松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第31章 凌雲閣と事件。

3 凌雲閣と肉。

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『どうも、公安の木嶋 八重子と申します』

「国家に反逆の意図は有りませんが」
『公序良俗を乱しましたし、差し当たっては国外退去、としようかと』

「どうしてそんな!」
『一国民として国を思い行動して頂き、ありがとうございました』

「何故!」
『最悪を想定してらっしゃらなかったか、それだけ国を信用して頂いた、どちらでしょうね』

「私は、もう、あのままじゃもっとダメになっていたんです。だから、せめて」
『国の為に、同じ犠牲者を生まない為に行った』

「ですけど、早かったんですね。私の意は、何も汲まれない」
『後続が居るのなら任せれば良いだけの事、居ないのですね、本当にアナタだけが行った』

「いえ、コレも演技かも知れませんよ。若しくは何処かの雑誌社に、既に原稿を渡しているかも知れない」
『確認しましたが何処も受け取ってはいません、何故です、送り付ければ良かったものを』

「もう、書く気力も無かったんです。あの日まで生きる事だけを考え、それだけで耐えて来た」
『狂っていれば楽だったでしょう、けれどアナタは酷くマトモで、良く先が見えていた』

『いえ、国を奪われるとまでは思いませんでした。私は一体、何処へ行かされてしまうのでしょうか』

『選択肢は2つです、より良い世の為、コレからもアナタは考え続けるか。若しくは、オセアニアで生き抜くか、どちらかです』

「死刑では無いのですね」
『心神喪失からの無期懲役とし、死ぬまで独房に居ても構いませんが、その場合アナタは単なる気狂い扱いとなってしまう。我々とて、それは望んでいません、折角の変革の機会を失うも同義ですから』

「変革の機会になり得るのでしょうか」
『アナタ次第です、アナタが描いた道に国は興味を示した』

「道と言える程のものは」
『アナタが思い描いた先は、国を強くする道に繋がる、国はそう判断しました』

「ですが、一体」
『以降、どうなるのか、聞いて頂けますか』

「はい」
『では、その前に、先ずはお昼御飯にしましょう。オムライスかカツカレー、どちらが好きですか?』

 国は何も望まない彼女を望んだ。
 残酷にも、コレからも彼女を生かす事を選んだ。

 もう彼女は十分に苦しみ、成果を残した。
 なのに国家は、再び幸福と不幸の波を与える、より平凡で平穏な場所へと戻そうとしている。

『いや、八重子君、実に素晴らしい手腕でした』
『杉元先生、本当に、生かす事が彼女の為になるのでしょうか』

『それは半々だろう、償いと救済、その半々だろうね』
『死が救いになるからこそ、死なせない』

『確かに数も数だが、やはり彼女の脳に、遺伝子に国家は評価を下したのだろうね』

『私の頭では』
『数は多い方が良い。それにだ、君の負担も軽くなるのでは無いかね』

 私の、負担。
 もうお兄様の事が、いえ、そろそろ答えを出せと言う事ですね。

『過保護な親は嫌われる、そう知ってらっしゃる筈ですが』
『それでも、年上とは保護者になってしまうのだよ』

 私はまだ良い。
 けれど、彼女を生かす事が本当に。

 いえ、きっと賭けたのでしょう。
 人、と言うモノに。



《姉さん、何で》

 自死を異常に否定しているワケではいません、そして肯定もしてはいません。

 ただただ、自身に目を向けず、怒りに任せ外へ外へと情動をぶつけただけ。
 後の事など、全く考えてはいませんでした。

 死刑だろうとなんだろうと、どうでも良かった。
 ただただ、私の様な者を減らしたかっただけ。

 こんなにも恵まれた世で、こんなにも狭量な親に生まれ。
 家族から逃げ出せば地獄を見る、そう脅され逃げられなくなる者が居ない世に、そうした世になって欲しかっただけです。

「何故か分からない、生まれる場所を間違えたんです、私が」

 きっと、それなりの家に生まれたなら、きっとこんな事はしなかったでしょう。
 憎い親の顔に似るだけででは無く、とうとう、言動も似てしまい。

 死にたかった。
 あんな人達に似る位なら、死んでしまおう。

 けれど、ただ私が死んだとて、何が変わるでしょう。
 そう、何も変わらない。

《何も殺さなくたって、言ってくれたら》
「あの母親が、本当に言って変わると思いますか。あの父親に何か言って、変わると思ったなら、何故アナタは何も言わなかったんですか」

《それは、確かに姉さんの繊細さを》
「いえ、私は至って平凡で凡庸、アナタ達が異常なまでに鈍感で自分勝手なだけ」

《姉さんのせいで!》
「いえ、アナタのせいでアナタ達夫婦は別れそうになっているだけ、こうした事で別れる程度の絆しか築けなかったか。元から、アナタに愛想を尽かしていただけ」

《何でも人の!》
「それはアナタ達でしょう。母は父が悪いと言い、父は母が悪い、と逃げた。本当に、そっくりね」

《アンタだけが異常なのよ!!》
「ほら、母さんにそっくり、どうせそうやって泣き喚き散らしていたのでしょう」

《違う!!》
「ほら、そうやって真実を全く認めない。コレ、アナタの元夫になる方からの手紙よ。直ぐに泣くだ喚き散らすだで、もうすっかり、嫌になったそうよ」

《嘘よ!!》

「本当に五月蝿い人、だから捨てられるのよ」
《五月蝿い!五月蝿い!五月蝿い!!》
《ちょっと、少しは落ち着いて下さい!ココを何処だと思っているんですか!》

「もう良いですか、続けてもコレが続くだけですけど」
『あぁ、では』
《待ちなさいよ!この殺人鬼!!》

「その殺人鬼の家族でしょう、もう少し落ち着いた方が良いわよ。でないと、やっぱり、そう言われてしまうんですからね」
《アンタのせいよ!》
『ふむ、下がらせて貰うよ』
《はい、大変、失礼しました》

 きっと、彼女には分からないだろう。
 一生、誰から何を言われようと。

 一生。



「あぁ、はい、彼女の事ですね」
『彼女は、繊細で過敏だった、それとも逆に大雑把だったろうかと思ってね』

「まぁ、どちらとも。ココには変わり者が多いせいか、特に目立った子では無かったですし、そう神経質とも思わなかったですね」
『成程、他に何か思い当たる単語は無いでしょうかね。物静か、五月蠅い、特に印象に残ってはいない』

「どちらかと言えば最後の単語ですね、特段に変わり者でも美人でも無いですし。ただ、五月蠅いだとか、大雑把には見えませんでしたが、神経質と言う程でも無いかと」
『どちらかと言えば、平凡で凡庸、ですかね』

「はい、ですね。ココではそう、殆どがそうですよ、そう他人に興味が無い者が殆ど。その中でも特に目立つ変人だとか、五月蠅いのがやたら目立つだけで、他は殆ど地味ですから」

 彼女の周囲を調べれば調べる程、彼女はマトモなままに地獄へ居た事が証明されていった。
 先ずは芸術を学んだ、美術専門大学。

 ココで彼女を覚えている教師は殆ど居らず、担任が何とか覚えている程度。

 そして学歴を下り、次は女子高等部へ。
 だが、そこでも。

《ご連絡を頂いた時から、考えていたんですが。どうしても、彼女がやったとは思えない程で、はい》
『女史は担任でらっしゃったそうで』

《はい、家庭訪問でも問題は無く。ただ、同じく妹さんもココへ来ていましたので、はい》
『是非、被害に遭われた方の為、妹さんの為にも真実をどうかお願い致します』

《はい》

 どうしても、彼女と比べてしまいました。
 声の大きさ、察しの悪さ、口の悪さ。

 下の子として甘やかされてしまい、そうなってしまったのかと。

 ですけど、ある時にご家族の事を尋ねる機会が有り。
 アレは、家族に似ているので、と。

 その時、疎外感が有るのだなと。
 そう分かってはいたのですが。

『彼女は救いを求めず、必要ともしなかったのでは』
《言い訳かも知れませんが、そうした事以外、全く何も無く。手を差し伸べる事も、話を聞く事も、問題の無い子と同じ様にしてしまっていました》

『いや、我々専門家でも見抜く事は難しい事なんですから。どうかご自分を責めないで下さい、規則や常識の範囲内でアナタは出来る事をしたまで、最悪は越権行為だ何だで処罰される場合も有るんです。出来る事は無かったと、どうぞご納得を』
《すみません、ありがとうございます》

 そして更に、中等部へ。

「あぁ、覚えていますよ、少し不思議な子でしたからね」
『ほう』

「繊細さだとか神経質だ、そう言った事では無いんですがね。面白そうに遊んでいる最中、不意に静かになり暗くなる事が何度か有りましてね。家に問題が有るんじゃないか、家族に何かされているんじゃないかと尋ねたんですが、大丈夫だとしか言いませんでね」
『成程』

「女教師にも確認させたんですが、体に特に傷も有りませんでしたし。まぁ、思春期独特の何かが、ねじ曲がったんでしょう」

 あぁ、幼心に大人へ相談する事を諦めたのは、この教師のせいだろう。
 満足に尋ねる事も出来ず、単に警戒されただけ、だが何が悪いのか全く分かってもいない。

 せめて高等部の女史と、この者と入れ替わりが起こっていれば。

 いや、既に起きた事、変えられぬ事。
 今は出来るだけの事をする、それしか無いのだから。

『では、もしご自身の対応が不適切であった場合、何処だと思われますかね』

「あー、まぁ、あんな事をする子供だと察せられたなら良かったんでしょうけれど。どの子供も、まぁ、彼女もそこまで変わっていたワケでは有りませんからね」
『成程、そうですか。では、失礼致します』

 そして最後に、初等部へ。
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