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氷点下ほどの寒さだった夜が明け、深夜のように真っ暗な空の中、早朝に無理やり体を起こす。
聖女の侍女として仕えるリンネは、眠い目をこすりながらすさまじく鳴り響く目覚ましを止めた。
毎朝、目が覚めるたびに思う。
早くこの生活から抜け出せないだろうか、と。
あの子の侍女としての生活は、リンネにとって苦痛以外他ならない。
***
昔からずっと、皇帝の城での生活に憧れていた。平民の身分では叶うことはないと分かっていても、憧れていたのだ。
煌びやかなドレスに身を包み、ショッピングを楽しむ。流行をいち早く取り入れて、週末にはお茶会を開く。
何不自由ない暮らしに、欲しいものはなんでも手に入る。新しいドレスも、綺麗なジュエリーも、素敵な婚約者も。
そんな貴族の生活が、羨ましかった。
今の生活が嫌ではないが、不満がないとも言えない。
精一杯のオシャレをして街に出たとしても、貴族のドレスの前ではとてもじゃないが隣に並ぶことは愚か、すれ違うことすら申し訳なく感じてしまうほど。
それでも唯一、皇帝の元へ行ける方法があった。
聖女の力を持つことだ。
そしてそれは、とてつもなく無謀な願いであり、一生叶うことはないだろうと望むことすらしなかった。
まさか、村一番のお人好しで有名な家族の娘が聖女になるとは思いもしなかったのだ。
リンネよりも一つ年下の彼女は、優しい性格の持ち主だった。村の人々が皆思いやりがある人ばかりであり、助け合いながら生活を送っていたが、その中でも飛び抜けていた。
聖女の力を発揮したのは、突然怪物が現れて村人を襲ったことがきっかけだった。
小さな女の子が逃げきれず、転んでしまった。すぐ側まで怪物が襲ってきた瞬間、女の子を庇うように怪物の前に立ちはだかい、彼女が光を放ったのだ。
光に包まれた怪物は、呻き声を上げながらドスンッとそのまま倒れてしまった。
「い、今のは一体…」
「聖女…聖女様だ!!!」
「聖女様の力が現れたぞーーー!!」
村人たちは大喜びし、女の子は「聖女様、助けてくれてありがとう!」と彼女に抱きついた。
当の彼女は、呆然と立ち尽くしていた。
それからの展開は早かった。
皇帝から使いが現れ、聖女として皇帝に迎え入れることが決まった。
聖女となれば、階級は関係なく皇帝に仕えることができる。場合によっては、皇帝の妃になることも夢ではない。
何で、あの子が。
どうして私じゃないの?
みんなに祝福されながら馬車に乗り込む彼女を見ながら、悔しさが溢れてきた。
私はずっとお城に行くことを夢見ていたって言うのに、どうして。
その時、騎士の一人がこう言った。
「どなたか、彼女と親しい友人はいるか?しばらくの間、侍女として支えて欲しい」
この国で初めての聖女、そして初めて平民を皇帝の城へ迎え入れるからだろうか、皇帝からの配慮だろうか、一人付き添うことが認められたのだ。
「わ、私が行きます!!」
これは、チャンスだわ!
リンネは迷わず手を上げた。
ずっと夢見た城での生活を送れるのだ。あの子の侍女っていうのはあんまり気乗りしないけれど、迷いはなかった。
彼女は驚いた顔でリンネを見た。
それもそのはずだ、友人どころか挨拶さえまともに交わしたことがないのだから。
彼女の友人は他にいたが、あいにくその日は出かけていたのだ。
「これからよろしくね!」
「…よろしくお願いします」
不安そうな表情の彼女とは裏腹に、リンネは希望に満ち溢れていた。
そして、改めてこの国の階級の厳しさ身をもって知ることとなる。
***
「ちょっと、何よこれ。全然汚れが落ちてないじゃない。やり直し」
「まだ終わってないの?これだから、平民って嫌なのよ」
「何よ、その目。本当のことでしょ。早くしてくれる?」
掃除、洗濯、皿洗い。
平民として暮らしてきた時とは比にならないほど、忙しい日々だった。
初めて見る道具、機械、初めて知る城でのしきたり、暗黙のルール。
全てが彼女の想像を遥かに超えていた。
聖女の専属と聞いていた侍女としての仕事はほとんどなく、嫌がらせのように回ってくるのは皆がやりたがらない仕事ばかりだった。
初めこそ、城での生活にウキウキしながら懸命に頑張っていたが、次第に嫌気がさしてきた。
平民だと馬鹿にされ、朝から夜まで休みなく働き、誰からも相手にされない。惨めさは、次第に聖女への怒りへと変わっていった。
聖女の侍女として仕えるリンネは、眠い目をこすりながらすさまじく鳴り響く目覚ましを止めた。
毎朝、目が覚めるたびに思う。
早くこの生活から抜け出せないだろうか、と。
あの子の侍女としての生活は、リンネにとって苦痛以外他ならない。
***
昔からずっと、皇帝の城での生活に憧れていた。平民の身分では叶うことはないと分かっていても、憧れていたのだ。
煌びやかなドレスに身を包み、ショッピングを楽しむ。流行をいち早く取り入れて、週末にはお茶会を開く。
何不自由ない暮らしに、欲しいものはなんでも手に入る。新しいドレスも、綺麗なジュエリーも、素敵な婚約者も。
そんな貴族の生活が、羨ましかった。
今の生活が嫌ではないが、不満がないとも言えない。
精一杯のオシャレをして街に出たとしても、貴族のドレスの前ではとてもじゃないが隣に並ぶことは愚か、すれ違うことすら申し訳なく感じてしまうほど。
それでも唯一、皇帝の元へ行ける方法があった。
聖女の力を持つことだ。
そしてそれは、とてつもなく無謀な願いであり、一生叶うことはないだろうと望むことすらしなかった。
まさか、村一番のお人好しで有名な家族の娘が聖女になるとは思いもしなかったのだ。
リンネよりも一つ年下の彼女は、優しい性格の持ち主だった。村の人々が皆思いやりがある人ばかりであり、助け合いながら生活を送っていたが、その中でも飛び抜けていた。
聖女の力を発揮したのは、突然怪物が現れて村人を襲ったことがきっかけだった。
小さな女の子が逃げきれず、転んでしまった。すぐ側まで怪物が襲ってきた瞬間、女の子を庇うように怪物の前に立ちはだかい、彼女が光を放ったのだ。
光に包まれた怪物は、呻き声を上げながらドスンッとそのまま倒れてしまった。
「い、今のは一体…」
「聖女…聖女様だ!!!」
「聖女様の力が現れたぞーーー!!」
村人たちは大喜びし、女の子は「聖女様、助けてくれてありがとう!」と彼女に抱きついた。
当の彼女は、呆然と立ち尽くしていた。
それからの展開は早かった。
皇帝から使いが現れ、聖女として皇帝に迎え入れることが決まった。
聖女となれば、階級は関係なく皇帝に仕えることができる。場合によっては、皇帝の妃になることも夢ではない。
何で、あの子が。
どうして私じゃないの?
みんなに祝福されながら馬車に乗り込む彼女を見ながら、悔しさが溢れてきた。
私はずっとお城に行くことを夢見ていたって言うのに、どうして。
その時、騎士の一人がこう言った。
「どなたか、彼女と親しい友人はいるか?しばらくの間、侍女として支えて欲しい」
この国で初めての聖女、そして初めて平民を皇帝の城へ迎え入れるからだろうか、皇帝からの配慮だろうか、一人付き添うことが認められたのだ。
「わ、私が行きます!!」
これは、チャンスだわ!
リンネは迷わず手を上げた。
ずっと夢見た城での生活を送れるのだ。あの子の侍女っていうのはあんまり気乗りしないけれど、迷いはなかった。
彼女は驚いた顔でリンネを見た。
それもそのはずだ、友人どころか挨拶さえまともに交わしたことがないのだから。
彼女の友人は他にいたが、あいにくその日は出かけていたのだ。
「これからよろしくね!」
「…よろしくお願いします」
不安そうな表情の彼女とは裏腹に、リンネは希望に満ち溢れていた。
そして、改めてこの国の階級の厳しさ身をもって知ることとなる。
***
「ちょっと、何よこれ。全然汚れが落ちてないじゃない。やり直し」
「まだ終わってないの?これだから、平民って嫌なのよ」
「何よ、その目。本当のことでしょ。早くしてくれる?」
掃除、洗濯、皿洗い。
平民として暮らしてきた時とは比にならないほど、忙しい日々だった。
初めて見る道具、機械、初めて知る城でのしきたり、暗黙のルール。
全てが彼女の想像を遥かに超えていた。
聖女の専属と聞いていた侍女としての仕事はほとんどなく、嫌がらせのように回ってくるのは皆がやりたがらない仕事ばかりだった。
初めこそ、城での生活にウキウキしながら懸命に頑張っていたが、次第に嫌気がさしてきた。
平民だと馬鹿にされ、朝から夜まで休みなく働き、誰からも相手にされない。惨めさは、次第に聖女への怒りへと変わっていった。
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