婚約者の恋

うりぼう

文字の大きさ
64 / 88
9

1

しおりを挟む


「ダリア、お前の新しい婚約者候補だ」
「……は?」

突然呼び出された実家、もとい城で聞かされた寝耳に水な一言。
そしてそこには……

「……ダリア様」
「ベアトリス?」

俺と同じくらい、いやそれ以上に戸惑った様子のベアトリスがいた。










そのニュースは瞬く間に学園中を巡った。

「聞いた!?ダリア様の新しい婚約者!」
「ベアトリスさんでしょう?」
「エルくんとはどうなったのかしら?」
「とっくに破棄されてたじゃない」

「ベアトリスかあ、羨ましいぜ王子」
「少し気が強いけど可愛いもんなあ」
「スタイルも良いしな」

「やっぱりダリア様にはそれ相応の方でなくては!」
「あんな身の程知らずな男よりも余程良い!」

「そんな、ダリア様にはエルくんしかいないと思ってたのに!」
「ありえないわ、そもそもダリア様がエルくんを諦めると思う?」
「でもやっぱり陛下には逆らえないんじゃない?」

「待って、まだ候補だって聞いたわ!」
「って事は俺達にもまだチャンスが!?」

などなど、学園内はそれはもうその話題で持ちきり。

ベアトリスなら納得派。
やはり俺が婚約者に戻るべき派。
むしろ今まで通り婚約者なんていらない、自分が射止めてみせる派。

色々な意見が飛び交っているようだ。

(わかっちゃいたけど、ダリアの影響力ってすげえなあ)

俺はというと、どこか他人事のようにそんな事をのんびりと考えていた。
まあ他人事なんだけど。

「なあエル、あの話ってマジ?」
「信じられないなあ、王子が新しい婚約者決めるなんて」

デレクとヒースがいつものように事の真相を確かめにやってくる。

「さあ、どうだろうなあ」
「どうだろうって、気にならねえの?」
「おまけに相手がベアトリス嬢だろ?俺達はありえねーって思ってるんだけど」
「ありえない事はないだろ」
「いやありえないだろ」

きっぱりと言い切られてしまった。
どうしてだろう。
ベアトリスがダリアに心酔しているのはずっと前からのはずだ。
最近はとんとなくなったが、以前までダリアに近付くなと幾度となく呼び出されていた。
せっかく空いたダリアの婚約者という席に着きたいと思っていても不思議ではない。
むしろ婚約が解消されてから暫く経つのに未だに空席だった事の方が不思議なのだ。

それを二人に言うと、なんとも残念な物を見る目で見つめ返された。

「……はあああああ、エル、マジか」
「鈍いとは思ってたけど、ちょっと酷くない?」
「え?何が?ダリアの事?だって酷いって言われても婚約者云々は俺が個人でどうにか出来る問題じゃないし」
「いや、そっちもだけどそっちじゃねえ」
「うん、そっちじゃない」
「???」
「……まあこれは俺達が口出す問題じゃねえか」
「そうだな」
「え、何すごい気になるんだけど」
「気にすんな」
「うんうん、エルはそのままで良いんだよー」
「いやだから気になるって」

よしよしと頭を撫でられる。
物凄く子供扱いされているような気がするのは気のせいではないはず。
失礼だな、これでも精神年齢は倍以上年上だぞ。

思わずむっとしかけた瞬間、バタバタと騒がしい足音と共にダリアが必死の形相で駆けてきた。

「エル、違うからな!?」

やってくるなり脇目も振らずに傍にやってきて両肩をがっしりと掴み詰め寄ってくるダリア。

「違うって何が?」
「だから、俺が……」
「ベアトリスと婚約した事?」
「まだしていない!」
「まだ、ねえ」
「いや、まだというか、その……!」

自分の発言の穴にわたわたと取り乱すダリア。
あーあー完全無欠の王子様が台無しだな。

言い訳なんてしなくても良い。
確かに元婚約者だし、何を血迷ったのか俺を好きだとか婚約者に戻りたいだとか色々と歯の浮くようなセリフを繰り返されているからダリアとしてはきちんと説明しておきたいのだろう。
だが、ダリアの親、つまりは王様が決めた、或いは決めようとしている事を簡単に覆せるのだろうか。
答えは否だ。
俺との婚約があっさりと交わされあっさりと解消されすぎたのだ。
相手がベアトリスとなれば冗談では済まされないし、簡単になかった事にもし難いだろう。
そもそもそういう話が出たということは既に9割くらいは決定事項なのではないだろうか。

(手紙にもそう書いてあったしなあ)

実は昨日父から手紙が届いた。
内容は今まさに話題の中心となっているダリアとベアトリスの事。

ダリアが『まだ』と言ったのもわかっている。
ベアトリスが選ばれたのは『婚約者候補』というのが正しい情報だ。
候補なのは表向き誰も候補者がいないながらも、ダリア自身が俺を筆頭に、というよりも唯一に挙げているからあくまでも候補者の一人として扱っているだけ。
ベアトリスならば家柄も釣り合うし、おまけに関係あるかわからないが容姿も優れているし成績もそこそこ優秀。
ベアトリスの父親からの熱烈な推薦があったと書いてあったから、もうほとんど決まってしまっているようなものではないのだろうか。

「別に、俺にいちいち説明する必要ないだろ」
「何を言う!?エルにこそ事細かに全てを説明しなければ!」
「って言われてもなあ」

今のところダリアの気持ちに応えられない俺としては曖昧に首を傾げる事しか出来ない。
困ったものだ。
これで俺がダリアを誰にも取られたくない程好きならばきっと話は簡単だったはずだ。
仮にそうだったなら新たな婚約者候補なんて出てきやしないんだろうけど。

「とにかく、詳細は後だ!良いか、きちんと説明するから逃げないでくれ」

何がなんでも説明してみせると意気込むダリア。

「説明って言われても、多分大体わかってるんだけど」
「何故……は!アルフさんか……!」
「その通り」

内情を良く知り俺に連絡を寄越すのは父くらいしかいない。
事細かに経緯が書かれていたので、本当に今更説明されたところできっと既に知っている情報ばかりに違いない。

「そうだとしても頼む、時間をくれ」
「……わかった」

結局、真剣に懇願するダリアについつい頷いてしまった。









しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?

麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。

優秀な婚約者が去った後の世界

月樹《つき》
BL
公爵令嬢パトリシアは婚約者である王太子ラファエル様に会った瞬間、前世の記憶を思い出した。そして、ここが前世の自分が読んでいた小説『光溢れる国であなたと…』の世界で、自分は光の聖女と王太子ラファエルの恋を邪魔する悪役令嬢パトリシアだと…。 パトリシアは前世の知識もフル活用し、幼い頃からいつでも逃げ出せるよう腕を磨き、そして準備が整ったところでこちらから婚約破棄を告げ、母国を捨てた…。 このお話は捨てられた後の王太子ラファエルのお話です。

【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~

TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】 公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。 しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!? 王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。 これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。 ※別で投稿している作品、 『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。 設定と後半の展開が少し変わっています。 ※後日譚を追加しました。 後日譚① レイチェル視点→メルド視点 後日譚② 王弟→王→ケイ視点 後日譚③ メルド視点

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

大嫌いなこの世界で

十時(如月皐)
BL
嫌いなもの。豪華な調度品、山のような美食、惜しげなく晒される媚態……そして、縋り甘えるしかできない弱さ。 豊かな国、ディーディアの王宮で働く凪は笑顔を見せることのない冷たい男だと言われていた。 昔は豊かな暮らしをしていて、傅かれる立場から傅く立場になったのが不満なのだろう、とか、 母親が王の寵妃となり、生まれた娘は王女として暮らしているのに、自分は使用人であるのが我慢ならないのだろうと人々は噂する。 そんな中、凪はひとつの事件に巻き込まれて……。

グラジオラスを捧ぐ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
憧れの騎士、アレックスと恋人のような関係になれたリヒターは浮かれていた。まさか彼に本命の相手がいるとも知らずに……。

王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?

人生2929回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途な‪α‬が婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。 ・五話完結予定です。 ※オメガバースで‪α‬が受けっぽいです。

処理中です...