松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第30章 好色五人男と男女。

1 桶屋の百。

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 桶屋の子供は実に器量が良かった、オマケに愛想も良いものだから。
 桶と一緒に持って行かれる事も何度か有ったが、はくは1人で帰って来た。

《もう、ダメだよ、次はちゃんと大声を出すんだよ》
『そうだぞ、どんなに怖かろうとも、助けを呼ぶんだぞ』

「あい」

《はぁ、こんなに小さい子を持ち帰ろうだなんて》
『けれど無事に返してくれたんだ、後は私らで百を躾ければ良い』
「あい」

《もう、この子ったら、こんなに可愛いのですものね》
『魔が差すのも仕方無い、ウチの子は器量が良くて、頭も良いのだから』
「あい」



 それからも何度か連れ去りは有りましたが、その度に百は1人で帰って来ました。

 両親も周りも、きっと百が説得したのだろうと考えていました。
 大きくなると、百は口が達者になっていたからです。

『いや、コレだけで良いんだよ』
「家に幾つ有るか知れませんが、物は大概似た様な頃に壊れるんです、今のウチに纏めて買っておいた方が得ですよ。暫くすれば正月ですから」

『けどよ』
「なら貸せば良いんですよ、気の有る女にやっても良い。新品の良い匂いは、大概の女は好きなんですから、きっと使う度に思い出してくれますよ」

『そうかい?』
「折角ですから名入れもしましょう、負けてくれるなら、そのお代も負けて差し上げます」

『負けた負けた』
「ありがとうございます」

 器量も良い、口も上手く賢い子。
 すっかり評判は広まり、養子だ縁談だと直ぐに舞い込みましたが。

 百は全て断りました。

《百、アンタは賢い子なんだから、もっと良い場所へ行っても良いんだよ》
『百、お国の為に役に立つ事も大事なんだ、良く学べる所へ行くのも』
「勉学は何処でも出来ます、けど親孝行は何処ででもは出来ません、もう少しココに居させて下さい」



 孝行な百。
 その噂も直ぐに広まり、今度は桶屋に本を贈る者が増え始め。

 あっと言う間に、百の本屋が出来上がりました。

『百ー、邪魔するよー』
《おー、勉学の本がいっぱいだ》
「持ち出しは禁止、綺麗に使う事、それを守るならタダだよ」

 気前まで良い百は、似た年の子供と少し仲が良く無かったのですが。
 この本屋が出来上がった事で、すっかり仲が良くなりました。

『百ー、コレ何て読むんだ』
「ツバキ、えのき、ヒサギ、ひいらぎ、キリ。春は椿、夏は榎、秋は楸、冬は柊、同じは桐で覚えるんだよ」
《おー、流石百》

「こうした草花を良く覚えていると、何やら子女に受けが良いらしい」

『本当だな?』
《俺は覚えるぞ》



 そうして百は、すっかり器量良しに育ち。
 とうとう、縁談を受ける事となった。

 だが、才も器量も有る百の相手に、誰もが嫉妬し。
 哀れ娘は、何処かの誰かに殺されてしまった。

「出家します」

『百』
《ぅうっ》
「暫くの事です、弔いが終わったら帰って来ます」

《体に気を付けるんだよ、無理をするんじゃないよ》
『お前のせいでは無いんだ、だがやるならしっかり最後まで、やんなさい』
「はい」

 百は頭を剃り仏門へ入りました。
 ですが衆道の盛んな頃です、直ぐに百は目を付けられてしまいますが。

『おう、無事か百』
《本当に坊さんは衆道ばっかりか、末恐ろしいや》

 念の為にと時期をズラし、友人を寺に入れておいたお陰で、無事に供養が叶うと。
 次は男3人旅を始めました。

 百は勉学を、もう1人は剣道を、もう1人は絵を教えて周り。
 暫くは楽し平和でした。

 ですが、2月も持ちませんでした



『百、俺は』
《おい!何してんだ!!》

 友人は諍いを起こし、1人は亡くなってしまい。
 百は家に帰る事にしました。

「すみません、また1人、亡くなってしまいました。きっと、このままでは、もっと大勢を亡くしてしまうかも知れません」

《百、何をする気なの?》

「顔を、焼いてしまおうかと」

 両親は、百を止める言葉が出ませんでした。

 結納前に相手が殺され。
 寺では僧侶に襲われ。

 そして友人まで。

『どうにか、もう少し穏便な方法を探させてくれ』
《ええ、そうね、お願い》

「はい」



 そして直ぐに百の顔が焼かれる事が広まり、どうにか気を収めてくれないかと、幾つも手紙が届いたが。
 百は閉じ籠もり、支度を続けた。

 そうして噂が広まった、7日目の晩の事。
 百は顔の皮を剥がされ、体は焼かれ、殺されてしまいました。

《あぁ、何て事》
『どうしてだ、どうして百が死ななければならなかったんだ!!』

 以来、江戸の者は器量の良い子供を見掛ける度。

「百にはならない様に、七島様にお願いしなさい」

 そう声を掛け。
 少しでも器量の良い子が生まれると、ホクロの神社、七島神社にお参りする風習が根付き。

 地方では、百の皮を被った鬼が、今でも暴れているらしい。



『まぁ、何事も程々が1番よね、って話よね』

「半日だけ、百の顔になってみたいと思った事って、無いですか?」
『私は半刻で良いわ、何だか刺されそうだもの』
《そうですね、剥がれるのも嫌ですし》

「そうですか、さぞおモテになりますしね」
『拗ねたわぁ、酔うと直ぐに拗ねちゃうのよ、可愛いわねぇ』
《林檎君、もし君が百として生まれてしまったら、どう生き延びるんだい》

「そもそも、本当に亡くなっているのでしょうか」

《まぁ、確かに顔は剥がされているし》
『体は焼かれているけれど』
「そこです、場所か何かが百だと示したんでしょうけど、地方では百の顔をした鬼が暴れていると示唆しています」

『なら、ご遺体は誰なの?』
「憶測ですが、もう1人の友人です」
《何故、彼なんだい?》

「有象無象が魅せられた男ですよ、たった1人が耐えたなら、そこも幾ばくか書かれるべきだと思うんです」
『まぁ、確かにそうね』

「しかも、年は似た様な年。ご両親は気付いていたか、知っていたか、死んだ事にして百を逃がしたのだと思います」
《なら、ご両親が殺したかも知れないね》

「あ、確かにそうですね」
『そして、2度と同じ事が起きない様に、噂を流した』

「そこもです、幾らお人好しでも、しっかりしたご両親です。なのに噂が直ぐに流れてしまう」
《そう考えるなら、百が噂を流した》

「何故です?」
《既に相手が居た、だが脅された》
『有りそうだわぁ』

《そして友人の1人に始末を頼んだ》
『あぁ、きっと最初に襲った方ね』

《そしてソイツを殺した後》
『百を襲ったか』

《返り討ちに遭ったか》

「ですけど、もし、百は本当に何もしていなかったら。凄く可哀想なんですが」
『本当にね、よしよし』
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