松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第31章 凌雲閣と事件。

4 心霊、浅草、凌雲閣。

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「制裁はコチラで行う手筈です、決して生温い事は致しません」
『詳細は伏せますが、相応の、例えば誰にでも春を売る女に相応しい。そうした事だ、とご理解下さい』
《殺せば良い、と兄達に言ったんですが、それよりも良い方法が有ると。僕はそう聞いて納得しました、そうした内容です》

『そうした、そんな女を』
『兄がやっと店を継げる事になったんです、それまでは父親の天下だったと、そうご理解下さい』
「やたらに甘く育てたツケを、ソレにも払わせますから安心して下さい」

『アナタ方は、知ってらしたんですね』
「はい、ですので止めはしました、出来る限り」
『ですけど最も上は父親です』
《母さんも、ですけどほら、あんまりやるとアレだったので》

『それで、一体どう、制裁を』
「先ずは、アナタが騙され脅されたその手口を、お知りにはなりませんか」

『そこまでお調べに』
「直近でアナタのご友人知人になった者の中に、既に彼女と寝た者が居たのでしょう」

 そうして俺は、友人に騙され薬酒を飲み、昏倒し。
 友人が女にすり替わり。

『思い出せないかも知れませんが、少なくとも、他の者はそうした手口で脅されたそうです』

『ただ、一体、誰の事か。いえ、昔からの友人知人としか飲みませんから、そう思い当たる者が居ないんです』

「あぁ、アナタが本命だったのかも知れませんね」

 俺はもう、絶句するしか無かった。
 俺を陥れる為だけに、誰かを練習台とし、とうとう俺へと。

『何故、どうして。一体俺が何を』
「アナタは妹が虐め殺した使用人に似ているんですよ、きっと、かなり前からアナタに目を付けていたのでしょう」

『虐め、殺す』
「アレとしては可愛がっていた、そうですが。まぁ、幼い子供のする事、非常に酷な仕打ちでした」



 やたらに小賢しかった子種袋は、僕らと妹をあまり関わらせぬ様に、勉学だ習い事だと家に居させる事を避けた。
 そのせいで、気が付いた時にはもう。

「ニッコリ笑って美味しいです、可愛いと褒めてくれなきゃ、襲われたって泣き叫ぶわね?」

 子供がこんな事を言っている事に、心底ゾッとした。
 1番下の弟にしたって、まだまだヤンチャで聞かん坊の頃。

 妹は使用人をかしずかせ、帰って来たばかりで足を食わせようとしていた。

『何をしているんだ』

 自分のモノとは思えない程の、低い声に自身でも驚く程だった。

「お兄様」
『君は行きなさい、僕は妹と話をしますから』
《はい、失礼します》

 今思うと、もう既にかなり痩せこけ、顔色が悪かった様に思う。

「お兄様、何を怒っているの?ごっこ遊びよ?」

 あの子種袋は、未だに妾の家に通い。
 そうした行為を、妹の見える所でしていたのだろう。

 そんな光景を見せ付けられたかも知れない妹を、僕は叱れなかった。

『君は知らないかも知れないが、本当ならしてはいけないごっこ遊びなんだよ』

「そうなの?」
『あぁ、本当はしてはならない事なんだ、他の事で遊びなさい』

「はい」

 まだ幼い妹は、素直だった。
 けれど、そう躾けに関われる事は更に無くなった。



『誰も喜ばないだろう事を、してはいけないよ』

 何処で覚えたのか、妹は皿を割り1人の使用人に投げ付け。
 時に当たる様にと、その男の顔へと投げ付けていた。

「でも、私は楽しいわよ?」
『それは君だけ、他の者も楽しくなれる遊びにしなさい』

「例えば?」
『もうお手玉は出来るかい?』

「まだよ、だって難しいんだもの」
『コツが有るんだよ、ほら』
『何をしているんだ、習い事はどうした、勉学はどうなっているんだ』

『お父様、習い事も勉学も復習を終えました』
『なら母親を見習い家の事を覚えなさい、次に余計な事をしたら罰を与える、良いな』

『はい』

 僕にも兄にも、全く分かりませんでした。
 あの子種袋が何をしたかったのか、どうしたかったのか。

 子の教育は親の義務、家族の義務だと既に習っていたからこそ。
 何故、全く躾け無いのか、分かりませんでした。

「どうしたんだい、暗い顔を」
『何故、お父様は妹にだけ、躾け無いのでしょうか』

 何でも知っている筈の兄が、珍しく長考していた事を良く覚えています。

「あまり考えたくは無いけれど、きっと、便利な縁組の道具にしたいのかも知れない」

 僕は何の事か、サッパリ分かりませんでした。

 アレは常日頃から、愚かさは移るのだから、お前達は必ず賢い女を娶るんだ。
 そうした事ばかり言い、常に母へと牽制していまして。

 当時は本当に、全く分かりませんでした。

『どう言う事です?』

「時に愚か者は扱い易い、外側だけはそれなりに良い顔なのだし、都合の良い娘にしようとしているのかも知れない」

『確かに妹は素直ですけど、知恵を』
「付けさせず、相手の都合の良い女にする。あぁ、きっと、既に嫁がせる先が決まっているんでしょうね」

『そんな愚かな女を欲する大棚が、本当に居るんですか?』
「かも知れないし、ある種の間者の様に、その家に入り込ませたいのかも知れない」

『確かに、あの姑息な人ならそうするかも知れません、けど』
「けれど、既に僕らは警戒されている筈。酷だけれど、下の弟に探らせてみよう」

『ですね』



 僕はまだ小さかったので、ただ言われるまま。
 指示通り尋ね、そっくりそのまま兄達に伝えるだけ。

 あぁ、きっと、コレは大事な事なのだろう。
 それだけは分かっていたので、しっかり務める事にしたんです。

《お父様、僕や妹に許嫁は居ないんですか?》

『あぁ、興味が有るか』
《別に、僕はどうせ三男ですから、何でも構いませんけど、大事な妹にもう相手が居るなら。もっとお父様に孝行しないとと、思って》

『あぁ、お前は本当に素直で良い子だな』
《もう妹にも僕にも、あ、お兄様にも相手が?》

『1番上のと妹にだけだ、好きにしなさい。だがお前達も、賢い女を娶るんだぞ』
《はい、あ、でもお兄様の相手は知っておかないと。僕が取っちゃうかもですし》

『そうだな、お前は俺に似て色男になる筈だ。上のはどうにも頭でっかちで可愛げが無い、だが賢く育った、アレには〇〇の嫁を貰わせ。妹には✕✕へ、ならお前は何処のとくっ作けば良いか分かるだろう』

 父はいつも無理を言う。
 幼い子供に分かる筈が無い事を尋ね、当てれば可愛げが無いと不機嫌になり、外れれば馬鹿だと言って怒り狂う。

 なので僕はこの時、兄に知恵を授けられた通り、とても近い答えを言いました。

《んー、△△の三女さん!》
『惜しい、だが良い勘だな。そうだ、△△なら誰でも良いぞ、あそこは女だけだからな』

 その事を兄達に伝えると。

「はぁ、無理が過ぎる」
『ですね』
《そうなんですか?》

「妹用の✕✕家は、確かに夫婦不仲だとの噂は聞くけれど、それすらも実は愚か者を欺く為。」
『兄さんは✕✕家の子と習い事が一緒なんだ、そこで教えて貰ったらしい』
《でも、それも嘘じゃ?》

「いや、彼の家に遊びに行ったけれど、ウチとは違って使用人に余裕と活気が有ったからね」
『不仲な家は良い使用人が居ると忠告をしてくれるからね、僕ら子供は得だよ』
《僕、忠告された事が有るんでしょうか?》

「いや、大丈夫、お前が関わる人はどれも良い人だよ」
『僕らが居るから大丈夫、お前は十分に良い子だよ』



 そしてあの女は直後、罪を犯した。

『自死』
「はい、止められませんでした」

『使用人は』
「アレの子種袋も同じく姑息で、家の事を漏らさぬ様に、脅していたんですよ」

 そうした親の悪行ばかりを見て育った子は、酷く悲しんだらしい。

『アレは、死んで逃げた卑怯者だ、悲しむなと言って慰めていたそうです』

 そして更に、不味いと思った父親は、子供達を寄宿舎の有る学校へ。
 そうしている間に、あの女は更に酷い事に。

『ですけれど、何故、一体俺に』
「逃げた卑怯者だからこそ、罰している、けれども離れ難い。そうした螺子曲がった心根が、そうさせたのでしょう」

 ふと、妻にどれだけの事を強いていたのか。
 やっと分かった。

 なら、許せるのか。
 なら、改心したなら信じられるのか、と。

 謝る事で、そうした事を俺は強いていた。

 謝るから許せ、反省したのだから許せ。
 そう強いるも同然だった。

『もし、アナタが俺の立場だったなら、許せますか』

「いえ、そして脅された時点で、警察と医師を呼ぶでしょうね。性行為の有無、薬酒の存在を証拠とし、檻に入れさせる。でなければ、例え自らが助かったとて、更なる被害を抑えられませんから」
《僕は幼くて良く分からないんですが、警察に知られる事が恥ずかしかったんですか?他のモノが被害者になるかも知れない、だなんて思わなかったんですか?》
『止めて差し上げなさい、人は自らの事を全て理解するのは難しいんですし。被害者なんですし、幾ばくか優越感や利益が有ったとしても、そう思いたくは無いものなんでしょう』

『優越感や利益だなんて』
『身の潔白を訴え直ぐに亡くなってしまわれた方、憔悴し直ぐに奥方へ白状した方も居る。図太い、若しくは無神経だ、とでも仰るんですか』
「止めなさい、彼も被害者。すみません、アレらのせいで忙しく、少し気が立っているんです。本当に申し訳御座いません」

『アナタ達は、何もされなかったから、そうやって』
「そうですね、お気持ちを全く理解出来ず、申し訳御座いません」
《僕らに怒るのはご尤もですけど、どうか奥方様には怒らないであげて下さい、許せない事もご理解頂けてますよね?》

 思わず頭に血が登りそうになったが、義父に言われた事を思い出した。
 訴え出るべきは、寧ろ警察では無いのか、と。

 そもそも、信頼も何もかもを裏切ったのは俺だ。

『それで、あの女は』
「見に行かれますか」

『そこでもし、俺が納得出来無かったなら』
「多少の手心は加えて頂いて構いません、もうアレの籍はウチにも有りませんから」

 そして俺は、目隠しをされ、長い間車に乗り。
 あの女と、それに群がる男、そう育てた男が居る場所へと辿り着いた。
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