松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第32章 先生と物語と僕。

2 記者と山神。

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《行方知れず、ですか》
『あぁ、実家は全焼。家族も焼け、山岸は行方知れずだ』

《そうでしたか》
『アレは、呪われたんじゃないだろうか』

《どうでしょう、ご家族に会えたとしても、痕跡が残っているかは分かりませんし》
『本人は、行方知れずだしな』

《ただ荒又さんに何も無い事だけは、ハッキリしていますし。それにこうした呪いは、殆ど無作為か、一定の要件を満たしている場合が殆どですから》

『一定の、要件』
《そうした場合が多い、と言う事です、必ずしもこうだ。と形に嵌める事は難しい事なので》

『まぁ、それもそうか』

《それと、山神に関連する可能性も有るので。あまり、深掘りはしない方が宜しいかと》
『あぁ、特に山の神が女神だったなら、魅入られちまうかも知れないんだしな』

《はい、もし気に入られてしまったら、梓巫女でも縁切りは不可能ですから》

『探ってくれ、は無理か』

《出来る範囲で調べてみますが、最悪は手を引きますので、あまり期待しないで頂けると助かります》
『いや、俺は薄情なんでな、必ずってワケでも無いんだ。危なくなれば引き返してくれ、下手に掘って松書房に何か有っても困るんでな』

《はい、ですね》
『片手間で良いんだ片手間で、じゃあな』

《はい》

 仲間内には、こうした事が言えなかった。
 何が引っ掛かっていたのかは分からないが、誰かに言わずには居られなかった。

 だが結局は、俺は山岸の事は忘れ、仕事に熱中していた。

 そして数ヶ月後、山岸は山奥で焼死体となって発見された。
 遺体の確認は難しく、遺書と遺品により、山岸だろうと言う事になった。

 遺書には、全て焼きました、すみません。
 とだけ書かれており、事件は、家庭内の揉め事として処理された。

 近年話題の、歪な教育の申し子、だったそうで。
 警察に送られた手帳により、その内実が明らかとなったらしい。

 だが、警察は全面公開はせず。

『すまんな、単なる家庭問題だったらしい』
《いえ、霊障だと思っても不思議では無い出来事でしたし、山神関連ですから》

『それで、何か分かったかい』

《いえ、他の事で忙殺され、すみません》
『いや、金の話も無い様な事だったんだ、気にしないでくれ』

《ただ、断定は出来ませんが、やはり山神の呪いかと》
『はぁ、やっぱりそうか』

「あの、荒又さん、もしかして霊感が」
『いや、全く無い。だが、昔に少しだけな』

「会ったんですね」
『まぁ、その話は後でだ。何でだ、何故山神は山岸に祟った』

《憶測ですが、何か女性に不埒な事をしたのかと》

『はぁ、やっぱりそうか』

「荒又さん、何か気配を感じ取ってらっしゃったんですか?」
『いや、コレも単なる憶測だ、憶測だよ』

「もしかして、盗撮や隠し撮りを」
『まぁ、憶測だがな』



 僕は、成人するまで、女性に触れてはならないと教わっていました。
 お前なんかが触れてはいけないのだ、と。

 ですが成人後、急に、何故結婚しないのかと責め立てられました。

 僕は写真を通して見る事すら、罪の意識を感じていたのに。
 親は急に、何故付き合っている相手が居ないのか、と毎日嫌味を言う様になりました。

 そうして僕は、少しでも女性に慣れる為、写真を撮り眺め続けました。

 そんなある日の事です。
 取材先で、初めて心霊現象に出会いました。

 山の奥深くに、白装束を着た女が見えたかと思うと。

 《わるいこ、みつけた》

 僕の耳元で聞こえました。
 ハッキリと、たどたどしいながらも、ハッキリと聞こえたんです。

 だから僕は周りの方に尋ねたんです。
 見えていますよね、と。

 そうすると、再び聞こえたんです。
 他の方の返事に重なる様に。

 《わるいこにしか、みえない》

 僕はもう、震え上がるしか有りませんでした。
 誰にもバレてはいけない、その事だけで頭が真っ白になり、どうやって家に帰ったのかは良く覚えていません。

 ただ、家を燃やした事は良く覚えています。

 だって、ずっと聞こえているんです。
 あの声が、ずっと。

 《もやせ》
 《すべてもやせ》

 《ぜんぶ》
 《ぜんぶもやせ》

 そしてどんなに視線を逸らしても、その視線の中に、端にずっと居るんです。
 白装束の、目も口も釣り上がり、化け物みたいな顔をした女が。

 逃げれば逃げる程。
 その女が視界の端で、少しずつ近付いて来る。

《家を燃やしたじゃないか!全部、燃やしたじゃないか!!》

 どんなに逃げた先でも、女が常に見えるんです。

 鏡越しでも、硝子越しでも。
 どんなに乗り物に乗ろうと、ずっと着いて来て。

 時には僕の真後ろで囁くんです。

 《もやせ》
 《ぜんぶもやせ》

 ふと、急に分かったんです。
 僕も燃やせと言っている事に。

 あぁ、僕も悪いんだと、やっと理解したんです。

 撮ってしまった方には、今はとても申し訳無いと思っています。
 ですが僕はあの時、精一杯だったんです。

 どうすれば良いのか、本当に分からなかった。

 でも今は良く分かります。
 全て燃やしました、ご安心下さい、すみませんでした。

 僕も燃やすので、どうかお許し下さい。



「教授」

『おぉ、水無瀬(弟)君かね』
「どうも」

『ふむ、どの事、だろうか』

「例の、焼死体の事です」

『どちらが生き残ろうと、両者が生きていようと、所詮は生き地獄だったろう。そして、結局は死を選んだ筈だ、彼は弱く歪む様に育てられてしまったのだから』

 僕のムジナが呼ばれ、僕と扇は山奥の村に宿泊する事となった。
 その期限は、とある男が来るまで。

 僕らが滞在した3日目の朝、ムジナは不意に僕の傍を離れ、僕らは直ぐにも帰郷となり。
 彼が亡くなったであろうその時まで、ムジナは戻っては来なかった。

 そして僕は扇から、この記事の切り抜きを渡されるまで。
 全く、何も知らなかった。

 けれど、ムジナに触れば全てが分かってしまう。
 だからこそ扇は、僕に記事を渡し、詳細を説明したのだと思う。

「あの、本当に彼は」
『まだムジナに触れておらんのだね』

「はい」

『だが、詳細を扇君は知っている』

「まさか」
『矯正するには、あまりにも家族が歪過ぎた、しかも被害者の情報まで出て騒ぎになっていただろう。どちらに重きを置くべきか、だよ』

「扇は、ムジナと」
『それは君達で良く話し合い給えよ、何せ家族なのだから』



 全速力で走って来た寿丸に、そのままの勢いで体当たりをされた。

『殴ろうとして体当たりは、流石に不意打ちが過ぎる』
「何をしてるんですか、ムジナと何を約束したんですか」

『していないよ、ただ幾度か飯を捧げて、君と同じ様に寿丸を守りたいんだと話したら。姿が見え、聞こえる様になったんだよ』

「何て事を」

『確かに怖いけれど、悪人には寧ろ丁度良い、良い怖さだろ』
「良く笑っていられますね、何をしてるんですか本当に」

 確かに怖いが、それ以上に悪党の恐怖した顔が思い浮かぶ。

 だからこそ、幾ばくかムジナが恨めしい。
 俺に憑いていれば、こんなに寿丸が怯える事も無かった筈。

『君を守る為、それに、悪党が懲らしめられるのは俺も好きなんだ』

「悪趣味が過ぎます、嫌な場面だって見てしまうでしょう」
『それがムジナの良い所だ』

「無神経なんですアイツは」
『正直者とも言う、下手に隠された方が、不誠実さを感じるだろ』

「確かに、本当にそうですね」
『言おうと思っていたんだ、けど君に怒られるのが嫌で、つい先延ばしにしてしまった。すまなかった』

 肩代わりしてやりたかった。
 怖さを分かち合いたかった。

 もう家族なんだから。
 兄弟なんだから。

 なのに寿丸は、黙ったまま仕事を請け負い続けた。

 俺も、その厄を背負う一端を担ったと言うのに。
 最近は特にだ、甘えもせず、1人で寝込む方が悪い。

「確かに、ムジナは取り繕うだとか不誠実とは無縁ですけど、ひっ」
『あぁ、今回はこの顔で脅かしたんだよな』
《わるいこ、やっつけた》

『あぁ、そうだな』
《ぜんぶもえた、わるいのもえた》

『そうだな、偉い偉い』

「何で、平気なんですか」

『俺は良い性格をしているからね、君と違って』
《いいこいいこ》
「もう!顔が怖い!可愛い顔して!」

《おこたおこた、こあいこあい》
「はぁ」
『2人で暮らそう、両親は良い人達だけど、そうやって怒るのをいつも我慢してるだろ』

「悪戯さえ無ければ」
『無理だろうな、言葉は覚えても、知能はココまでらしい』

「はぁ」

『そんなに嫌か?俺と住むのが』
「嫌も何も、お互いに独り立ちをと、そもそも迷惑を掛けない様にしようと、思っていたのに」
《さびしいさびしい、ひとりはさみしい》

「五月蝿い」
《おこた、こあいこあい》
『1人で躾けるより、マシだと思うよ』

「だとしても、兎に角、結婚して落ち着いて下さい」

『俺と、君が』
「そうでは無くて、僕はもう諦めましたけど、何もアナタまで諦める事は無いじゃないですか」

『いや、俺だって父親があんな』
「何処かの誰かに唆されての事なんですし」

『にしても限度が有るだろう』
「ですけど、それは例の薬品のせいで」

『酒を嗜んでも溺れる奴は少ない』
「アレは酒を超えるそうですが」

『実は男色家なんだ』

「あの、それは」
『冗談だと言い辛い雰囲気はキツいな』

「真面目に」
『そのウチだ、そのウチ、追々』

「良い女は早く売れてしまうんですから」
『そうだな、腹が減ったなムジナ』
《ごあん、おなべ、ごあん》

『鍋かぁ、何鍋にするか』
《かも、ねぎ、なべ》
「ダメです、お肉ばっかりなんですから、鍋なら鱈鍋にします」

『君は、本当に、女に生まれていればね』
「そうなっていたら、どうなっていたんでしょうね」

 きっと、少し変わる程度で。
 大差は無い筈、きっと、似た様に過ごしている筈だ。
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