それでも痛みが残る事が有るだろう』

「何でそんな!」
『暴れる事の有用性を無くす為だ!鎮静剤と言う利を無くし、患者を無力化する、コレが今の医科学の限界なのだよ』

「だからって!誰にでも」
『処方は人其々だが、少なくとも、専門家として不適切に扱った事は無い』

《酷いじゃない!私達にまで》
『なら鬼を引き摺り出しなさい、幾らでもイラクサは有る』

《そんなに簡単に》
『では簡単に引き摺り出せる様にしておく事だ、質問は以上かね』

《治療しなさいよ!》
『もし!痛みから鬼が出ぬのなら、痛みを与え続けるしか無い。私は、そう思うが、どうだろうか』

《人でなし!》
『鬼相手なら、人でなし結構、鬼で結構』

 体の病に心の病にも、家族歴と言うモノは必須。

 心の臓の弱い家系なら、先ずは心の臓を疑う。
 そして酷い状態ならば、先ずは家族を疑う。

 仮に、もし、彼が本当に解離性同一性障害なら。
 人格交代は非常に穏やかに行われ、それと同時に以前の様に計画を他人格が既に知っている、と言う事。

 つまりは、本物の手練れやも知れぬ。

「本物なら、確実に人格交代が起きていましたね」
『若しくは憑依か、ふむ、縁を切れぬのが実に口惜しいものだ』

「ですが我々には見分ける事は不可能、ですから」

『ふむ、実に口惜しい、医科学の敗北をまるで』
「では連絡して参りますね」

『ふむ』
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