松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第30章 好色五人男と男女。

2 桶屋の百。

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 果たして、本当に百は何もしていなかったのか。

 いや、そんな事が有るワケが無い。
 賢く知恵も有る百が、単に死ぬワケが無い。

「おろして、もれる」
『ぁあ、そうかそうか、待ってろ坊主。川辺で良いか』

「うん」

 1度目は、川へ。
 百はもう3才でした、簡単に突き落とすコツさえ有れば、子供でも。

《坊主、どうした》
「おうちにかえりたい」

《迷子か、家は分かるか》
「あっち」

《そうかそうか》

 気の良い者に、決して百は手を出しません。

「ん」
《そうか、桶屋の子か。もう迷子になるなよ》

「おかしあげる」
《良いの良いの、ほら、さっさと母ちゃん達を安心させてやれ。俺は照れ屋なんだ、勘弁してくれ》

「ん」
《おう、またな坊主》



 百の顔は不思議な顔でした。

 性根の悪い者程、器量良しに見え。
 両親や気の良い者には、他と変わらぬ様に見える。

 そんな不思議な顔でした。

『何でまた、アンタが器量良しに思われるんだ?』

「性根が悪い者程、器量良く見えるんだよ」
『それが本当なら難儀だね』

「あぁ、そうなんだ」

『ふーん、不思議な事も有るもんだ』
「あぁ、本当にね」

『あ、ならアンタの両親は』
「アレは親馬鹿だからだよ、ふふふ」

 やはり百には、想い人が居りました。
 ですが、件の亡くなった女ではありません。

『百、アンタ本当に可哀想だね。何処かに婿に入った日には、殺してやるって女が居たよ』

「その女を殺してくれたヤツに、婿に行ってしまおうか」
『もー、自棄になったら駄目だよ。頭が良いんだろ?策を練って乗り切りゃ良いんだよ』

「そうすれば、僕の嫁さんになってくれるかい?」

『何で私なんだい』
「僕の顔が良くは見えないだろう?」

『けど別に、悪いって程でも無いんだし、もう少し頭が良いのだとか』
「そうか、やっぱり駄目か」

『いや駄目と言うワケでも無いんだけど、ほら、私もあんまり器量が良くないからさ』

「だから良いんだ」

『アンタ、意外と適当な顔の方が好み』
「僕の顔が、そう見えているからだよ」

『アレは、ガキの冗談じゃ無いのかい?』
「大真面目だよ、両親以外、器量良しだと褒めるヤツは何処かが腹黒い」

『そりゃ、生きてりゃ』
「腹が黒くない赤子には、必ず大泣きされるんだ」

『そこまで言わないよ、一緒になれる程度の。いや、了承したワケじゃないよ、そう言う事ってだけでさ』

「揉め事に巻き込まない様にする、苦労させない様に頭を使うよ」

『手を汚すだ悪い事は、出来るだけしないでおくれよ』
「良いのかい?」

『遠くでなら、構わないよ』

 百は策を練りました。
 想い人を守り抜き、両親も巻き込まず、遠くで幸せになる方法を。

 そして百は、先ずは想い人を遠くへ送り、両親に幾つか省き伝えました。

『百』
《何も、そんな物騒な相手に婿入りだなんて》
「本当に誰かが殺されては堪りませんから、コレが1番に穏便に済むんです」

《良いのかい、想う相手が居るなら》
「いえ、危害を加えられては敵いませんから」
『良いのか百、一生の事だぞ』

「はい、覚悟しております」

 そして百は、友人2人を仏門に送り込み。
 相手を殺してやる、と言っていた女と縁談を結びました。

 ですが、以降は何もせずとも済みました。

 相手を殺してやる、そう思う女が1人だけでは無いと知っていたからこそ、百は何もしませんでした。
 そして仏門へ入り、案の定を収め。

『なぁ、俺の情報は役に立ったろ、百』

「あぁ」
《何してやがる!!》

 そこでも、案の定、思った通りとなり。

「ありがとう、助かったよ」

《百、俺は》
「待ってくれないか、こうした事は準備が必要なんだ、前に教えたろう」

《あぁ、そういやそう言ってたな》
「先ずは供養の為にも戻らなきゃならない、けれどその頃には、だ」

《あぁ、分かったよ》



 そして家に戻り、百は言いました。

「こうしてみると、やはり諦めが付きません、どうか助けて頂けませんか」

《何を言ってるの、勿論だよ》
『お前が大変な事は重々承知してる、何を遠慮する事が有る、何でも言いなさい』

「僕の着物を身に着けている者を、どうか僕だと、そう弔ってやって下さい」

『何が有ったんだ、百』
「自分のモノにならなければ、自害してやる、と。期限は7日後、夜」
《あぁ、何て事を》

「はい、ですがこれ以上、噂が広まっては困ります。どうかそのまま、その男を僕だと思い、弔ってやってくれませんか」

『分かった』
《けれど、何が有るか分からないんだ、暫く家から出ては駄目だよ》
「はい」



 百に狂った女も男も、大勢居ました。
 会いにさえ行かなかければ無害な事も、重々承知していました。

『来てくれたのか、百』
「自害して下さい、見ていて差し上げますから」
《おう、そうしろ、百は俺のモノになるんだ》

 哀れ狂った男は襲い掛かるが、剣術の腕前の有る男には、敵いませんでした。

「ありがとう、けれど一緒になるには逃げなきゃならない。顔の皮を剥いで、体を焼いておくれ」
《おう、任せろ》

 そうして百の着物を着せ、顔を剥ぎ、体を幾ばくか焼き。
 2人、遠くへと逃げました。



「すまないね、重い荷物を持たせてしまって」
《お前に苦労させる気は無いんだ、コレ位はどうとでもなるさ》

「少し休もう、川辺で、昔の様に」
《おう》

 幼い頃から、自分に見惚れる者を見慣れていました。
 彼らもまた、幼い頃から百に見惚れていたのです。

「今までありがとう」
《百っ!!》

 最後の最後、手を汚さないワケにはいきませんでした。
 彼は腕っぷしも有る大男。

 百は昔の様に、川へと落としました。
 重い荷物を背負った男を、最後まで看取りました。



「やっと、終わったよ」

『アンタ、こんなにホクロが有ったっけ?』
「良い魔除けだろう」

『そうだね、少し結婚を考えちまう位に』
「あぁ、落とせるよ、大丈夫落とせる」

『は、いや、何て呼んだら良いんだろうか』

「あぁ、考えてもいなかったよ」
『相変わらず抜けてるね、本当に大丈夫かい?』

「あぁ、大丈夫、もう大丈夫だよ」

『そうか、頑張ったんだね』

 百は、大きくなって初めて泣きました。
 身を守る為とは言えど、人を何人も死なせてしまった。

 何度も死のうと思った、けれど、とても悔しかった。
 そして、不思議な顔に生まれてしまった事を呪っていた。

 ただ、思う様に生きたかっただけ。
 ただ平凡に、想う相手と添い遂げたかっただけ。

「名を、付けてくれないか」

しろ、ちょっと抜けてるんだ、丁度良いだろう』
「あぁ、ありがとう」

『いえいえ、良い子だね白は、良い子良い子』

 そして白となった百は、両親に手紙を書きました。
 無事である事、目出度く祝言を上げた事。

 そして、1つ噂を流す様にと。

 器量の良い子は、百の様な最期を迎えてしまう。
 だから七島神社でホクロを貰える様に、お参りして難を逃れなさい、と。



「不思議な、長い夢でした」

《僕の家に泊まったせいだろうかね》

「ですね」
《にしても、随分と辻褄が合うね》

「はい、先生方のお陰だと思います」

《書いてみたら良いじゃないか》

「新説、好色五人男」
《その中に入っていても、僕は良いと思うけれどね》

「じゃあ先生方にお願いしてみますね」
《コレでも書かないのだね》

「言うのは構わないんですけど、書いてる間に違う方向へ行ってしまって、進まないと思います」
《なら任せよう、埋没させるには惜しいからね》

 そして無事に企画が通り、早速、七島神社へお参りへ。

「三重の鈴鹿、伊奈富いのう神社の七島池から。ココの大地主が最初は眼病治癒、イボやホクロ取りを願って分社化して貰った、そうなんですよね」

《まさか、増やしてくれと願われるとは、思ってもいなかったろうね》
「ですけど泣きぼくろだとか、口元のホクロが良い、と言う評判も有りますし」
『多いんですよ、取れだ付けろだ。ですから取って欲しい方は鯉か亀、付けて欲しい方は両方の奉納をお願いしているんです』

「あ、どうも、神社の方ですか?」
『はい、ようこそ本日はお参りに来て下さいました』

「どうも、実は僕、こう言う者でして」

『あぁ、取材ですか?』
「それと実は、読んで頂きたいモノが有りまして」

『そうでしたか、ではコチラへ』
「はい、失礼します」

 念の為、神社の方にも問題が無いかを確認させて頂いたんですが。

『ふふふ、まるで百が菩薩様のようですね』
「あ、はい、確かにそうですね。ですけど、そのつもりは無くて」

『佛手柑の事もご存知なんですね』
「はい、でも本当に、気が付きませんでした」

『良いと思いますよ、今でも、器量が良過ぎて困ってる方もいらっしゃいますし。コレもきっと、縁でしょうから』
「はい、ありがとうございます」

 そうして無事に了承頂き、神社を出ると。

《林檎君、今の方の人相は、どう見えたんだろうか》

「えっ」
《僕には器量良く見えたけれど、どうだろうか》

「またまた」
『あの方、独身かしら』
《そうだと良いのだけれどね、ふふふ》
「この前、お手紙を出したのだけれど、きっとお忙しいのよね」

「きっと、僕らがお会いした方とは別の方の事ですよ」
《あぁ、かも知れないね》

「えっ、やっぱり止めた方が良いんですかね?」

《冗談だよ、さ、今日は鯉の洗いを食べに行こう》
「もー、また誂ったんですね」

《悪かったよ、君の心根がそこまで純真無垢だとは思わなくてね》
「そこまででは、普通ですよ、普通です」

《はいはい》
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