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しおりを挟む「ダリア、お前の新しい婚約者候補だ」
「……は?」
突然呼び出された実家、もとい城で聞かされた寝耳に水な一言。
そしてそこには……
「……ダリア様」
「ベアトリス?」
俺と同じくらい、いやそれ以上に戸惑った様子のベアトリスがいた。
*
そのニュースは瞬く間に学園中を巡った。
「聞いた!?ダリア様の新しい婚約者!」
「ベアトリスさんでしょう?」
「エルくんとはどうなったのかしら?」
「とっくに破棄されてたじゃない」
「ベアトリスかあ、羨ましいぜ王子」
「少し気が強いけど可愛いもんなあ」
「スタイルも良いしな」
「やっぱりダリア様にはそれ相応の方でなくては!」
「あんな身の程知らずな男よりも余程良い!」
「そんな、ダリア様にはエルくんしかいないと思ってたのに!」
「ありえないわ、そもそもダリア様がエルくんを諦めると思う?」
「でもやっぱり陛下には逆らえないんじゃない?」
「待って、まだ候補だって聞いたわ!」
「って事は俺達にもまだチャンスが!?」
などなど、学園内はそれはもうその話題で持ちきり。
ベアトリスなら納得派。
やはり俺が婚約者に戻るべき派。
むしろ今まで通り婚約者なんていらない、自分が射止めてみせる派。
色々な意見が飛び交っているようだ。
(わかっちゃいたけど、ダリアの影響力ってすげえなあ)
俺はというと、どこか他人事のようにそんな事をのんびりと考えていた。
まあ他人事なんだけど。
「なあエル、あの話ってマジ?」
「信じられないなあ、王子が新しい婚約者決めるなんて」
デレクとヒースがいつものように事の真相を確かめにやってくる。
「さあ、どうだろうなあ」
「どうだろうって、気にならねえの?」
「おまけに相手がベアトリス嬢だろ?俺達はありえねーって思ってるんだけど」
「ありえない事はないだろ」
「いやありえないだろ」
きっぱりと言い切られてしまった。
どうしてだろう。
ベアトリスがダリアに心酔しているのはずっと前からのはずだ。
最近はとんとなくなったが、以前までダリアに近付くなと幾度となく呼び出されていた。
せっかく空いたダリアの婚約者という席に着きたいと思っていても不思議ではない。
むしろ婚約が解消されてから暫く経つのに未だに空席だった事の方が不思議なのだ。
それを二人に言うと、なんとも残念な物を見る目で見つめ返された。
「……はあああああ、エル、マジか」
「鈍いとは思ってたけど、ちょっと酷くない?」
「え?何が?ダリアの事?だって酷いって言われても婚約者云々は俺が個人でどうにか出来る問題じゃないし」
「いや、そっちもだけどそっちじゃねえ」
「うん、そっちじゃない」
「???」
「……まあこれは俺達が口出す問題じゃねえか」
「そうだな」
「え、何すごい気になるんだけど」
「気にすんな」
「うんうん、エルはそのままで良いんだよー」
「いやだから気になるって」
よしよしと頭を撫でられる。
物凄く子供扱いされているような気がするのは気のせいではないはず。
失礼だな、これでも精神年齢は倍以上年上だぞ。
思わずむっとしかけた瞬間、バタバタと騒がしい足音と共にダリアが必死の形相で駆けてきた。
「エル、違うからな!?」
やってくるなり脇目も振らずに傍にやってきて両肩をがっしりと掴み詰め寄ってくるダリア。
「違うって何が?」
「だから、俺が……」
「ベアトリスと婚約した事?」
「まだしていない!」
「まだ、ねえ」
「いや、まだというか、その……!」
自分の発言の穴にわたわたと取り乱すダリア。
あーあー完全無欠の王子様が台無しだな。
言い訳なんてしなくても良い。
確かに元婚約者だし、何を血迷ったのか俺を好きだとか婚約者に戻りたいだとか色々と歯の浮くようなセリフを繰り返されているからダリアとしてはきちんと説明しておきたいのだろう。
だが、ダリアの親、つまりは王様が決めた、或いは決めようとしている事を簡単に覆せるのだろうか。
答えは否だ。
俺との婚約があっさりと交わされあっさりと解消されすぎたのだ。
相手がベアトリスとなれば冗談では済まされないし、簡単になかった事にもし難いだろう。
そもそもそういう話が出たということは既に9割くらいは決定事項なのではないだろうか。
(手紙にもそう書いてあったしなあ)
実は昨日父から手紙が届いた。
内容は今まさに話題の中心となっているダリアとベアトリスの事。
ダリアが『まだ』と言ったのもわかっている。
ベアトリスが選ばれたのは『婚約者候補』というのが正しい情報だ。
候補なのは表向き誰も候補者がいないながらも、ダリア自身が俺を筆頭に、というよりも唯一に挙げているからあくまでも候補者の一人として扱っているだけ。
ベアトリスならば家柄も釣り合うし、おまけに関係あるかわからないが容姿も優れているし成績もそこそこ優秀。
ベアトリスの父親からの熱烈な推薦があったと書いてあったから、もうほとんど決まってしまっているようなものではないのだろうか。
「別に、俺にいちいち説明する必要ないだろ」
「何を言う!?エルにこそ事細かに全てを説明しなければ!」
「って言われてもなあ」
今のところダリアの気持ちに応えられない俺としては曖昧に首を傾げる事しか出来ない。
困ったものだ。
これで俺がダリアを誰にも取られたくない程好きならばきっと話は簡単だったはずだ。
仮にそうだったなら新たな婚約者候補なんて出てきやしないんだろうけど。
「とにかく、詳細は後だ!良いか、きちんと説明するから逃げないでくれ」
何がなんでも説明してみせると意気込むダリア。
「説明って言われても、多分大体わかってるんだけど」
「何故……は!アルフさんか……!」
「その通り」
内情を良く知り俺に連絡を寄越すのは父くらいしかいない。
事細かに経緯が書かれていたので、本当に今更説明されたところできっと既に知っている情報ばかりに違いない。
「そうだとしても頼む、時間をくれ」
「……わかった」
結局、真剣に懇願するダリアについつい頷いてしまった。
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