婚約者の恋

うりぼう

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(あと一回か、なんかあっという間だな)

あっさりと勝ち取れた一勝に自分でも驚く。
ダリア達との練習の成果が如実に現れているのはわかるのだが、こんなにもあっけなく終わって良いものなのだろうか。
お互いに怪我がなかったから良いか。
やっぱ怪我しちゃうと後が大変だもんなあ。
治癒魔法はあるけどちゃんと使える人は限られてるし。

と思っていると。

「すごいぞエル!」
「うお!?」

ガバッと突然伸びてきた腕に身体を拘束された。
最近ずっと身近にあった匂いと身体に伝わる温もりにびくりと身体が跳ねる。
誰だなんて聞かなくてもわかる。
こんな事するのは一人しかいない。

「さすが俺のエルだ!」
「ちょ、離して下さい!」

ぎゅうううっと抱き締めてぐるぐる回るダリアから離れようともがくが全く離れない。
くっそこの馬鹿力。

ていうか視線!
周りの視線考えろ!
お前自分がどれだけ目立つかわかってないだろ!?
なんだこのテンションは。
まだ一勝しただけだぞ。

「やるとは思っていたが、まさかあんなにあっさり終わるとは!」
「王子、大袈裟です」
「大袈裟なものか!」
「いや大袈裟です。ていうかそろそろ離れて下さい」

まさか公衆の面前で王子のダリアをぶっ飛ばす訳にはいかないので、そっと……と見せかけて全力で身体を押し戻す。
素直に離れてくれたダリアにほっとするが、おいこら手も離せ。

「もう少し勝利を喜んでも良いだろう」
「まだ予選で一勝しただけですから」
「まだ、と言っても相手のダニエラ嬢の強さは学年でも五本指に入る程なんだぞ?」
「え?」

五本指?
あの先輩が?
嘘だろ?だってあんなにあっさり……

「だからすごいと言っただろう」
「え、えー……?」

信じられない。
相手も油断してたのだろうか。

「お前の実力だ」
「……考え読まないで下さい」
「わかりやすい顔をしていたからな」
「ていうか、王子本当に見に来てたんですね。挨拶は終わったんですか?」
「ああ、滞りなく済ませてきた」

……さらりと答えているが、これは完全に途中で切り上げてきたな。
挨拶自体はしっかりと済んでいるのだろうが、その後の雑談をムリヤリ終わらせてきたのだろう。
ダリアの事だからムリヤリ終わらされたと相手は気付いていないかもしれないが。

「アルとリースはどうだったんですか?」
「リースは勝った。アルはこれからだ。見に行くか?」
「行きます」

俺の次の試合は午後。
たっぷり時間はあるので余裕で見に行ける。
他の試合を見るのも勉強になるし、何より他の人が魔法を使うのを見るのも好きなんだよ俺。
元々誰かが作業しているのを見るのが好きという性質だから尚更だ。

「あ、その前にちょっと良いですか?」
「どうした?」
「父さん達に言ってきます」
「ああ、そういえば来てるんだったな。双子も一緒か?」
「もちろん」

ダリアと話していると双子と父がちょうど近付いてきているところだった。
双子に至っては近付くというよりも突進に近い。

「兄さん、おめでとう!」
「カッコ良かったー!」
「おっと」

全速力で駆けてきた双子がダリアを弾き飛ばす勢いで抱き着いてくる。
掴まれていた手が離されたのもホッとしたが、弾かれたダリアは大丈夫だろうか。
全くさりげなくないさりげなさで弾き飛ばしたのを見てしまったから何とも言えない。
双子に弾かれて少しもよろめかないダリアの体幹は一体どうなってるんだ。

「久しぶりだなエヴァ、エスト」
「あら、王子いらっしゃったんですね。お久しぶりです」
「すみません、兄しか見ていなかったもので」
「……相変わらずだなお前達も」

双子はわかりやすくダリアを嫌っている。
婚約した当初はまだ赤ん坊だった。
成長して改めて会ったときにエヴァは『王子様』であるダリアに顔を真っ赤に目をハートにして挨拶をしていたが、それも俺の婚約者だと紹介された瞬間に消え、エストは最初から敵意剥きだしだった。
どちらも『兄さんを取る男』が気に入らないらしい。
自惚れでもなんでもなく本人達に言われたセリフだ。
お兄ちゃん嬉しい。

婚約破棄を言い渡された経緯もその後の話し合いの事もきっと父から聞いているのだろう。
エヴァもエストもにっこりと笑みを浮かべてはいるが謝罪など口だけなのは丸わかり。
笑顔の裏で叩いているのが前よりもパワーアップしている。
程々にしなさい二人とも、お兄ちゃん大丈夫だから。

後ろから追い付いてきた父もそんな双子の態度に苦笑いを浮かべている。

「それにしてもエル、本当に強くなったんだな」
「まあね」

驚いたように呟かれるセリフに肩を竦めて答える。
父から見ても俺の成長は驚きだったようだ。
それもそうか、今までずっとやる気を出さずに力を抑えていたんだから。

「これから他の試合を見に行くのか?」
「うん、ちょっと王子と行ってくる」
「私も行きたい!」
「俺も!」
「それは良いが……そろそろ竜に乗る時間じゃないか?」
「「!!!」」

父のセリフにハッとする双子。
いつの間にか騎竜体験に申し込みを済ませていたらしい。

「竜、乗りたい……」
「でも兄さんと王子を二人きりにするのは……」
「「うーん……」」

双子が腕を組むという全く同じポーズで目を瞑り眉間に皺を寄せている。
何を悩んでいるんだか。

「良いから行ってきなって。騎竜は毎年人気だから乗れる時に乗らないと乗らずに終わっちゃうぞ?」
「「それはやだ!」」
「ならお前達は父さんと来なさい。エルは……」

こちらもダリアと二人で大丈夫なのかという表情だ。
揃いも揃って心配性だなあ。
婚約解消したばかりの男と二人でいるとあっては心配するのも仕方がないしありがたいが心配は無用だ。
経緯はどうあれ円満な婚約解消だったんだから。

「大丈夫だって、試合見るだけなんだから」
「それもそうだが……王子、くれぐれもよろしくお願いしますよ。人前での接触も良く考えて下さい」
「心しておきます」

絶対嘘だ。
しれっと答えるダリアに、俺達親子の心の声が重なった気がした。

(ていうかあの感じだと王子に抱き締められてたの見られてたな……)

最悪だ。
ハグされているのを見られるなんて、むしろ人前でハグされるなんて恥ずかしい以外の何物でもない。
本当に外人ってやつは。

「ユーンはどうする?竜舎の方に行くか?」

キューイ!

エストの頭の上に乗ったままだったユーンに聞くとこくこくと頷かれる。

「じゃあエヴァ、エスト、ユーンの事引き続きよろしくな」
「ええ!」
「任せといて!」

まだもう少しユーンと一緒にいれると知り嬉しそうな双子にこちらも笑みが溢れる。
双子もユーンも可愛いなあ。
それぞれの頭を撫でデレデレと頬を緩めまくる俺を、それを遥かに超える甘い甘い表情でダリアが見ていたらしいのだが、俺は全く気付いていなかった。










アルの試合が行われる第二鍛錬場へと足早に向かう。
ちょうど前の試合が行われているところで、袖のところにアルがいた。
同じく駆け付けたリースと何やら話をしている。
こちらに気付くと軽く手を挙げられた。

「エル、試合どうだったのー?」
「へっへー」

返事の変わりにVサインを送る。

「えーエルもリースも勝ったんなら僕も絶対勝たなきゃダメじゃん」
「最初から負けるつもりなどないだろう?」
「まあそうなんだけどー」

リースの言葉に頷くアル。
負ける気なんてさらさらないのがわかりやすい。

「ところでアルの相手って誰?」
「あいつ」
「……わお」

すぐ傍らにいた男を指差す。
そちらを見ると、そこには二メートル近い縦にも横にも大きい大男が立っていた。

「え、あの人剣術の間違いじゃないの?」
「俺もそう思ったんだけど魔術で間違いないみたい」
「あの身体では剣術でも難しいだろう」
「わからんぞ、大きいからといって動けないとも限らないからな」

みんな散々な言い草である。
俺も人の事言えないけど。

「魔力はアルの方が格段に上だ。気にせずぶつかって来い」
「はい!ありがとうございますダリア様!」

アル、目、目。
またハートになってるって。
ダリアの応援の威力凄いな。

程なくして前の試合が終わり、アルと大男の番になった。
向かい合うように立つとアルの小ささというか男の大きさというか、どちらにしろ体格の差が目立つ。
アル、俺より小さいもんな。
あの大男と並ぶと完全に子供にしか見えない。

(あの人の魔法具、杖だ)

良く映画とかゲームとかで見るザ・魔法使いといった感じの長い杖だ。
あれはあれでカッコイイが、背が高すぎるからなのか横幅が大きいからなのか杖がおもちゃのように見えてしまう。
アルが持ったらちょうど良い感じなのではないだろうか。
いやいや魔法具の観察をしている場合じゃなかった。

「始め!」

合図と共にアル達の試合が始まる。

最初に動いたのは大男。
杖を振り上げ、アルの方へと魔法で出来た縄のようなものを投げた。
当然そのまま捕まるアルではない。
余裕で避けつつ得意の火球を放つ。
大男は身体の割に軽々としたフットワークでそれを避け、再び縄を投げた。
俺がやったのと同じように、アルを場外へと出す作戦だろう。

「そんなのに僕が捕まるはずないでしょ!」

言いながらさっきよりも大きな火球を放つアル。
それを避けながら、大男は瞳を輝かせた。

「っ、アルちゃん、可愛いいいい!!!」
「は!?」

そして突然そう言って悶え始めた。
え、どうした大男。
ていうか『アルちゃん』!?

「はあはあ、ダメだ、可愛い、捕まえたい、可愛い……!」
「っ、っ、何こいつ気持ち悪いんですけど!?」

はあはあと呼吸を粗くして血走った瞳でアルを見つめる大男。
もしやこの人アルの事が好きなのか?
確かに男にしては可愛い顔してるしくりくり頭も聖画の天使みたいで可愛いもんなあ。
……まあ、好きというよりはストーカーちっくな何かを感じてしまうのだが。

鳥肌が立ったのかアルは自分の腕をさすっている。

「良いよ良いよアルちゃん、もっとちょうだい、もっと動いて、もっと……!」
「……っ」

途端に早くなる大男の攻撃。
縄がひとつ、ふたつと増え、その勢いも増していく。
代表になるだけあって魔法の力はかなり強い。
性格に難ありなのは言うまでもないが……
アルは結界を張り自分の身体を守っている。
捕まったら最後、何をされるかわかったもんじゃないと本能的に最大の警戒をしている様子。

「アルちゃあん、アルちゃん、アルちゃん」
「って、だから!気持ち悪いって!言ってんでしょうがー!!!」
「ぐは……ッ」

気持ち悪さに耐え切れなくなったアルが渾身の力で放った火球が大男に直撃。
結界で怪我は免れたものの、勢いはそのままに場外へと吹っ飛ばされていった。

「勝者、アルマンド・バリー!」
「うう、気持ち悪い」

勝ったというのに泣きそうな顔でそそくさと戻ってくるアルに、俺達三人は苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
うん、あれは気持ち悪い。
ドンマイ、アル。
お前は悪くない、相手が悪かった。
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