婚約者の恋

うりぼう

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「生姜焼きお待たせしましたー!」

生姜焼きにした。
あの匂いには抗えない。
焼き魚はまた今度にしよう。
リュイさんはハンバーグにしていた。

「うまい……!」
「良かったね」

念願の白米、そして味噌汁。
白米に絡む生姜醤油がたまらん!

「……ところでリュイさんはどうやってこのお店知ったんですか?」

素朴な疑問が浮かぶ。
いやそもそもこの店はどうやって出来たんだ。
シーラ料理というからにはこれはシーラの郷土料理なのか?
え?シーラって日本?

「親父がこの店のオーナーと知り合いなんだよ」
「ビルさんが?」
「昔世話になった勇者一行の一人がシーラで流行らせたんだって」
「勇者!?」
「あれ、エル勇者の話知らない?」
「いえ、知ってます」

それは今から数十年前の事。
お隣シーラ国に巨大な魔獣の群れが現れた。
シーラ国はこの国よりも倍近い国土があり、こちらとは反対側の森は魔獣の群れに占拠されてしまっていた。
どんなに強力な魔法で攻撃しても数を合わせても倒せず、むしろ数は増えるばかり。
魔法では倒せないと剣やその他武器で挑むも殲滅させるのは難しい。
更には竜を使い立ち向かったのだが、それでも数には敵わなかった。
段々と国の内部まで進出してきた魔獣達をどう討伐するかと頭を悩ませていた時に勇者が降臨した。
どこから現れたかもわからない栗毛の少年。
栗毛の少年はどんな猛者でも敵わなかった魔獣達を一掃。
しかも誰も、竜すらも敵わなかった魔獣達を不思議な体術で撃破。
侵攻してきていた魔獣達を一匹残らず駆逐し、シーラには平和が戻ってきたという話だ。
細かい話は色々と変わっているだろうがまあ大体そんなもんだ。

その時の一人がこの店のオーナーらしい。
何がどうなってそうなったんだ。
そもそも不思議な体術って何だ、それってつまり武器なしで身体のみって事だよな?
突っ込みどころが満載だが、今美味しいものを食べられるのならどうだって良いか。
ああ、それにしてもうまい、うますぎる。

「幸せそうに食べるねえ」
「幸せですから!」
「でもさ、ここのシーラ料理って元のシーラ料理とは違うし、この国にオープンしたのも最近なのにどうしてエルが知ってたの?」
「っ、そ、それは……」

ぎくりとする。
まさか前世の記憶があって日本という国で育ってそこで食べてたからです、なんて言えるはずがない。
頭のおかしい奴だと思われてリュイさんに引かれてしまう。

「ええっと、風の噂で……うまそうだなーって思って、ははっ」

苦しい言い訳だ。
リュイさんは俺が嘘をついているのだと気付いているだろう。
だがそこを深くは追求しない。
良い人だ。

「風の噂と言えばさー……」
「はい?」
「王子様と婚約解消しそうになったんだって?」
「…………やっぱりリュイさんのとこにもその話聞こえてましたか」

大きな溜め息を吐きがっくりと項垂れる。
それにしても三ヶ月も前の事を何故今このタイミングで。

「直後だとやっぱり気にするかなって思って。でも様子見てても全然気にしてないし、逆に王子様がエルを構ってるくらいだからさー、どうなってるんだろうって思って」
「あー……」
「結局婚約解消したの?」
「それがまだなんですよ、あいつ解消するのを解消するとか言いだして」
「なんだそりゃ」
「同感です」

全くもって、なんだそりゃだ。
そんな言葉しか出て来ない。

「俺としてはすっぱり解消してくれても良いんですけど……」

ダリアはそれをまだ国王に伝えていないようだ。

俺の父とダリアの父である国王はいわゆる幼馴染。
側近として国王へと仕えていてもその本質は変わらない。
そして何を考えたのか、お互いの子を婚約者にすれば自分達のように生涯壊れる事のない絆で結ばれていると信じている。
婚約なんてしなくても二人は結ばれているじゃないかという突っ込みは出来なかった。
完全な自己満足なのだが、両親ともに善意でしているので何も言えない。
お互いがお互いを信頼しているが故に、お互いの子供達が結ばれれば幸せになるのだと信じて疑わないのだ。
国王と側近だというのになんとも頭の緩い話である。
頭が緩いのが俺達の件だけに限られているというのは幸いだ。
それでなければ国王としても側近としてもどうかしてる。

「でも、まあそろそろ父にも話してみようかと思ってるんです」
「そうなの?」
「さすがにあのまま放置は出来ませんよ」

ダリアは報告していないが、もう既に他の人から報告がいっているのかもしれない。
そして当事者の一人である俺の口からもまだ何も伝えていない。
記憶が戻った直後はこの世界にテンションあがりまくりですっかりと忘れてしまっていたのだ。
このまま婚約を続けるにしろ正式に解消するにしろ、あの場には人の目もあった。
噂なんてあっという間に広まってしまう。
どちらにしろ立場をはっきりとさせなければ。

婚約を解消されたと伝えて、こちらからもそれを望んでいると言えば父も国王も納得してくれる。
政略結婚ではあるが、世継ぎを望まれてのものではないし、言ってしまえば幼馴染である二人の夢物語のようなものなのだから。
何より嫌がっているのにムリヤリ話を推し進めようとする人達ではない。

それに婚約者といっても正式な契約を交わしている訳ではない。
二人の口約束が俺達に伝えられ、お前達は婚約者同士なんだよと言われただけだ。
正式な契約はお互いに学園を卒業してからという事になっている。
周りがどう思っているのかはわからないが。
戦争や国内での争いでもあれば話はもっと複雑なのだろうが、平和で良かった。

「エルはそれでいいの?」
「……いい、と思います」
「曖昧だね」
「自分でもよくわからないんです」
「王子様が好きなの?」
「うーん、まあ、魔法とか剣術とか見てると強いし凄いなって尊敬は出来るんですけど……」

以前のエルなら少し迷ってから、まあ一応好きですと答えられただろう。
だがしかし、前世の記憶がある今、俺はそう答えられない。
好きとは違う。
これは昔30何年向こうで過ごした経験と、この16年の経験を総合して判断した結果だ。

「好きじゃない?」
「まあ……」
「ふふ、王子様も浮かばれないね」

俺の答えにリュイさんが楽しそうに微笑む。

「良かったね、ユーン。ママを王子様に取られなくても済みそうだよ」

キューン!

ダリアの話題が出た瞬間に不機嫌そうに眉を寄せていたユーンがリュイさんの言葉で嬉しそうに鳴き身体を擦り付けてくる。
もしかして俺をダリアに奪われるとでも思っていたのだろうか。
不安だったのだろうか。

「ユーンも心配してくれてたのか?」

キュイキュイ、キュー!

そうだと全力で頷いているような反応。

え、可愛い。
何それ可愛い。

俺ユーンに対して可愛いしか思ってない気がする。
いやでも実際可愛いのだからこれは仕方がない。

「まあそんな訳で、父には近々鳩を飛ばします」

鳩というのは手紙のようなもの。
というか手紙だ。
手紙に魔法をかけて目的の場所、人へと飛ばす。
魔力の強さや距離にもよるが、父に届けるのであれば半日もかからず届くだろう。

「そっか、じゃあ俺にもチャンスがあるのかな?」
「はい?」
「ん?どうかした?」
「いえ……」

何やらリュイさんが呟いた気がするが、小さな声だったので俺には聞こえなかった。
何て言ったんだ?
聞き返したいがリュイさんはにこにこと微笑むばかり。
まあ良い。
いつまでもダリアの話をしていてもしょうがない。

それよりも俺はこの食堂に入った時からもうずっとずっと聞きたくて堪らなかった事があるのだ。
いや、見たくて堪らないと言った方が良いだろうか。

「リュイさん」
「何?」
「お玉の魔法具使ってるのって、誰ですか?」

そう、お玉の魔法具が見たい!
どうやって使っているのだろうか。
やはり料理だろうか。
お玉はどんな素材で出来ているのだろうか。
飾りはどうなっているのか、華美なのか質素なのか、いっそ何もないのか。
ああ気になって仕方がない。

「魔法具のお店通った時から目輝いてるなーと思ってたけど、本当に見たいんだね」
「見たいです!頼んだらほんの少しだけでも見せてくれませんかね?ダメですかね?やっぱり企業秘密とかになるんですかね?」
「企業秘密にはならないと思うよ、店長さんも良い人だから」

使っているのは店長さんらしい。
リュイさんが先程の女性店員に声を掛けた。

「アッシュちゃん、店長って今いる?」
「いますよー、ていうか話聞こえてました。店長のお玉見たいんですよね?」
「お願いします!」
「オッケーオッケーちょっと声掛けてみます」
「ありがとうございます!」

アッシュという女性店員がくすくすと笑いながら厨房へと引っ込んでいく。
ちょうど客足も途絶えた頃なのが幸いし、店長が厨房からやってきた。
その手にお玉を持って!

「おう、お玉を見たいってのはお前か?坊主」
「はい!」

やってきた店長は恰幅の良いがっちりとした熊のような壮年の男だった。
迫力が凄い。
けど手に持っているのはお玉。
何だかほっこりする光景である。

「俺が使ってるのはこれだぜ」
「おおお……!」

目の前にずいっと差し出されるお玉。
料理に使っているものとはやはり違う。
真っ黒だけど光沢があって、取っ手の部分のお玉の部分の間に、俺のペンとは違うが細かい細工が施されている。
取っ手の先にはそこにぴったりと埋まる程の大きな白い石が嵌められていた。

「カッコイイ……!」
「そう思うか坊主!いやあ、見る目があるなあ!」

はっはっはっ、と大きな笑い声を上げて俺の背中を叩く店長。
痛い、痛いです。
でも生お玉が見れて感動だ。
傍らでカッコイイのかな、と首を傾げ苦笑いを浮かべているリュイさんとアッシュさんは見ない事にしよう。

「店長さんはどうして魔法具をお玉にしたんですか?」
「俺は元々料理人目指してたからな、これが一番手に馴染むんだよ」
「なるほど」

やはり手に馴染む形というものがあるのだろう。

「つっても、俺のはある人のパクリなんだけどな」
「パクリ?」
「おう、俺の他にお玉を魔法具にしてる人がいるんだよ」

他にもいるのか!

「この店のオーナーだ。今はシーラの本店で働いているがな、あの人が使っているのを見て真似しちまった」
「へえ……尊敬してるんですね」
「そりゃそうだ!なんてったって、あの勇者様の料理人だからな!」
「勇者様の……」
「ああ、そうだ。栗毛の勇者様に対して真っ黒な髪の料理人だった」

当時を思い出すかのようにうっとりとする店長。

「俺も当時はまだガキだったんだけどよ、あれは美味かったなあ」

シーラで生まれ育ち、魔獣が侵攻してくる中、森で襲われている所を勇者一行に助けられたそうだ。
そこでごちそうになった料理が忘れられず弟子入りして、こちらに店舗を構えると聞き真っ先に手をあげたらしい。
という事はお玉の魔法具で有名なのはそっちの方か。

「そういやビル坊は元気か?」
「もう坊って年齢でもないですけど、元気ですよ」
「そうかそうか、良い事だ!店にも食いに来いって伝えといてくれよ」
「はい、必ず」

オーナーの話題が出てビルさんを思い出したらしい。
ビルさんがオーナーだというその料理人と知り合ったのは竜を派遣した時のようだ。
シーラに比べ、こちらの方が竜の調教には長けていたし、そんな規模だったのなら例え子供だろうと竜の世話をするのに駆り出されたはずだ。
当時ビルさん9歳、店長さんは20歳になったばかりだったそうだ。
リュイさんに似て優しくて穏やかなあのビルさんがまさかそんな所に行っていたとは。

(色んな人生があるんだなあ)

当たり前の事なのだがしみじみとそう感じた。
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