Sub侯爵の愛しのDom様

東雲

文字の大きさ
66 / 76

58

しおりを挟む
メルヴィルとの関係についても、きちんとルノーと話し合った。
メルヴィルと会っていたことを、なぜルノーが知っていたのか……彼の気が落ち着いたのを見計らって恐る恐る尋ねれば、いつかの時と同じように、店の外で談笑している姿を目撃したのだという。
タイミングが悪いことに、ルノーはあの日、自分のためのcollarを注文しに街に出ていたらしい。
Domにとっても、Subにとっても特別な存在。
それを見繕ってきた帰り道だったこともあり、余計にDomとしての本能を刺激され、感情が昂ってしまったのだ、と。

「ただの友人だと分かっていても、気持ちを抑えられなかったんです」

話の流れでルノーがcollarを準備していたことを知り驚くも、当然のことのように言われ、喜びが一瞬顔を出す。が、今は喜んでばかりもいられなかった。
ここできちんと話しておかなければ、またルノーを傷つけてしまう。そんな恐れから、メルヴィルとの出会いからこれまでを包み隠さず話した。

九歳の頃からの付き合いで、我が家のゴタゴタに巻き込んでしまったこと、ダイナミクス性のことで色々と心配してもらったこと、彼もDomであること、その上で、お互いに友人以上の感情もなく、付き合いに後ろめたい気持ちは微塵もないこと等、なるべく丁寧に説明した。
その上で、ルノーがメルヴィルとの付き合いを好ましく思わないのなら、今後は会うことを控えるとも伝えた。友人と会えなくなるのは寂しい。けれど、そのためにルノーを悲しませるのは嫌だったのだ。
どちらの気持ちも包み隠さず伝えれば、ルノーは暫く考え込んだ後、重たげに口を開いた。

「先日は、会ってほしくないと言ってしまいましたが、僕の感情論だけでベルから友人を奪うような真似はしたくありません。会わないでほしいとは言いません。けれど、制限がほしいです」

内緒で会わないこと、必ず、いつ、どこで、どんな目的で会うのかを事前に言うこと、遠くへ出掛けないこと、必要がない限りその身に触れないこと、触れさせないこと、帰ってきたら必ず、何をして、どんな会話をしたか報告すること……それらの約束事を守れるなら、会っても構わないという。

「本当は、僕が同席できる場でしか会ってほしくありませんが、それだと会話もままならないでしょうし、多くは望みません」

そう言いながら強く手を握られ、そこから伝わるルノーの独占欲のようなものに、状況も忘れてときめいた。
優しく、けれど強欲な愛を与えてもらえることに安心しつつ、彼の不安を取り除くように、握られた手の上に自身の手の平を重ねた。

「ちゃんと約束は守るよ。もしも破ってしまったら、その時はルゥくんが安心できるまで、お仕置きして?」
「……お尻を叩くだけじゃ済みませんよ。家に閉じ込めて、お外に出しませんからね」
「ふふ、それは大変だ」

拗ねたような声に、思わずクスリとする。どこか子どもっぽいルノーの言動に和みながら、あることを思い出し、「そういえば」と言葉を付け加えた。

「メルヴィル様が、ルゥくんに会いたがってたんだ」
「……僕に、ですか?」
「私がどんな人と……その、Domと付き合ってるのか、気になるみたいで……あ、悪い意味ではないよ? 良い意味で、私の雰囲気が変わったから、きっと良いお付き合いをしてるんだろうって言ってくださったし、心配してる訳ではなさそうなんだけど……気になる、というか、その、お、親? のような気持ちで、いらっしゃるみたいで……」

九歳しか違わないのに、親というのはおかしな話だが、本人がそう言っていたのだから仕方ない。
自分の言葉一つで、メルヴィルの心象がこれ以上悪くならないよう、言葉を選んで説明すれば、ルノーがニコリと笑った。

「そうですか。僕も是非、彼の方にお会いしたいです」
「大丈夫かい? 無理は──」
「無理なんてしてませんよ。ベルのことをずっと見守ってくださっていた方なのですから、僕も一度、きちんとご挨拶させてください」
「……ありがとう。そう言ってもらえて、嬉しいよ」

ルノーがまた心を乱さないか心配だったが、杞憂だったようだ。ニコニコと笑うルノーに、ホッと笑い返せば、繋いだ指先に唇が触れた。

「ですが、それより先に、ベルのご家族にご挨拶させてくださいね」
「! ……ああ、勿論」

生涯の伴侶として、ルノーと共に生きていきたい──その想いを父と弟にも知らせたいと伝えたのは、抱き潰された翌日のことだ。
ベッドの上、ルノーが剥いてくれた桃を食べさせてもらいながら気持ちを伝えれば、「ええ、勿論」という力強い言葉が返ってきた。それと同時に、「僕も、両親に手紙を書きますね」と言われた。

『ベルのことを、僕の最愛の人だと、父と母に紹介させてください』

一片の照れもなく告げられた言葉に、こちらが照れてしまう。熱くなった頬もそのままに、「私も、ルゥくんのことを、大好きな人だよって、父と弟に紹介したい」と返せば、ルノーが嬉しそうに破顔した。

そうしてお互い、家族に宛てて手紙を書いた。大好きな人がいる、その人と、これからも一緒に生きていきたい、と。
純粋な想いを込めて書いた手紙には、相手を紹介したいという旨と、両家の顔合わせを望む一文を添え、それぞれ家族の元に送った。
幸い、あと一月もすれば父が帰ってくる予定だ。その帰省に合わせ、メリアの両親には王都まで出てきてもらうことになった。
一週間もすれば、互いの家族の元に手紙が届く。そこからどうなるのか、どんな反応をされるのか、緊張はするが、怖くはなかった。
もしも反対されたとしても、想いは変わらないのだから、焦らず家族を説得しよう。例え時間が掛かっても、二人が一緒になれる方法を探そう……そんな話しをしている間も、流れる空気は甘く、穏やかだった。

(認めてもらえたらいいな)

ほんの数ヶ月前まで、恋も愛も知らなかった。
自分のダイナミクス性からずっと目を背け、恋しさも寂しさも知らず、一生独りで生きていくのだと思っていた。
そんな過去が嘘のように、今は愛する人と共に生きる未来を願い、夢見ている。
Subという性別も、もう苦しくない。
他人からどう見られようと、言われようと、もう怖くない。
ルノーとの交際がバレた後も、周囲の反応はそこまで悪いものではなく、存外息がしやすい。

あれだけ恐れていたダイナミクス性も、未来も、恋も、自分が思っていたよりもずっと、優しかった。



ルノーと共に家族に手紙を出してから早二週間。日々はあっという間に過ぎ、気づけば父が帰ってくるまで、あと二週間を切っていた。
領地で暮らす弟からは『兄さんの恋人に会えるのを楽しみにしているよ!』という非常に元気な返事が返ってきたが、父からの返事はまだなかった。聞けば、王都からかなり離れた地域にいたらしく、手紙が届くのにも時間が掛かったらしい。
間違いなく手紙は届いていること、今回の件がなくとも帰ってくる予定ではあったので、そこまで心配せずとも大丈夫でしょう、と家令に言われ、大人しく帰りを待つことにした。
ルノーも、彼の両親から返事が来たと言っていたが、あまり多くは語ってくれなかった。
やはり、ご両親の許可なくお付き合いをするのはいけなかっただろうか……と心配になったが、ルノーからは「そういうことはまったくございませんよ」と否定する言葉が返ってきた。

「ベルを不安にさせるようなことではありませんから、安心してください」

そう言われ、素直に彼を信じることにした。
そうこうしている間も、どこで顔合わせをするか、日取りはどうするか等、ルノーと話し合いを重ねた。と言っても、そんなに大層なことをする予定はないのだ。
愛する人と結婚したい──この気持ちを互いの家族に伝え、許しがほしいと願うための場だ。その後にどんな返答が返ってくるか分からない以上、そこまで準備するようなものはなかった。

日一日経つごとに、少しずつ緊張感が増していったが、それを解くように、ルノーからは目一杯の愛情を注がれた。
毎日、仕事終わりにはメリア家の屋敷に寄り、共に夕食を食べ、夜の鐘が鳴るまで二人きりで過ごした。
性的なふれあいはなく、和やかに会話を楽しみ、抱き締め、キスをする。
時に『おすわり』をすることもあったが、彼の足元にぺたりと座るだけで褒めてもらえることが嬉しくて、気持ちよくて、それだけで満足できた。
恋人同士としてのささやかな時間はとても穏やかで、けれど充実していて、毎日おやすみなさいのキスをして別れる時でさえ、寂しさよりも愛しさが胸に残った。

「また明日ね。愛しています、ベル」
「また明日。大好きだよ、ルゥくん」

父と弟に彼を紹介するまで、彼の両親に会う日まで、あと何回同じキスができるだろう。
嬉しいような、寂しいような、それでいて楽しみで、少し不安で、でも期待してしまう。幾つもの感情が混じった胸の鼓動を閉じ込めるように抱擁を交わすと、帰路についた。

こうして同じ一日を繰り返す内に、気づけばその日を迎えているのだろう──そんな風に考えていた。
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
ある日ハイランクDomの榊千鶴に告白してきたのは、Subを怖がらせているという噂のあの子でー。 更新がずいぶん遅れてしまいました。全話加筆修正いたしましたので、また読んでいただけると嬉しいです。

待てって言われたから…

ゆあ
BL
Dom/Subユニバースの設定をお借りしてます。 //今日は久しぶりに津川とprayする日だ。久しぶりのcomandに気持ち良くなっていたのに。急に電話がかかってきた。終わるまでstayしててと言われて、30分ほど待っている間に雪人はトイレに行きたくなっていた。行かせてと言おうと思ったのだが、会社に戻るからそれまでstayと言われて… がっつり小スカです。 投稿不定期です🙇表紙は自筆です。 華奢な上司(sub)×がっしりめな後輩(dom)

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募するお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

処理中です...