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第1話 絶望の幕開け、あるいは転生初日
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じくじくと焼けるような喉の渇きと、頭を万力で締め付けられるような痛みで、俺の意識はゆっくりと浮上した。薄目を開けると、視界に飛び込んできたのは、見たこともない豪奢な天蓋付きのベッドと、そこから垂れ下がる上質なレースのカーテンだった。
(どこだ、ここ……?)
霞む思考で状況を把握しようとしたその瞬間、脳内に奔流のごとく映像と情報が流れ込んできた。それは、俺ではない誰かの、生まれてから今までの記憶。そして同時に、失っていた「俺」の記憶も鮮明に蘇る。
俺は、しがない日本の会社員。三十路を目前にして、連日の残業の末に駅の階段から足を踏み外し――ああ、そうだ。俺は死んだんだ。
そして、流れ込んできたもう一つの記憶。銀色の髪を持つ美しい少年、レオンハルト・フォン・ベルシュタインとしての人生。公爵家の嫡男として何不自由なく育ち、王国の第一王子と婚約し、何一つ欠けることのない完璧な人生。
だが、その名前と設定に、俺は聞き覚えがあった。いや、聞き覚えどころの話ではない。
「……青薔薇の王子と、禁断の愛」
絞り出した声は、自分のものとは思えないほど澄んでいて、それでいて掠れていた。
『青薔薇の王子と禁断の愛』。それは、俺が前世で唯一ハマっていたBLゲームのタイトルだ。平民のヒロインが、身分違いの恋を乗り越えて王子様と結ばれる、王道シンデレラストーリー。
そして、レオンハルト・フォン・ベルシュタインは――そのゲームにおいて、ヒロインを執拗に虐め抜く、典型的な「悪役令息」だった。
「……嘘だろ」
俺は震える手で頬に触れた。滑らかな肌の感触。ベッドから這い出すようにして、部屋の隅にある姿見の前に立つ。
鏡に映っていたのは、月の光を溶かしたような銀髪に、アメジストのように煌めく紫の瞳を持つ、神が創りたもうたかのような美少年だった。ゲームのスチルで何度も見た、悪役令息レオンハルトその人だ。
美しい顔立ちは、しかし絶望に歪んでいた。
この美しい少年は、ゲームの終盤、ヒロイン虐めの罪を婚約者である第一王子アレクシオス・フォン・ヴァレンシュタイン本人から断罪される。そして、民衆の罵声を浴びながら、ギロチンの露と消えるのだ。
「冗談じゃない!死んでたまるか!」
思わず叫んでいた。会社員として真面目に働き、ようやく買ったマンションのローンをこれから払うはずだったんだぞ!ゲームの趣味はあったが、誰かに恨まれるような生き方はしてこなかった。それなのに、転生したら問答無用で処刑エンドなんて、あんまりじゃないか。
落ち着け、俺。まずは状況を整理しよう。
俺が高熱で倒れたのが、ちょうど昨日。そして記憶が蘇った今日が、転生初日。ゲームのストーリーが始まるのは、王立学園の入学式からだ。つまり、まだ時間はある。
原因はわかっている。レオンハルトが破滅するのは、王子への歪んだ愛情と嫉妬心から、ヒロインに手を出したからだ。
ならば、答えは一つしかない。
「そうだ……関わらなければいいんだ」
ゲームのメインキャラクターである、王子アレクシオスと、ヒロインのフィン・ミラー。この二人には、「絶対に」「何があっても」関わらない。
婚約者?知ったことか。そんなものは破棄してもらえばいい。俺はただ、ベルシュタイン公爵家の片隅で、静かに、穏やかに、天寿を全うしたい。
俺は鏡の中の美しい少年に向かって、固く、固く誓った。
これは、俺の二度目の人生を懸けた、壮大な死亡フラグ回避計画だ。
この時の俺は、まだ知らなかった。
この決意こそが、俺を処刑台とはまったく別の、しかしある意味ではそれ以上に恐ろしい、とんでもない勘違いラブコメディの舞台へと引きずり込むことになるということを。
(どこだ、ここ……?)
霞む思考で状況を把握しようとしたその瞬間、脳内に奔流のごとく映像と情報が流れ込んできた。それは、俺ではない誰かの、生まれてから今までの記憶。そして同時に、失っていた「俺」の記憶も鮮明に蘇る。
俺は、しがない日本の会社員。三十路を目前にして、連日の残業の末に駅の階段から足を踏み外し――ああ、そうだ。俺は死んだんだ。
そして、流れ込んできたもう一つの記憶。銀色の髪を持つ美しい少年、レオンハルト・フォン・ベルシュタインとしての人生。公爵家の嫡男として何不自由なく育ち、王国の第一王子と婚約し、何一つ欠けることのない完璧な人生。
だが、その名前と設定に、俺は聞き覚えがあった。いや、聞き覚えどころの話ではない。
「……青薔薇の王子と、禁断の愛」
絞り出した声は、自分のものとは思えないほど澄んでいて、それでいて掠れていた。
『青薔薇の王子と禁断の愛』。それは、俺が前世で唯一ハマっていたBLゲームのタイトルだ。平民のヒロインが、身分違いの恋を乗り越えて王子様と結ばれる、王道シンデレラストーリー。
そして、レオンハルト・フォン・ベルシュタインは――そのゲームにおいて、ヒロインを執拗に虐め抜く、典型的な「悪役令息」だった。
「……嘘だろ」
俺は震える手で頬に触れた。滑らかな肌の感触。ベッドから這い出すようにして、部屋の隅にある姿見の前に立つ。
鏡に映っていたのは、月の光を溶かしたような銀髪に、アメジストのように煌めく紫の瞳を持つ、神が創りたもうたかのような美少年だった。ゲームのスチルで何度も見た、悪役令息レオンハルトその人だ。
美しい顔立ちは、しかし絶望に歪んでいた。
この美しい少年は、ゲームの終盤、ヒロイン虐めの罪を婚約者である第一王子アレクシオス・フォン・ヴァレンシュタイン本人から断罪される。そして、民衆の罵声を浴びながら、ギロチンの露と消えるのだ。
「冗談じゃない!死んでたまるか!」
思わず叫んでいた。会社員として真面目に働き、ようやく買ったマンションのローンをこれから払うはずだったんだぞ!ゲームの趣味はあったが、誰かに恨まれるような生き方はしてこなかった。それなのに、転生したら問答無用で処刑エンドなんて、あんまりじゃないか。
落ち着け、俺。まずは状況を整理しよう。
俺が高熱で倒れたのが、ちょうど昨日。そして記憶が蘇った今日が、転生初日。ゲームのストーリーが始まるのは、王立学園の入学式からだ。つまり、まだ時間はある。
原因はわかっている。レオンハルトが破滅するのは、王子への歪んだ愛情と嫉妬心から、ヒロインに手を出したからだ。
ならば、答えは一つしかない。
「そうだ……関わらなければいいんだ」
ゲームのメインキャラクターである、王子アレクシオスと、ヒロインのフィン・ミラー。この二人には、「絶対に」「何があっても」関わらない。
婚約者?知ったことか。そんなものは破棄してもらえばいい。俺はただ、ベルシュタイン公爵家の片隅で、静かに、穏やかに、天寿を全うしたい。
俺は鏡の中の美しい少年に向かって、固く、固く誓った。
これは、俺の二度目の人生を懸けた、壮大な死亡フラグ回避計画だ。
この時の俺は、まだ知らなかった。
この決意こそが、俺を処刑台とはまったく別の、しかしある意味ではそれ以上に恐ろしい、とんでもない勘違いラブコメディの舞台へと引きずり込むことになるということを。
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