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お手本
しおりを挟む「これを切ればいいのか?」
「そう、くし切りにしてください。」
「くしぎり」
「抑える手は猫の手にするの。」
「ねこ・・・?」
玉ねぎをぎこちなく切っているのを見かねてレオンに近づく。このまま切らせておくといつかレオンの指先がなくなってしまう。後ろから手を回して、玉ねぎを抑えてる手の上から猫の形にするよう握り、レオンの持つ包丁を端から2cmぐらいの位置に当てた。
「これが猫の手で、厚さはこのぐらい。できそう?」
返事がない。覗き込むとレオンはじっと手元を見ていた。
「レオン?きいてる?」
「・・・よくわかった。」
大丈夫かなぁ。
鶏肉を炒めながらちょこちょこ見ていたけど、私の不安をよそにコツを掴んだのかその後は順調に野菜を切っていく。
だんだん寒くなってきたから今日はクリームシチューにする予定だった。ルーを使わず粉から作るやつね。野菜にある程度火が通ったら小麦粉を振りかけて更に炒め、粉っぽさがなくなったら具材が見えなくなるくらい牛乳を入れる。臭み消しにローリエを入れて一度沸騰させたら後はじっくり煮込むだけだ。一連の流れを興味深そうに見ていたレオンにヘラを渡して底が焦げつかないように混ぜてもらう。
真剣な表情でシチューを混ぜ続ける姿がちょっとシュールで笑っちゃった。
煮込んでいる間にサラダ用のレタスをちぎっていく。
「むこうではいつもご飯はどうしてるんですか?」
「おうきゅ・・・屋敷にいるときは専属の料理人が作るものを食べることが多いな。騎士として遠征に赴く際も食事は簡単に済ませることがほとんどだから、実際にこうして一から出来上がるのを見るのは初めてだ。」
やっぱり専属の料理人とかいるんだ。あと最初何を言いかけたんだろう・・・?
初めの頃に自分のことを獣魔騎士と言っていたけど、レオンの国アル・ルクレイティアでは人と魔獣が共存して暮らしているらしい。魔獣って言われるとなんか怖いイメージだったけど、実際はお互い補い合って暮らしているからレオンたちにとってとても大切な存在なんだって。契約している魔獣のことを獣魔、魔力の相性がいい魔獣と契約することを獣魔契約といい、お互いの魔力をつなげるので契約した獣魔とはある程度の意思疎通が可能になるそう。
一方的な支配関係ではないから信頼による強い結びつきが必要で、レオンが契約する時も苦労したらしい。ちなみにレオンの獣魔は大きな白いオオカミだそうだ。なにそれめっちゃみたい。
あと初めてここに来た時に着ていた白い詰め襟の服は隊服なんだって。今でもたまに隊服で来る時もあるけど、大体はジャケット姿だ。レオン曰く軽装らしいけど、そのやたら高そうなジャケットはいま野菜を切る時に邪魔だからと椅子にかけられている。仕立ての良さそうなシャツで姿勢よくキッチンに立ち、袖を捲ったところから覗く血管が浮き出た腕に内心ちょっと悶えた。細く見えるけど意外と身体にしっかりとした厚みもある。それもそうか、騎士様だもんね。
それにしてもシャツとスラックスっていうなんて事ない格好なのに、なんでこんなにキラキラしてるんだろう。じろじろ見ていたら首を傾げられた。あざとい。
「遠征では何をするの?」
「国境の確認や野盗の捕縛、攻撃的な魔獣の対応などかな。」
サラッと言われたけどなんだかすごく危なそう。
「そうはいっても常駐している師団がいるから、視察の意味合いの方が大きいよ。」
顔に出ていたのか、安心させるように付け加えられる。
レオンの世界は女神アリストティリスの土地である聖地ミネアと六つの国から成っていて、アル・ルクレイティアの特徴が多く生息している魔獣であるように、各国にはそれぞれ特色があるらしい。簡単に説明してくれたけど、まんまファンタジーの世界だった。巨大な木の中にある国とか機械の国とか。
でもレオン曰く逆に私の世界は色んな国の要素が少しずつ集まったようなチグハグな印象を受けるんだって。技術が普及してわざわざ他国に行かなくても恩恵を受けられるのは楽な分、確かに世界中の様々な物が私たちの生活には溢れている。
レオンは、自分たちの世界ではその国に行かないと出来ないことが多くて、だからなかなか交易が発展しないのだと残念そうに言っていた。
シチューがいい感じに煮えてきたのでコンソメと塩胡椒で味を整える。
味見してもらって満面の笑みで美味いと言ってもらえたので火を止めてお皿によそった。
「手際がいいな。あっという間に出来てしまった。」
「料理は昔から好きで、特にシチューは毎年この時期になると絶対お母さんと一緒に作る料理の一つなんです。残ったらグラタンにしたり、お父さんはチーズをかけて焼くのが好きだったなぁ。」
うん、今年も美味しく出来た。
たわいもない会話をしながら食べ進める。
「・・・これは私の師からの受け売りなのだが、」
言葉をかけられて視線を向けると、いつからかスプーンを置いてこちらを見ていたらしいレオンと目が合った。
透き通った緑の瞳が穏やかな色をたたえて私を見ている。
「人はみな魂に種を持って生まれ落ち、経験した全てが自身の糧であり礎となり、花や実を付けやがて新たな種を繋いでいくそうだ。
・・・いつもりりなと話していると心が和らぐ。温かい家庭で慈しまれてきたんだと感じるよ。
特別なこともそうでないことも、過ごした時間はりりなの中にあるし、こうした料理一つとっても確かに受け継がれていると思う。」
レオンには両親のことはまだ何も話していない。
あの話をすることはいまでもひどく心に負担がかかるから。
それでも少なくない時間の中でもしかしたらレオンは何か感じ取ったのかもしれない。
「この料理だってりりなの母君の味なんだろう?優しい味だ。同じように優しい人たちだったんだろうな。」
言われて目の前の料理を見る。
毎年作るクリームシチュー。特別な隠し味なんてないけど、いつもどこのお店で食べるよりも美味しかった。
考えた事もなかった。
けれど確かにそこには両親の存在があった。
「・・・うん、すごく、優しかった。いつも忙しかったけど、私のことを常に考えてくれてた。」
二人の姿を思い出して目頭が熱くなる。
グッと奥歯を噛み締めて力を入れた。
「レオンの先生も素敵な人なんだろうね。」
「ああ、騎士としての全てを彼から教わった。自分の道を迷いなく進めているのも師のおかげだと思っている。」
「そっか・・・。いつか会えたらいいのになぁ。」
いまのレオンを構成している一端がその先生なら、心から会ってみたいと思った。
シチューをすくって口へ運ぶ。
「今日のシチューが、今までで一番美味しい。」
あなたと一緒に作ったから。
なんてことない風を装って言ったけど、ちょっと声が震えちゃったかもしれない。
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