21 / 32
第3章:本当に欲しいもの
第3話:見知らぬ罪人
しおりを挟む
太陽が沈むのは早い。
世界が入れ替わる時間はあまりにも刹那的で、まばたきをしているうちに変貌を遂げてしまうらしい。赤が紺と混ざり合う空の下で、林に囲まれた桟橋は黒の色が支配を強めるように迫ってくる。
「大丈夫、ですか?」
乃亜はなんとか声になる口で、目の前に現れた得体のしれない三人に現状を問う。
これが夢でなければ、三人は確かに泉の中から出てきた。魔法の泉が望みを叶えてくれたとは半信半疑でしかないが、にわかに信じがたい。容姿も雰囲気も、投げ入れた死体と目の前の彼らではつり合いが取れない。
「生き、てる?」
「ボクは処刑されたはずでは?」
「ここはどこだ?」
桟橋に這い上がったばかりの三人は、まだ意識が混濁しているらしい。無理もない。乃亜自身も現状を受け止めきれずに驚きは隠せない。
「あの、本当に大丈夫ですか?」
乃亜は息が整ってきた三人に向かって、恐る恐る声をかけていた。
彼らの言葉が聞き取れるということは、異世界の人物というわけでもないだろう。どういう仕組みでこの事態に至ったのかは知らないが、突然現れた三人に問いかける言葉は他に持ち合わせていなかった。
そうして震える手を伸ばした瞬間、手首は一番手前にいた褐色肌の男に掴まれて悲鳴を上げる。
「お前は誰だ?」
「えっ」
「俺に何をした」
「ちょっ…痛…やめ…なんで、振りほどけなッ」
いつもなら簡単に振りほどけるはずの腕が、力任せに振りほどいても振りほどけない。人形相手に力で負けたことは一度もない。それなのに捕まれた手首は暴れるほど強く握りしめられ、骨がギシギシと音を立てるように痛みを訴えていた。
「質問に答えろ」
「っ…私は、乃亜。そこの屋敷で暮らしています」
「屋敷?」
「見えるでしょ、あの林の向こうの屋根。あそこに住んでい…っ…もう、離して」
「そう乞われて離すとでも?」
「ヤッ…っ」
距離が離れるどころか、腕を強く引かれて褐色の肌に吸い寄せられる。
唇が触れるほど近くに寄った顔は、より綺麗な赤を瞳に宿し、狼狽える乃亜の顔を反射させている。何が悲しくて非力な少女に成り下がらないといけないのだろう。今まではこうではなかった。男と言えど人形はすべて、自分の言いなりに動く存在。
こんな感覚は知らない。
怖いという感情と、未知なものと対峙する好奇心の混ざった感覚は、初めてでどう扱っていいかわからない。
「キミが乃亜という名前で、ここがキミの住む屋敷の管理範囲内であることは理解しました」
乃亜は褐色肌の男の目を見つめていた顔を慌てて横に立つ存在に向ける。
ここに男は一人ではない。
三人のうち、一人ぐらい規格外が存在したとしても、残る二人はいつも通りに反応するかもしれない。そんな期待が胸をよぎった。
「見ていないで…ッ…助けて」
「なぜ、ボクが?」
「え?」
耳を疑う。
目の前で襲われている女を見て、眉ひとつ動かさない男の様子に、背筋が泡立つ気がするのは何故だろう。いくら視界が暗闇に染まっていく中にあるとはいえ、想像とは違う常識の訪れに、乃亜の顔は青ざめる。
「彼の腕に囚われている限りキミは逃げられません。彼がそうしなければボクが同じことをしていました」
「何、言って…っ…ンン!?」
「はーい。乃亜ちゃん、だっけ。うるさいから少し黙ってよっか」
再度暴れようとした体は、背後から口を塞がれるように抑えられて声を失う。
褐色肌の男の腕の中で手首を握りしめられ、腰を抱かれたまま、背後から迫った男に口を塞がれる。このままではどうすることもできない。断たれた退路に心拍が混乱する音が聞こえていた。
状況が理解できない。意味がわからない。全身全霊の力を込めても、男たちは平然を装ったまま綺麗な顔を崩さないでいる。「なぜ?」その問いに答えてくれる人もない。ただ混乱の中で理解できたことはひとつだけ、焦っても状況は悪くなる一方。抵抗すればするほど、彼らの雰囲気がささくれ立つほど恍惚に染まっていく。
「うん、いい子」
大人しく現状を受け入れる選択をした乃亜に、三人は赤い瞳で無言を交わし合う。
密着しているせいで伝わる鼓動。耳にかかる吐息。彼らが何者なのかはわからない。それでも湿った布が渇いた布に水分を移して、彼らが本当に泉の中から這い出てきた生物であることを物語っていた。
世界が入れ替わる時間はあまりにも刹那的で、まばたきをしているうちに変貌を遂げてしまうらしい。赤が紺と混ざり合う空の下で、林に囲まれた桟橋は黒の色が支配を強めるように迫ってくる。
「大丈夫、ですか?」
乃亜はなんとか声になる口で、目の前に現れた得体のしれない三人に現状を問う。
これが夢でなければ、三人は確かに泉の中から出てきた。魔法の泉が望みを叶えてくれたとは半信半疑でしかないが、にわかに信じがたい。容姿も雰囲気も、投げ入れた死体と目の前の彼らではつり合いが取れない。
「生き、てる?」
「ボクは処刑されたはずでは?」
「ここはどこだ?」
桟橋に這い上がったばかりの三人は、まだ意識が混濁しているらしい。無理もない。乃亜自身も現状を受け止めきれずに驚きは隠せない。
「あの、本当に大丈夫ですか?」
乃亜は息が整ってきた三人に向かって、恐る恐る声をかけていた。
彼らの言葉が聞き取れるということは、異世界の人物というわけでもないだろう。どういう仕組みでこの事態に至ったのかは知らないが、突然現れた三人に問いかける言葉は他に持ち合わせていなかった。
そうして震える手を伸ばした瞬間、手首は一番手前にいた褐色肌の男に掴まれて悲鳴を上げる。
「お前は誰だ?」
「えっ」
「俺に何をした」
「ちょっ…痛…やめ…なんで、振りほどけなッ」
いつもなら簡単に振りほどけるはずの腕が、力任せに振りほどいても振りほどけない。人形相手に力で負けたことは一度もない。それなのに捕まれた手首は暴れるほど強く握りしめられ、骨がギシギシと音を立てるように痛みを訴えていた。
「質問に答えろ」
「っ…私は、乃亜。そこの屋敷で暮らしています」
「屋敷?」
「見えるでしょ、あの林の向こうの屋根。あそこに住んでい…っ…もう、離して」
「そう乞われて離すとでも?」
「ヤッ…っ」
距離が離れるどころか、腕を強く引かれて褐色の肌に吸い寄せられる。
唇が触れるほど近くに寄った顔は、より綺麗な赤を瞳に宿し、狼狽える乃亜の顔を反射させている。何が悲しくて非力な少女に成り下がらないといけないのだろう。今まではこうではなかった。男と言えど人形はすべて、自分の言いなりに動く存在。
こんな感覚は知らない。
怖いという感情と、未知なものと対峙する好奇心の混ざった感覚は、初めてでどう扱っていいかわからない。
「キミが乃亜という名前で、ここがキミの住む屋敷の管理範囲内であることは理解しました」
乃亜は褐色肌の男の目を見つめていた顔を慌てて横に立つ存在に向ける。
ここに男は一人ではない。
三人のうち、一人ぐらい規格外が存在したとしても、残る二人はいつも通りに反応するかもしれない。そんな期待が胸をよぎった。
「見ていないで…ッ…助けて」
「なぜ、ボクが?」
「え?」
耳を疑う。
目の前で襲われている女を見て、眉ひとつ動かさない男の様子に、背筋が泡立つ気がするのは何故だろう。いくら視界が暗闇に染まっていく中にあるとはいえ、想像とは違う常識の訪れに、乃亜の顔は青ざめる。
「彼の腕に囚われている限りキミは逃げられません。彼がそうしなければボクが同じことをしていました」
「何、言って…っ…ンン!?」
「はーい。乃亜ちゃん、だっけ。うるさいから少し黙ってよっか」
再度暴れようとした体は、背後から口を塞がれるように抑えられて声を失う。
褐色肌の男の腕の中で手首を握りしめられ、腰を抱かれたまま、背後から迫った男に口を塞がれる。このままではどうすることもできない。断たれた退路に心拍が混乱する音が聞こえていた。
状況が理解できない。意味がわからない。全身全霊の力を込めても、男たちは平然を装ったまま綺麗な顔を崩さないでいる。「なぜ?」その問いに答えてくれる人もない。ただ混乱の中で理解できたことはひとつだけ、焦っても状況は悪くなる一方。抵抗すればするほど、彼らの雰囲気がささくれ立つほど恍惚に染まっていく。
「うん、いい子」
大人しく現状を受け入れる選択をした乃亜に、三人は赤い瞳で無言を交わし合う。
密着しているせいで伝わる鼓動。耳にかかる吐息。彼らが何者なのかはわからない。それでも湿った布が渇いた布に水分を移して、彼らが本当に泉の中から這い出てきた生物であることを物語っていた。
0
あなたにおすすめの小説
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる