松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第31章 凌雲閣と事件。

2 凌雲閣と皮。

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『ふむ、成程』

 意外にも林檎君の話は、事件へと繋がってしまった。
 確かに工事現場で死人は出て居ないが、行方知れずとなればまた別の事。

「あの、何かお分りに?」
『いや、仮説だがね。素人に、そこまで話を詳しく考え出せる者は、そうそう居ないだろう。ともすれば先ずは創作者が居る筈、若しくは』
《何処かで聞いた話》

『うむ、その通り。だが生憎と幼稚で姑息な者達の集まり、決して聞いた話では無い、とするだろうね』
「成程、確かに先生方にはまだお聞かせしてませんでしたし、確かにそうかも知れません」
《けれど、いよいよ探り様が無くなってしまったよ。松書房は敵の味方、つまりは敵と思われている筈だからね》

『その通り、だが折角だ、もし何か関わる事が有れば尋ねてみよう。本に載らずとも、先生方の良きお知恵になる筈だ』
「ありがとうございます、宜しくお願いします」
《不勉強で申し訳無いのですが、実地にも出てらっしゃるのですか、民俗学の様に》

『あぁ、勿論、それこそ今回の様に警察や何かから要請が来る事も有れば。コチラから要請する事も、それこそ噂を頼り訪ねる事も有る、中々体力が居るものなんだよ』
《そうなんですね、ご苦労様で御座います》

『いやいや、それこそ今は警察諸君が大変そうでね、いやはや』
「先生、事件は難しい事になっているんですか?」

『いや、単純だが、あまりに単純で不可解に思える様な状況なんだよ。単純過ぎて困っている、寧ろそれに近い状況だ』

「つまり動機が単純、なんでしょうか」
『あぁ、そうだね、酷く単純なのだよ。いつも通り、犯人を証人乙としよう』

 証人乙は、殺すべきだから殺した、と言っている。

 先ず殺された者を証拠甲、乙と付けていくが。
 そう証拠になってしまった甲や乙には、そうされるだけの理由が有ってしまった。



「母は酒乱、父は浮気癖の酷い人でした」

 金持ちの家には生まれましたが。
 潔癖な母は家に使用人を入れる事は殆ど無く、常に忙しく家の事をし続けました。

 そして居心地の悪くなった父は浮気へと走り、次に母は酒乱となり、更に父は浮気へ逃げました。
 けれど、妹が生まれました。

 いがみ合ってもする事はしているのだなと、年頃になった私は思いました。

 日頃は、少しでも汚す事や食べ方は五月蝿い方なのだと、同級生の家にお邪魔した際に理解しました。
 ウチは実に不寛容で不健全なのだと、良く理解しました。

 ですがココで殺してしまったら、単なる家庭問題で終わってしまいます、ですので時期を待ちました。
 その合間に学び、結婚し、子を生みました。

『殺してしまうのに、生んだのだろうか』
「はい、こんな血が残る意味は無いので、殺しました。そしてこんな者を見初める夫も殺しました」

『けれども、妹は殺さなかった』
「はい、どんな家だったのか、そうした証人にもなりますから」

『妹さんが血を残しても構わないんだろうか』
「そうした事は人々の領分です、妹を受け入れる者を受け入れるのかは、外の人々のする事ですから」

 何をどうすれば、どうなるか。
 私は考えた結果、こうしました。

『他に方法は』
「有りましたが、その方法に興味が有りませんでした、そして私にはコレが限界でした」

 教育の道へ行き、1人でも多くの子供に、私の両親と同じ道を歩ませない。
 政治の道へ行き、政策面でそうするか、公的機関への就職か。

『けれども、興味が湧かなかった』
「はい、天罰覿面では有りませんし、影響力は広範囲とは言えません。最も効率的に、世を変えるにはコレしか無かった、他の方法を試す気には全くなれませんでした」

『だが、警察が情報を押さえるかも知れないが』
「人目に触れた時点でコチラの計画はほぼ成功です、記事として残り、私含め悪しき見本となる。この悪しき見本を消す利は、残すより遥かに薄い筈です」

『そう国を信用しているなら』
「国とて神では無い、万能で万全では無いのですから、コレと同等の事を穏便に実行し流布する事は叶わないでしょう」

『だが、表に出る頃には、歪められているかも知れない』
「その判断は国家へ委ねます」

『もし、判断を誤ったなら』

「いつか後続が花咲き、散り、いつか実を付けるでしょう」



 彼女は暗に、他にも控えが居る事を示したも同然だった。
 この、確固たる信念に同意するだろう者は、全国には未だに何千人も居る。

『君の情報を捻じ曲げるか、伏せる事が合図となるワケだ』
「意図せずとも、そうなるでしょう」

『だが、共犯は居ない』
「はい、私1人でやりました」

『では、誰からどうやったか、聞かせて貰えるだろうか』
「日記は既にご用意頂けてますか、無駄が嫌いなんです、最高効率でお願い致します」

 彼女の言う通り、日記には詳細に事が載っていた。
 そして彼女は暗記でもしているかの様に、日記と全く同じ証言を始めた。

『うむ、私はうろ覚えだが、ほぼ同じ内容だね』
「はい、綿密に計画し、実行しましたので」

 どう殺したか、どう周囲へと誤魔化したか。
 それら全ては詳しく書かれ、詳しく証言が行われ。

《あんなに綿密に、完璧に行えるものでしょうか》

『それだけ、被疑者の憤り強いモノだったのだろうね』

《ですけど》
『虐げられている者は、時に虐げられている事に気付かないもの。世で米が1升10円で買えるとする、けれども家の中しか知らず、お前の食費は毎回100円も掛かっているのだから可愛がっているんだ。と言われ続けたなら、その通り、米も食料品も高く自分は可愛がられているのだと思うのが当たり前』

 だが、大概の知能が有り、世を知れば矛盾や嘘に気付けてしまう。
 では、何故そうなのか、と思考し。

 結果、証人乙は殺す事を選んだ。



「先生はある意味で同志が居るだろう、と思っていますか?」
『いずれ同志になるだろう者の潜在数は、かなりのもの、だが行動する者は僅か。だと信じたいが、コレばかりは世情による事、後は国の領分だ』

「ですけど、往々にして摸倣は本物より劣化します」
『あぁ、今回は身内だけだが、他者を標的にする者が現れてもおかしくは無い』
《ですけど情報を伏せても捻じ曲げても、後続が出ないとは限らない》

『あぁ、だが証人乙に焦りは無い。本気で委ねているのだよ、国へ、国家へとね』

《林檎君は、載せるべきだと思うかい》

「はい、ですけど害を含んだ利です。単に触発されての模倣犯の発生は勿論、低俗な記者が面白可笑しく書く事も有る筈です」

 ですけど、もし、同じ目に遭い酷く苦しんでいる者が居たなら。
 逃げ出せる道を示す事、そして親の目を覚まさせる機会となり、もしかすれば通報が増えるかも知れない。

 ですけど、一体何処までを載せるか。

《なら、証人乙に尋ねるのはどうだろうか》

「確かに、そもそも答えを持ってるかも知れませんし、良い案が出るかも知れませんけど」
『いや、私も考えたんだがね。予想としてはだ、国家に任せる、そう判断を避けるのでは無いかとね』
《なら、避けられない様にすれば良いんですよ、選ぶしか無くさせる》

『ふむ、確かに良い手だが』
「ですけど、どうやって追い詰めるんですか?」
《彼女は国民としての矜持を持っている、それを取り上げる、と脅すのはどうですか》

『何と、恐ろしい事を思い付く青年だ』
「鬼畜です神宮寺さん」
《いや、けれど一国民としての誇りが有る以上、取り上げられる事は嫌でしょうし。例え外部者が居たとしても、何処ぞに亡命予定だったとなれば、信用度も下がるかと》

『まぁ、確かに良い案だが』
「もしかして公安とお仕事なさってます?」
《していないよ》

「まぁ、していても」
『しているとは言わんだろうなぁ』
《まぁ、確かに子供から家を取り上げるのは残酷ですけど、した事がした事ですし。そもそも林檎君が悪魔について尋ねた結果ですよ》

「どう、繋がるんです?」
《悪魔が居る場所、それこそ地獄を潰すぞ、と神々が脅したからこそ襲来しないのかも知れない。だとか、何れ帰れるだろう魔法陣を逆に人質に取り、言う事を聞かせるだとか》
『ふむ、流石だね神宮寺君は、私より荒事に慣れているからこそだろう』

「はい、実に驚きです、公安所属で無い事が逆に不自然な程に」
《いや、本当に関わりは無いからね》

『ふむ、恐ろしい事に本当の事を言っている様に思えるが』
「公安所属なら、訓練を受けていそうですし、事実は闇の中ですね」
《白日の元に晒しているんだけれどね》

『まぁ、冗談はさておき、案として検討するには十分だろう』
「お役に立てました?」

『あぁ、勿論だよ、実に美味いケーキだった』
「はい、ご相伴に預かれて幸いでした」
《確かに美味しかったです、ご馳走様でした》

『ふむ、良ければ以降も2人で来ると良い、次はもう少し明るい話題をしよう』
「はい」
《ケンカをしていなければ、ですね》

「怒ってませんよね?」
《どうだろうね》
『仲良き事は美しき事、これからも林檎君を頼むよ、幾ばくか純粋無垢で危なっかしいだろう』

《そうなんですよ、本当に物語馬鹿でして》
「もー、行きますよ、お忙しい所をありがとうございました。では、また」
『うむ、ではまた』
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