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第32章 先生と物語と僕。
重陽の節句。
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僕と神宮寺さんが下地になった物語が結末を迎えた結果、賛否両論と相成りました。
『身を引くだなんて、結局は男色家では無いからこそだろう』
《いや、そもそも、以降の事が全て無かった事になるのが問題だ。全くのちゃぶ台返しじゃないか》
「それは違う、少なくとも彼には想いが残っているんだ、ちゃぶ台返しとはワケが違うだろう」
仮に、僕を下地にした者をR、神宮寺さんを下地にした者をJとしましょう。
RとJは結ばれた後に、何と其々に結婚したのです。
因みに、その時も賛否両論でした。
Jは男嫌いとRを結婚させ、自身を子作りの道具としてまで、Rを大多数同様の道へと導いたのですが。
互いに子を成しても尚、その関係は切れる事は無く。
時に神々の試練なのか、Rが女になる事件が起きたり、逆にJが女になったりと。
寧ろ、そうして繋がりは深いものとなり。
このまま、そうした幸福の道が描かれ続けるのか、と。
ですが先生は更に、その逆を描きました。
神々の力添えが有り、JはRを思い、敢えて問題となった事件を無かった事にする。
その道を選んだのです。
《君はどう思う、R君》
「Jさんはどう考えているんですか?」
《想うなら、妥当だと思うけれどね》
「男色家では無いからこそ、では?」
《かも知れないけれど、もし親なら、何をどう願うだろうか。そう考えてみても、妥当だと思うよ、彼らも既に親になっていたのだから》
僕も、そう思いました。
そして同時に、不思議な考えも浮かびました。
「もしかすれば、そうした経験を経た上での、今なんでしょうか」
有り得たかも知れない道。
歩いた筈が、巻き戻された道。
それらをJ以外、認識する事は不可能。
とすれば。
目の前の彼は、どの道を歩んだ彼なのか。
《少なくとも、そう質問する君は、経た君では無いワケだね》
「あ、確かに、無い前提の聞き方でしたもんね」
《ただ、有るにしろ無いにしろ、すべき事は同じだと思うよ》
「大多数と同じ様な幸福、でしょうか」
《いや、君が最も幸福だと思える道の歩き方だよ》
有り得たかも知れない道を知る前は、大多数と同じ様な道を当たり前に考えるだけで、それが最も幸福だろうと思っていました。
でも知ってしまうと、RとJが得ていた幸福感を考えると。
果たして、最たる幸福とは何か、と。
「神宮寺さんは、僕の幸福を願ってくれていますか?」
《勿論だよ、君にとっての最たる幸福を願っているよ》
あの道を経たアナタでしょうか。
覚えているJなのでしょうか。
そう尋ねる事は簡単ですが。
答えの真偽を見抜く事も、その答えに応える事も難しい以上。
僕は、考えを放棄するか、話題を変える他に浮かびませんでした。
「今日は本当に、月が綺麗ですね」
彼は話題を変えたつもりだったのか、寧ろ彼こそ、経た彼なのか。
《ですね、重陽の節句ですから》
「好きなんですよコレ、茸と菊の和え物」
《酒の肴に最高ですしね》
「ご飯に掛けても良いんですよ、あんまりに食べたくて母を手伝った程ですから」
《君が女性だったら、一体どうなっていたんでしょうね》
俺と彼が下地になった物語が、やっと終焉を迎えた。
けれども結末が結末なせいか、舞台化だ映画化だ、と。
「やはり神宮寺さんとは、こうはなっていなかったかと」
《ですよね、君の真面目さは性根からでしょうし》
「直ぐに男性の担当に引き継ぎをし、相変わらず似た様な道を歩き。差し当たっては、小泉先生にこうした場を設けられ、ついでだからとお見合いをさせられていたかも知れませんね」
《あぁ、確かに有り得そうですね》
有り得たかも知れない道。
忘れているだけかも知れない道。
何処か既視感の有る道は、本当に知らない道なのか。
「あ、でもそうなると、代わりと言ってはなんですが、川中島さんと親しくなっていそうですね」
『それはどうでしょうか、ダシに使われる位ならと、関わらないかも知れません』
「成程、神宮寺さんの女癖を知ってこそですね」
『かも知れません』
《どうして、僕は女癖が悪い事になっているんだろうか》
「Jと重なってこそかも知れませんね」
『ですね』
作家とは実に恐ろしい生き物で、僅かに関わった程度で見抜き、時にその先を描く。
巫女の家系かと疑う程、有り得たかも知れない道まで。
いや、実際にそうなのかも知れない。
俺らが思うだろう、考えるだろう事まで、描かれていたのだから。
『僕が巫女や何かの家系?無い無い、実に面白いね神宮寺先生は。うん、面白い、面白いからまた題材にしてしまおう』
《あまり、調子に乗らない方が良いですよ》
『だって面白いじゃないか、巫女の系譜の作家、だなんて』
電話口での発案は良く有る。
それこそ何をしていようとも、その事とは全く関係が無かろうとも、不意に案は出る。
そこに関しては、確かに巫女的だとは思うけれど。
無いものは無い、からっきし、まるで巫女のみの字も無い。
もし有ったなら、直ぐに彼だけを選び、直ぐにも食べてしまっていただろう。
失敗なんてものは、あまり経験しないに越した事は無いのだから。
けれど、きっと失敗が必要だったのだろうとは思う。
アレを書き上げて尚、未だに納得は難しいけれど。
時に必要な失敗も有るのだろう、と。
《お上かお神、どちらの気に障らないと良いですけどね》
ほんの軽口だった。
昨今は神社統括本庁と雑誌社が関わりを深くしつつある、その事を思い出しての、単なる軽口だった。
『うぅ、差し止めだけなら未だしも、ココに来るだなんて』
《落ち着いて下さい、誤解が有る筈なんですから、解きましょう》
『君、僕が恐れているのはそれだけじゃないんだよ、僕と君の事だ』
《それは》
『やれ不埒な事だけしか考えていないのだろう、やれ反社会的だと。単に男だけしか愛せないだけが、国に仇なす者だなんだと』
《国は》
『表立って排除しないだけで、大手を振って受け入れているワケじゃない、それを僕も望んではいないけれど。僕や君の様な者が増え過ぎれば、本当に国は滅ぶ、だからこそ国としては大々的に認められない事も。全て分かっているんだ、けれど、僕は目立ち過ぎたのかも知れない』
俺とて理屈は分かる。
分かってはいる。
けれど。
《何か有れば、どうにかして国を出ましょう》
『それは』
《最悪は、です。俺達はまだ若い、他国の文字を学んで、一緒に頑張りましょう》
離れる事も、書く事も止められない、そしてどちらかを選ぶ事も難しい。
なら、生きる場所を変えれば良い。
欲張れば何もかも失う、なら、住む場所など簡単に捨てられる。
『最悪は、最悪はだ。君の方が若いのだし、君にばかり任せてしまうかも知れないよ』
《構いません、アナタより俺の方が賢いですから》
『好みは外道以下だけれどね』
神社統括本庁は、稀に出処が不可解な神託や占術の結果を鵜呑みにし、実行へ移す。
『申し訳御座いませんが、国の為に、国を出て頂きたく』
《作中の件でしたら、何か誤解が》
『いえ、誤解は無く、3年以内に国を出て頂く事になります』
『それは、政、ですか?』
『はい』
宣託や神託、占術が彼らを国から出す事で、国を更なる発展へと導くであろう。
そう示した。
何よりも強い権限から、絶対的な、決して逆らえない命令に近い。
そうした神託が、彼らに下ってしまった。
《何故ですか》
『私達には結果、答えは未だに後から分かるに過ぎませんが』
『支度金だとか、準備の資金は出ますか?』
《先生》
『子を成せない僕らが国の役に立てるんだよ?しかもいきなり追い出すワケじゃないんだ、大丈夫、きっと行く先でも幸運が待ってくれているよ』
《だとしても、行く先が》
『芬蘭土、ココに近しい国へ、との助言が最も多いそうですが。ご要望がお有りでしたら、各国への占術等を試行させて頂く所存です』
『わぁ、夏が短く美味しいと評判の国じゃないか、行ってみたかったんだよ』
《先生、だとしても》
『渡航後の補佐や連絡係は外務省となりますが、我々も、出来るだけ助力させて頂く所存です』
『あ、小泉先生に相談させて貰おう、何かしら助力してくれるかも知れないし』
《先生》
『僕はね、悪い事をしている気は欠片も無いけれど。恩と言う点では、とても悪いなと思っていたんだよ、四凶も魔王も居ない平和な国で育った恩。僕らが出て行くだけで、君と離れず書く事も止められないなら、寧ろ僕は得だとすら思うよ』
《だとしても、ワケが》
『後から知れるのでしょう?』
『はい、いつになるかは分かりませんが、違える事は今まで決して無いそうです』
宣託や神託は、あまりにも簡潔で、最低限の文言のみ。
彼らを3年以内に国から出せ、と。
後は如何に、我々が神の意を汲み、邪魔をせず推し進めるか。
三権分立とは、支え合いでもある。
もし気を抜けば、簡単に国は傾いてしまう。
諸外国の様に、他の世の様に。
《もし出なければ》
『直ぐに結果が出るかどうかも、我々には分かりかねます。しかも後の考察にて、結果として、良かったのだとの結論になる事も』
『僕は無責任なんだ、だから後の事は国に残る者に任せれば良い、そう考えているんだけれど。君は真面目だからねぇ』
《アンタがお気楽過ぎるんですよ、俺との事は散々にゴネた癖に》
『あのね、僕は僕なりに真面目に考えた結果、君に』
『私としましては、どう血を繋いだとしても、繋ぐ事が時に重要だと考えています。いつか、誰かの大切な者になるかも知れない、その事に些末な道程は大した問題にはならないかと』
《なら、アナタは子供にどう説明するんですか。男色家が無理に子を》
『誰かの子が欲しいと思える迄、ただ黙って親の背を見ていろ、それでも分からないならお前が産まれる場所を間違えただけだ。去りたいなら去れば良い、それまでは親に従い、後は好きにしろ。ただ縁を切るなら、相応の覚悟もしなさい』
『神事に関わる方の割に、強く言い切るもんですね』
『だからこそです、どんなに良い親にも、どうしようも無い子が産まれる場合も有ります。結局は親と子の相性です、そう合わない子が、逆に仏門やコチラに来る場合も有りますので』
『未だに有るんですね』
『はい』
《なら、アナタは、国の為に穢れる事も疎む事も出来ると仰るんですか》
『私の知る神は、過大な苦痛を科す事は致しません。そして無理に血を繋ぐ事も推奨致しかねます、ですが探し選び、待つ事も出来るのではと考えております』
『あ、あぁ、医化学の進んでいるとされる独逸が近いんだ。行こう、君の純潔を守ったまま、子を成せるかも知れないよ』
先生方が神社統括本庁の方から訪問を受けた翌年、映画化と舞台化を見届けると、先生方は芬蘭土へ。
その更に半年後には、僕らが最も恐れていた問題が起きました。
《引っ越しを伏せていて、却って良かったのかも知れませんね》
先生方が住まわれていた家が、態々遠征して来た暴漢達により放火に遭い、全焼。
しかも、神社統括本庁が借り上げていた為、国家転覆罪により暴漢達は逮捕。
知らなかったとは言えど、国に仕える方の家。
そして放火は放火、死人が出なくとも重罪です、一生外には出られません。
こうした男色家を酷く嫌悪する者達の暴挙に、同じく男色家を嫌悪する者ですら、同じ扱いをされたくは無い。
と無干渉同盟なる組織を結成し、嫌悪はしても害は決して与えない、と宣言を発表。
同時に無干渉同盟の目印として、五色の龍の印も発表。
その翌日、神社統括本庁は印を各神社で配布すると発表。
その数時間後、仏門側でも配布を発表。
この事で更に議論が巻き起こり、舞台や映画を上演する劇場や俳優人生へ、脅迫状が届く事態となり。
国は正式に、こうした暴徒を嫌悪加害者と名付け、新たな法整備を行うと発表。
その事に自称治安維持を掲げたデモ隊が発生したものの、女性による無干渉同盟の対デモ隊により、完膚無き迄に論破され。
散り散りに逃げた者も公安により、全て身分照会が行われたとの発表を皮切りに、各著名人が声を上げた。
『どんな誰を好こうが、害が無いなら良いじゃないですか、龍神様を好こうが鶴女房を好こうが他人に害が無いなら気にしない。それが本来の我が国の気質、だと思いますが。一体、声高に叫んでいる方は、何処に住んでいる何者なのでしょうね』
《異なる者を受け入れる、それこそが我が国の、この国の民の性質でしょう。海女と蛸すら受け入れて来た我々が、以前から存在していた男色家を、今更になって声高に嫌悪するとは一体何故か。差し当たっては諸外国の悪しき風習風俗に当てられたか、そも信じる神が我々とは随分と異なる、酷く恐ろしい考え持ちかも知れぬ。そう考え過ぎてしまうのは、僕の性分、だけかも知れませんね》
「例え親子であろうとも、他人は他人、過干渉は百害あって一利無し。と分かっていらっしゃらない若人が、酷く目立ちたいだけで騒ぐなら、暫くお控えになった方が宜しいんじゃないですかね」
正論だとしても、対立は免れない。
そんな中で事態を沈静化したのは、1つの噂、世に謂う都市伝説でした。
「神宮寺さんは信じますか、例の噂」
《男色家を害そうとすれば、阿豆那比教なる集団の信徒が粗、小竹枯れ天の水も絶え国は常夜となる。つまりは男も女も結婚は元より子も成せなくなる、そう子孫が絶えるので、神仏に帰依し浄罪せよ。と、唱える謎の白装束に囲まれ、無理矢理に仏門や何かに入れられてしまう》
「はい」
《家主の叔母の友人が見たそうですよ、山伏の様な白装束の集団に近所の長男坊が連れて行かれ、随分経って尋ねると仏門に帰依してしまった。と聞かされたそうです》
「それも信じてるんですか?」
《信じない方が損なら、人は信じてしまうものですよ》
僕は何処か作為的に感じていたのですが、それが逆に核心へと変わりました。
誰かが意図的に流した噂も、いつか都市伝説として変形し、有耶無耶になってしまうのだろう。
それは寧ろ昔から、古くは流行神の時代から既に行われて来た、陰陽師や梓巫女が関わる一種の術式。
悪しき流言を飛語で一層する、そうした世の整え方なのでは、と。
「ですけど、厄介払いされた先の神社仏閣は、さぞご迷惑かと」
《きっと、良い場所が有るんでしょう、そうした者に適した場所が》
本当に大丈夫なんでしょうか。
報道では、家でも手を焼いていた、とご家族が証言なさる場合も有りましたし。
「あ、そう言えば阿豆那比の罪って、そんなに有名なんですか?」
《ですね、アレは2社の神主を合葬したせいであって、男色に関して罪としていない。そう国が意を表したモノであり、役職によっては少なからず死後も思い通りには出来ぬ、そうした事の現れだと聞かされました》
「恩師の方に?どんな経緯で?」
《いえ、例の13怪談のJ先生ですよ、後に他にも念の為に確認しましたよ》
「あぁ」
《情に流されず神事を執り行うべし、だとか、流石に合葬を神が認めるのは不味いからだろうとの事でしたよ。男色家や女色家が増え過ぎればいずれは他国の侵略を許し、果ては国の崩壊、文化文明の破壊が起こるので神としては認め難いのだろうとも》
「大袈裟だろうと最初は思いましたけど、魔女狩りだとか他国の宗教を認めない方々もいらっしゃいますし、実際にも多少は危惧すべきなんですよね」
《ですけど老若男女、何を考えているか分からないんですから、態々表明しなければ良いんですよ。表明しなければ死ぬワケでは無いんですし、誰かに頭を覗かれているワケでも無いんですから》
「そこが怖いのかも知れませんね、実は神様に覗かれているかも知れない、悪い考えを読み取られない様にと声高に叫んで誤魔化す」
《なら、叫ぶ相手が違いますけど、霊でも居るんですよねそうしたモノが》
「あ、居るんですね、通じないモノ」
《ですね、まだ物の怪の方がマシですよ、単語でも話は通じますから》
「ムジナって本当に化けるんですか?」
《なら、次はムジナにしましょうか》
「はい、お願いします」
『身を引くだなんて、結局は男色家では無いからこそだろう』
《いや、そもそも、以降の事が全て無かった事になるのが問題だ。全くのちゃぶ台返しじゃないか》
「それは違う、少なくとも彼には想いが残っているんだ、ちゃぶ台返しとはワケが違うだろう」
仮に、僕を下地にした者をR、神宮寺さんを下地にした者をJとしましょう。
RとJは結ばれた後に、何と其々に結婚したのです。
因みに、その時も賛否両論でした。
Jは男嫌いとRを結婚させ、自身を子作りの道具としてまで、Rを大多数同様の道へと導いたのですが。
互いに子を成しても尚、その関係は切れる事は無く。
時に神々の試練なのか、Rが女になる事件が起きたり、逆にJが女になったりと。
寧ろ、そうして繋がりは深いものとなり。
このまま、そうした幸福の道が描かれ続けるのか、と。
ですが先生は更に、その逆を描きました。
神々の力添えが有り、JはRを思い、敢えて問題となった事件を無かった事にする。
その道を選んだのです。
《君はどう思う、R君》
「Jさんはどう考えているんですか?」
《想うなら、妥当だと思うけれどね》
「男色家では無いからこそ、では?」
《かも知れないけれど、もし親なら、何をどう願うだろうか。そう考えてみても、妥当だと思うよ、彼らも既に親になっていたのだから》
僕も、そう思いました。
そして同時に、不思議な考えも浮かびました。
「もしかすれば、そうした経験を経た上での、今なんでしょうか」
有り得たかも知れない道。
歩いた筈が、巻き戻された道。
それらをJ以外、認識する事は不可能。
とすれば。
目の前の彼は、どの道を歩んだ彼なのか。
《少なくとも、そう質問する君は、経た君では無いワケだね》
「あ、確かに、無い前提の聞き方でしたもんね」
《ただ、有るにしろ無いにしろ、すべき事は同じだと思うよ》
「大多数と同じ様な幸福、でしょうか」
《いや、君が最も幸福だと思える道の歩き方だよ》
有り得たかも知れない道を知る前は、大多数と同じ様な道を当たり前に考えるだけで、それが最も幸福だろうと思っていました。
でも知ってしまうと、RとJが得ていた幸福感を考えると。
果たして、最たる幸福とは何か、と。
「神宮寺さんは、僕の幸福を願ってくれていますか?」
《勿論だよ、君にとっての最たる幸福を願っているよ》
あの道を経たアナタでしょうか。
覚えているJなのでしょうか。
そう尋ねる事は簡単ですが。
答えの真偽を見抜く事も、その答えに応える事も難しい以上。
僕は、考えを放棄するか、話題を変える他に浮かびませんでした。
「今日は本当に、月が綺麗ですね」
彼は話題を変えたつもりだったのか、寧ろ彼こそ、経た彼なのか。
《ですね、重陽の節句ですから》
「好きなんですよコレ、茸と菊の和え物」
《酒の肴に最高ですしね》
「ご飯に掛けても良いんですよ、あんまりに食べたくて母を手伝った程ですから」
《君が女性だったら、一体どうなっていたんでしょうね》
俺と彼が下地になった物語が、やっと終焉を迎えた。
けれども結末が結末なせいか、舞台化だ映画化だ、と。
「やはり神宮寺さんとは、こうはなっていなかったかと」
《ですよね、君の真面目さは性根からでしょうし》
「直ぐに男性の担当に引き継ぎをし、相変わらず似た様な道を歩き。差し当たっては、小泉先生にこうした場を設けられ、ついでだからとお見合いをさせられていたかも知れませんね」
《あぁ、確かに有り得そうですね》
有り得たかも知れない道。
忘れているだけかも知れない道。
何処か既視感の有る道は、本当に知らない道なのか。
「あ、でもそうなると、代わりと言ってはなんですが、川中島さんと親しくなっていそうですね」
『それはどうでしょうか、ダシに使われる位ならと、関わらないかも知れません』
「成程、神宮寺さんの女癖を知ってこそですね」
『かも知れません』
《どうして、僕は女癖が悪い事になっているんだろうか》
「Jと重なってこそかも知れませんね」
『ですね』
作家とは実に恐ろしい生き物で、僅かに関わった程度で見抜き、時にその先を描く。
巫女の家系かと疑う程、有り得たかも知れない道まで。
いや、実際にそうなのかも知れない。
俺らが思うだろう、考えるだろう事まで、描かれていたのだから。
『僕が巫女や何かの家系?無い無い、実に面白いね神宮寺先生は。うん、面白い、面白いからまた題材にしてしまおう』
《あまり、調子に乗らない方が良いですよ》
『だって面白いじゃないか、巫女の系譜の作家、だなんて』
電話口での発案は良く有る。
それこそ何をしていようとも、その事とは全く関係が無かろうとも、不意に案は出る。
そこに関しては、確かに巫女的だとは思うけれど。
無いものは無い、からっきし、まるで巫女のみの字も無い。
もし有ったなら、直ぐに彼だけを選び、直ぐにも食べてしまっていただろう。
失敗なんてものは、あまり経験しないに越した事は無いのだから。
けれど、きっと失敗が必要だったのだろうとは思う。
アレを書き上げて尚、未だに納得は難しいけれど。
時に必要な失敗も有るのだろう、と。
《お上かお神、どちらの気に障らないと良いですけどね》
ほんの軽口だった。
昨今は神社統括本庁と雑誌社が関わりを深くしつつある、その事を思い出しての、単なる軽口だった。
『うぅ、差し止めだけなら未だしも、ココに来るだなんて』
《落ち着いて下さい、誤解が有る筈なんですから、解きましょう》
『君、僕が恐れているのはそれだけじゃないんだよ、僕と君の事だ』
《それは》
『やれ不埒な事だけしか考えていないのだろう、やれ反社会的だと。単に男だけしか愛せないだけが、国に仇なす者だなんだと』
《国は》
『表立って排除しないだけで、大手を振って受け入れているワケじゃない、それを僕も望んではいないけれど。僕や君の様な者が増え過ぎれば、本当に国は滅ぶ、だからこそ国としては大々的に認められない事も。全て分かっているんだ、けれど、僕は目立ち過ぎたのかも知れない』
俺とて理屈は分かる。
分かってはいる。
けれど。
《何か有れば、どうにかして国を出ましょう》
『それは』
《最悪は、です。俺達はまだ若い、他国の文字を学んで、一緒に頑張りましょう》
離れる事も、書く事も止められない、そしてどちらかを選ぶ事も難しい。
なら、生きる場所を変えれば良い。
欲張れば何もかも失う、なら、住む場所など簡単に捨てられる。
『最悪は、最悪はだ。君の方が若いのだし、君にばかり任せてしまうかも知れないよ』
《構いません、アナタより俺の方が賢いですから》
『好みは外道以下だけれどね』
神社統括本庁は、稀に出処が不可解な神託や占術の結果を鵜呑みにし、実行へ移す。
『申し訳御座いませんが、国の為に、国を出て頂きたく』
《作中の件でしたら、何か誤解が》
『いえ、誤解は無く、3年以内に国を出て頂く事になります』
『それは、政、ですか?』
『はい』
宣託や神託、占術が彼らを国から出す事で、国を更なる発展へと導くであろう。
そう示した。
何よりも強い権限から、絶対的な、決して逆らえない命令に近い。
そうした神託が、彼らに下ってしまった。
《何故ですか》
『私達には結果、答えは未だに後から分かるに過ぎませんが』
『支度金だとか、準備の資金は出ますか?』
《先生》
『子を成せない僕らが国の役に立てるんだよ?しかもいきなり追い出すワケじゃないんだ、大丈夫、きっと行く先でも幸運が待ってくれているよ』
《だとしても、行く先が》
『芬蘭土、ココに近しい国へ、との助言が最も多いそうですが。ご要望がお有りでしたら、各国への占術等を試行させて頂く所存です』
『わぁ、夏が短く美味しいと評判の国じゃないか、行ってみたかったんだよ』
《先生、だとしても》
『渡航後の補佐や連絡係は外務省となりますが、我々も、出来るだけ助力させて頂く所存です』
『あ、小泉先生に相談させて貰おう、何かしら助力してくれるかも知れないし』
《先生》
『僕はね、悪い事をしている気は欠片も無いけれど。恩と言う点では、とても悪いなと思っていたんだよ、四凶も魔王も居ない平和な国で育った恩。僕らが出て行くだけで、君と離れず書く事も止められないなら、寧ろ僕は得だとすら思うよ』
《だとしても、ワケが》
『後から知れるのでしょう?』
『はい、いつになるかは分かりませんが、違える事は今まで決して無いそうです』
宣託や神託は、あまりにも簡潔で、最低限の文言のみ。
彼らを3年以内に国から出せ、と。
後は如何に、我々が神の意を汲み、邪魔をせず推し進めるか。
三権分立とは、支え合いでもある。
もし気を抜けば、簡単に国は傾いてしまう。
諸外国の様に、他の世の様に。
《もし出なければ》
『直ぐに結果が出るかどうかも、我々には分かりかねます。しかも後の考察にて、結果として、良かったのだとの結論になる事も』
『僕は無責任なんだ、だから後の事は国に残る者に任せれば良い、そう考えているんだけれど。君は真面目だからねぇ』
《アンタがお気楽過ぎるんですよ、俺との事は散々にゴネた癖に》
『あのね、僕は僕なりに真面目に考えた結果、君に』
『私としましては、どう血を繋いだとしても、繋ぐ事が時に重要だと考えています。いつか、誰かの大切な者になるかも知れない、その事に些末な道程は大した問題にはならないかと』
《なら、アナタは子供にどう説明するんですか。男色家が無理に子を》
『誰かの子が欲しいと思える迄、ただ黙って親の背を見ていろ、それでも分からないならお前が産まれる場所を間違えただけだ。去りたいなら去れば良い、それまでは親に従い、後は好きにしろ。ただ縁を切るなら、相応の覚悟もしなさい』
『神事に関わる方の割に、強く言い切るもんですね』
『だからこそです、どんなに良い親にも、どうしようも無い子が産まれる場合も有ります。結局は親と子の相性です、そう合わない子が、逆に仏門やコチラに来る場合も有りますので』
『未だに有るんですね』
『はい』
《なら、アナタは、国の為に穢れる事も疎む事も出来ると仰るんですか》
『私の知る神は、過大な苦痛を科す事は致しません。そして無理に血を繋ぐ事も推奨致しかねます、ですが探し選び、待つ事も出来るのではと考えております』
『あ、あぁ、医化学の進んでいるとされる独逸が近いんだ。行こう、君の純潔を守ったまま、子を成せるかも知れないよ』
先生方が神社統括本庁の方から訪問を受けた翌年、映画化と舞台化を見届けると、先生方は芬蘭土へ。
その更に半年後には、僕らが最も恐れていた問題が起きました。
《引っ越しを伏せていて、却って良かったのかも知れませんね》
先生方が住まわれていた家が、態々遠征して来た暴漢達により放火に遭い、全焼。
しかも、神社統括本庁が借り上げていた為、国家転覆罪により暴漢達は逮捕。
知らなかったとは言えど、国に仕える方の家。
そして放火は放火、死人が出なくとも重罪です、一生外には出られません。
こうした男色家を酷く嫌悪する者達の暴挙に、同じく男色家を嫌悪する者ですら、同じ扱いをされたくは無い。
と無干渉同盟なる組織を結成し、嫌悪はしても害は決して与えない、と宣言を発表。
同時に無干渉同盟の目印として、五色の龍の印も発表。
その翌日、神社統括本庁は印を各神社で配布すると発表。
その数時間後、仏門側でも配布を発表。
この事で更に議論が巻き起こり、舞台や映画を上演する劇場や俳優人生へ、脅迫状が届く事態となり。
国は正式に、こうした暴徒を嫌悪加害者と名付け、新たな法整備を行うと発表。
その事に自称治安維持を掲げたデモ隊が発生したものの、女性による無干渉同盟の対デモ隊により、完膚無き迄に論破され。
散り散りに逃げた者も公安により、全て身分照会が行われたとの発表を皮切りに、各著名人が声を上げた。
『どんな誰を好こうが、害が無いなら良いじゃないですか、龍神様を好こうが鶴女房を好こうが他人に害が無いなら気にしない。それが本来の我が国の気質、だと思いますが。一体、声高に叫んでいる方は、何処に住んでいる何者なのでしょうね』
《異なる者を受け入れる、それこそが我が国の、この国の民の性質でしょう。海女と蛸すら受け入れて来た我々が、以前から存在していた男色家を、今更になって声高に嫌悪するとは一体何故か。差し当たっては諸外国の悪しき風習風俗に当てられたか、そも信じる神が我々とは随分と異なる、酷く恐ろしい考え持ちかも知れぬ。そう考え過ぎてしまうのは、僕の性分、だけかも知れませんね》
「例え親子であろうとも、他人は他人、過干渉は百害あって一利無し。と分かっていらっしゃらない若人が、酷く目立ちたいだけで騒ぐなら、暫くお控えになった方が宜しいんじゃないですかね」
正論だとしても、対立は免れない。
そんな中で事態を沈静化したのは、1つの噂、世に謂う都市伝説でした。
「神宮寺さんは信じますか、例の噂」
《男色家を害そうとすれば、阿豆那比教なる集団の信徒が粗、小竹枯れ天の水も絶え国は常夜となる。つまりは男も女も結婚は元より子も成せなくなる、そう子孫が絶えるので、神仏に帰依し浄罪せよ。と、唱える謎の白装束に囲まれ、無理矢理に仏門や何かに入れられてしまう》
「はい」
《家主の叔母の友人が見たそうですよ、山伏の様な白装束の集団に近所の長男坊が連れて行かれ、随分経って尋ねると仏門に帰依してしまった。と聞かされたそうです》
「それも信じてるんですか?」
《信じない方が損なら、人は信じてしまうものですよ》
僕は何処か作為的に感じていたのですが、それが逆に核心へと変わりました。
誰かが意図的に流した噂も、いつか都市伝説として変形し、有耶無耶になってしまうのだろう。
それは寧ろ昔から、古くは流行神の時代から既に行われて来た、陰陽師や梓巫女が関わる一種の術式。
悪しき流言を飛語で一層する、そうした世の整え方なのでは、と。
「ですけど、厄介払いされた先の神社仏閣は、さぞご迷惑かと」
《きっと、良い場所が有るんでしょう、そうした者に適した場所が》
本当に大丈夫なんでしょうか。
報道では、家でも手を焼いていた、とご家族が証言なさる場合も有りましたし。
「あ、そう言えば阿豆那比の罪って、そんなに有名なんですか?」
《ですね、アレは2社の神主を合葬したせいであって、男色に関して罪としていない。そう国が意を表したモノであり、役職によっては少なからず死後も思い通りには出来ぬ、そうした事の現れだと聞かされました》
「恩師の方に?どんな経緯で?」
《いえ、例の13怪談のJ先生ですよ、後に他にも念の為に確認しましたよ》
「あぁ」
《情に流されず神事を執り行うべし、だとか、流石に合葬を神が認めるのは不味いからだろうとの事でしたよ。男色家や女色家が増え過ぎればいずれは他国の侵略を許し、果ては国の崩壊、文化文明の破壊が起こるので神としては認め難いのだろうとも》
「大袈裟だろうと最初は思いましたけど、魔女狩りだとか他国の宗教を認めない方々もいらっしゃいますし、実際にも多少は危惧すべきなんですよね」
《ですけど老若男女、何を考えているか分からないんですから、態々表明しなければ良いんですよ。表明しなければ死ぬワケでは無いんですし、誰かに頭を覗かれているワケでも無いんですから》
「そこが怖いのかも知れませんね、実は神様に覗かれているかも知れない、悪い考えを読み取られない様にと声高に叫んで誤魔化す」
《なら、叫ぶ相手が違いますけど、霊でも居るんですよねそうしたモノが》
「あ、居るんですね、通じないモノ」
《ですね、まだ物の怪の方がマシですよ、単語でも話は通じますから》
「ムジナって本当に化けるんですか?」
《なら、次はムジナにしましょうか》
「はい、お願いします」
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