松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第32章 先生と物語と僕。

投書と詐病。

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 世には霊に困っている者が多い。
 それが実際に居なかったとしても、だ。

「神宮寺さん、怖くなくても見える様になってしまって、本当に不便は無いんですか?」

 林檎君には、水天宮での蠱毒移しの際に、その土地の神様に気に入られてしまい。
 すっかり見える様になってしまった、と。

 嘘を嘘で誤魔化し。
 僕は林檎君を更に手伝う事となった。

 そうでもしなければ、国の手先になるかどうかの瀬戸際。

 俺は林檎君同様。
 平穏で平凡な道を選んだだけだ。

《同時に、見分けがかなり付く様になったんだよ。どれも恐ろしく見えていたモノが、意外と他愛無いモノ、気を付けるべきモノ。そう区別も付く様になったからね、動物が良く目に付く様になった、そんな程度だよ》

「不謹慎を承知で言いますが、本当に羨ましい限りです」

《見える様にしてしまえる者の話をしようか》
「あ、居るんですね、そうした方」

《あぁ》



 梓巫女の中には、その適性が無いにも関わらず、そうした才が備わってしまう者が稀に居る。
 それが、私の親族に出た。

 伯父の孫に、出ちまった。

『また、お前は』
「だって、あんまりに粋がって可愛げが無かったんだ、仕方が無いだろ」

『だからって、何の心得も無いお嬢さんに』
「だから反省してるって、まさか漏らすなんて思って無かった、反省してます」

 見聞き出来るだけの子だ、と預けられた子だった。

 その通り、最初はそう振る舞っていたが。
 触れて念じるだけで、見聞き出来る様にしちまえる、そんな子だった。

『はぁ』
「以降、もう少し段取りをします、すみませんでした」

 頭が変に良い子で、どうしてか捻くれちまった。
 だが私らが絡む怪異とは別のモノ、そうしたモノから知恵を授けられていたんだと、後から分かったが。

 遅かった。
 あの子は裏道へ行っちまった。

「おぉ、この子が」
『何だい、何しに来た』

「怒らないでくれよ婆さん、生きるには仕方が無かったんだ」

 今で言う、恨み屋だ。

 恨みを晴らす為に、その相手を一時、霊を見聞き出来る様にさせ。
 祓い料を貰い、そうして生計を立てる。

 私らとは真逆。
 裏の道に行っちまった。

『はぁ』
《あの、この方は》
「神戸の叔父さんは、古いか。まぁ、この人の甥の様な者だよ」

《随分とお若いんですね》
「まぁ、それよりも遠いからね」

 幾ばくか修行をさせたが、見聞き出来る意外は本当に何の才も無かった。
 確かに話し合う事は出来るが、それだけ。

 触れる事も、祓う事も出来無い。

 だが、私らよりも見聞き出来る範囲が広い。
 本来の巫女の性質を受けた、真正の巫女の気質。

 けれども今の時代、巫女と名乗れば国に接収されちまう。
 そうなれば、生きるも不自由、抜け出すは地獄。

 檻の中に入るも同義となる。

『で、何しに来たんだい』

「見付かっちまったから、最後に挨拶に来たんだ」

『はぁ、だから言ったろう、大人しく』
「意外と良い女が居てね、そう悪くは無いよ」

『そうかい』
「あぁ、今までお世話になりました、ありがとうございました。お元気で」

『あぁ、達者でね』

 良いって言うならまぁ、意外にも性に合う場所なんだろう。



《以来、オジさんとは会っていないけれどね》

「あの」
《ぁあ、相性が悪いと、見えっぱなしになってしまうらしい》

「あぁ、成程」

 とてもガッカリしてしまったんですが、同時に何だか既視感を覚えたのも事実です。
 何処かで何かを、聞いた事が有る様な。

《さ、もう着くよ》
「あ、ですね」

《大丈夫、その機会が有れば、見える筈だよ》

 そうだと良いんですが。



「どうも、松書房の者ですが」

 この家に来た時点で、虚偽の手紙だと確信したが。
 物は試し、虚偽なりに先生方が書くだろう内容を収集する事も、仕事の1つ。

『あの、はい、すみませんでした』

「一体、どう言う事でしょう」
『僕が出したんです、念の為に、本当に霊が憑いてしまったのかどうかを』
《では、僕が事情をお伺いします。林檎君は教授へ、鮫島さんを寄越す様にと》

「あ、はい」

 狐憑きは、医者に見分けはほぼ不可能な事。
 だが昨今は医者に病だと言わせ、そのままにさせてしまう事も有る。

 けれど医者も馬鹿では無い。
 知り合いの霊能者に見せ、正気に戻し家に帰す事も有る。

 それで喜ぶ家も有るが。
 再び憑かせる者も。

《それで》
『見合いを、嫌がっての事なんです』

《それは又、随分と後先を考えていませんね》
『僕と、一緒になりたい、と』

《あぁ》
『ですが僕には既に約束した相手が居まして、そもそも彼女は従姉妹、そう付き合いを続けていたつもりなんですが』

 嘘を見抜ける事は、不便だが便利でもある。

《なら、鮫島さんが来る前に、少しだけ様子を見させて下さい》
『あの、少し浅はかですが、素直で良い子なんです。どうか、宜しくお願い致します』

《はい、任せて下さい》
『はい、宜しく、お願いします』



 従兄弟は、私を可愛い可愛い、と。
 けれど、全て遊びだった。

 接吻も、何もかも。

《やぁ、どうも、霊が見えるのかい》

《ええ、そうよ》
《それは不思議だね、今君の前には、鬼の形相をした女の生き霊が居ると言うのに》

《もう、慣れたの》
《そうか、ならその生き霊が何処の誰か、良く分かるだろう》

《きっと、従兄弟の結婚相手でしょう》
《いや、君の伯母さん、従兄弟の母親だ》

《何故》
《君の母親が嫌いで、君にも嫌がらせをする為、従兄弟を利用したんだよ》

《嘘を》
《いや、直ぐに分かる筈だ、従兄弟君には本当に見える様にしたからね》

《そんな事》
《出来てしまうんだよ、だから偽らない方が良い。君が思う以上に、地獄を見る事になる、他の方法を探した方が良い》

《ココまでしなければ、医者に罹らせてはくれなかった》
《その先だ、賢く生きた方が良い。愚かな生き方は、思うよりも悲惨なのだから》

《どう、すれば》
《全てを正直に話すんだ、そうすればなる様になる、僕がそう流れを戻した。後は君次第だ、愚かな男の事は蜂に刺されたとでも思えば良い、面倒な世では良くある事なのだから》

《はい》



 鮫島先生が到着した直後。
 お手紙を出したとされる従兄弟の方が、突然。

『ひっ、君は、君はっ』

「林檎さん、患者さんは」
「いえ、違う筈だったんですが」
『違うんだ伯母さん、本当に僕は何も』
《あぁ、先生、どうも。どうやら患者が2名に増えてしまったみたいですね》

「あの、僕らと相対していた時は、今の今までは」
《突然、発症してしまう事も有るのでしょう、先生》

「そうですが、若しくは突然、見えてしまう事も有るかと」
《ですが、彼は病かと、因みに彼女の方は霊障でした》

「そうですか、ですが診てみなければ分かりませんから」
《あぁ、彼は僕が宥めておきますから、先ずは彼女の方を宜しくお願いします》

「はい、では」

 それから神宮寺さんが手紙の書き手を何とか宥めている間に、少女が部屋からやって来ました。
 青白く、痩せ細った少女は、とても可笑しい様には見えませんでした。

《ありがとうございます》
《いえいえ》
『伯母さん、違うんだ伯母さん』
「この子は霊障から少し食が細くなってしまっただけ、ですが彼は、彼も病院へ搬送させて頂きましょうかね」
「あの、家の方にご連絡を」

《でしたら、◯◯の✕✕✕、◯◯へお掛け下さい》
「あ、はい」

 そして直ぐに家人が現れ、そこでまた一悶着有ったのですが。

 教授の助手さんである鮫島さんが、見事に事を収められ。
 僕らは車を見送ると同時に、家から締め出される事に。

 多分、コレは雑誌には載らないでしょう。

「すみません」
《いや、仕方の無い事、林檎君の落ち度では無いのだし。さ、餡蜜でも食べに行こう》

「はい」

 ですが数日後、予想を裏切るお申し出が有りました。
 先日の件を、載せて構わない、と。

 どうやら発症してしまわれた方は、次期当主だったのですが。
 代が変わる事になり、例の少女が次期当主となられるそうで。

 悪しき見本にしてくれ、と。
 改めてご署名まで頂き、見事、掲載と相成りました。

《本当に、恐ろしいものだね、病とは》
「はい」

 見えてしまう事は、病と紙一重。
 ですけど、僕はやはり見てみたいんです。

 出来れば、神様を。

《もんじゃ焼きがどうしても食べたいんだけれど、どうだろうか》
「ダメです、今日は写真の講習会なので、何方か良い人とお出掛けになって下さい」

《では、鮫島女史と行く事にするよ》

「えっ、まさか」
《じゃあね、林檎君》
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