3 / 104
第一章 セイシュの民が翔ける黎明の空
2 試験の朝
しおりを挟む
「今日はシフィル試験の日でしょ。大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だよ。気分転換になるから。」
応えると同時に素早くシシリーの足元に山盛りに積まれていた、茶色く細かく刻まれた肉とも魚とも思える不思議なにおいのする物体を、スコップでバケツに詰め込んだ。
シシリーはまた、ニコっと笑う。
「ありがと。じゃ、あの子達にご飯をあげてくれる?お腹空いたーっ早く食べさせてくれーってうるさいのよ。お願いね。」
あの子達とは、広い柵の中で一緒に育んでいる鶏、猫、犬、牛などの動物だけでなく、大きく掘られた池の中で跳ねる魚たち、そして朝顔、ひまわりなど季節に関係なく咲く花たちも含んでいる。
シシリー一家が育んでいるペットのことで、動物病院の客が育てられなくなったり、動物が子供を産んで貰い手が無かったときに、えさ代の支払いを受け、引き取っているらしい。
同じ庭で育てているが、不思議とけんかもせず、放し飼いでもけっして逃げないそうだ。
そしてペットのえさは、動物医師であるシシリーの父の発明商品『なんでもフード』という獣も鳥も魚もどのような生物でも食べるえさのおかげで、区別することなく、楽に与えられる。
シフィルがえさを入れたバケツを両手に抱えて、木の柵を登って中に入った瞬間、そのペット集団がバケツめがけて駆け寄ってくる。
何度も経験しているが、真っ先に牛が角を突き出して自分めがけて駆け寄るのは心臓に悪い。
バケツを投げるように置いてすばやく柵の外へ飛び駆け逃げる。
もんちきは、一本の柵の上で座ってくつろいでシフィルとその動物たちのやり取りを笑っている。
すべてのペットが好き嫌いなく、仲良く食べる便利なえさだ。池の中に放り込めば、当然魚のえさとなる。
それよりも植物は水をまくだけで済むのだからもっと楽だが。
ちなみに、このエサは植物の肥料にもなるらしい。
「ありがと。」
シシリーが水撒きを終え、じょうろを縦に強く振って水を外に全部出しながら、餌にがっつくペットたちを仕事を終えて満足した笑顔でぼーっと眺めているシフィルの横へ近づいた。
「今日の試験頑張ってね。」
ついついつられて笑顔になるシフィル。
近づいた体温をわずかに感じると、自らも少しだけ、気付かれないように小さく、ぎこちなく近づいてから、大きくうなずく。
それから何気ない話をして、自宅へ戻った。
家の前で両手を挙げて全身に力を込めると、全身にエネルギーが満ちた感じがした。
家では既に木製のテーブルの上に朝食の準備が出来ていた。
もんちき用のミルクも準備されており、シフィルの肩からテーブルに飛び降りたもんちきは、平たい陶器の皿に注がれたミルクを美味しそうに、上品に小さな木製のスプーンを使用して器用に飲んでいる。
このミルクはシシリーの家で採れたものだ。シシリーのうちでは飼っている牛のミルクを販売もしている。
牛肉も販売していて、それをシシリーがナイフを振り回して手際よくさばいているのを見たときは、背筋が凍り、話しかけられずにその場を離れたのは苦い思い出である。
焼けたばかりのパンを母が木製の皿に載せて手渡すと、手作りのイチゴジャムを付け一気に頬張る。
その傍らでは、母が忙しそうに、何かを縫い繕いっていた。
シフィルは母との二人暮らしであった。正確にいうと、二人と一匹での生活が続いている。
小さい木造の建屋は二人と一匹にちょうどいい大きさ。ところどころ傷んでいるが、それを丁寧にシフィルが修復した。
シフィルの記憶には父は無かった。小さい頃からいつも二人と一匹であり、その生活に疑問を抱いてはいなかった。
本当にいつも母には世話になっている。
「今日は試験の日ね、がんばってね。」
縫物をつづけながら、振り向かずに言う。
「わかってる。」
短くシフィルが返した。
「おいしかった満足満足。」
もんちきも続けた。
食べ終え、食器を自分で洗って水を切り、片づけて一息つくとすぐに自分の部屋へと戻る。
使い古した木刀を持ち、いくつかの本をカバンにつめた。
そして、その木刀をじっと構えてから少し静止して全身に力を込めると、少し弱めに、聞こえないようにため息をつく。
「行ってきます。」
母に聞こえるか、聞こえないかの声の大きさで伝えると、シフィルは重い足取りで試験場所へと向かった。
「気を付けてね。」
少し大きな声で母の声が聞こえる。
シフィルの右肩にちょこんと座っているもんちきも少し緊張した面持ちで、シフィルの肩をポンポンと叩いた。
試験場はシフィルの家からすぐ近くにある、ファルス長老が営んでいる剣術の道場で実施される。
ちなみにファルス長老とは、このファルス村長を継いだものの肩書きで、本名ではない。
その言葉通り、このファルス村で一番偉いのがファルス長老である。
試験は、自分の誕生日に実施される。
この試験は、男女ともに13歳から受けることが可能であり、この試験を合格すると、大人として認められる。
村の外に出るのも、この試験を合格すると許されるのである。
儀式的な意味合いが強いため、よっぽどのことが無い限り、合格することになっているが、シフィルは3回目の挑戦であった。
「ああ、大丈夫だよ。気分転換になるから。」
応えると同時に素早くシシリーの足元に山盛りに積まれていた、茶色く細かく刻まれた肉とも魚とも思える不思議なにおいのする物体を、スコップでバケツに詰め込んだ。
シシリーはまた、ニコっと笑う。
「ありがと。じゃ、あの子達にご飯をあげてくれる?お腹空いたーっ早く食べさせてくれーってうるさいのよ。お願いね。」
あの子達とは、広い柵の中で一緒に育んでいる鶏、猫、犬、牛などの動物だけでなく、大きく掘られた池の中で跳ねる魚たち、そして朝顔、ひまわりなど季節に関係なく咲く花たちも含んでいる。
シシリー一家が育んでいるペットのことで、動物病院の客が育てられなくなったり、動物が子供を産んで貰い手が無かったときに、えさ代の支払いを受け、引き取っているらしい。
同じ庭で育てているが、不思議とけんかもせず、放し飼いでもけっして逃げないそうだ。
そしてペットのえさは、動物医師であるシシリーの父の発明商品『なんでもフード』という獣も鳥も魚もどのような生物でも食べるえさのおかげで、区別することなく、楽に与えられる。
シフィルがえさを入れたバケツを両手に抱えて、木の柵を登って中に入った瞬間、そのペット集団がバケツめがけて駆け寄ってくる。
何度も経験しているが、真っ先に牛が角を突き出して自分めがけて駆け寄るのは心臓に悪い。
バケツを投げるように置いてすばやく柵の外へ飛び駆け逃げる。
もんちきは、一本の柵の上で座ってくつろいでシフィルとその動物たちのやり取りを笑っている。
すべてのペットが好き嫌いなく、仲良く食べる便利なえさだ。池の中に放り込めば、当然魚のえさとなる。
それよりも植物は水をまくだけで済むのだからもっと楽だが。
ちなみに、このエサは植物の肥料にもなるらしい。
「ありがと。」
シシリーが水撒きを終え、じょうろを縦に強く振って水を外に全部出しながら、餌にがっつくペットたちを仕事を終えて満足した笑顔でぼーっと眺めているシフィルの横へ近づいた。
「今日の試験頑張ってね。」
ついついつられて笑顔になるシフィル。
近づいた体温をわずかに感じると、自らも少しだけ、気付かれないように小さく、ぎこちなく近づいてから、大きくうなずく。
それから何気ない話をして、自宅へ戻った。
家の前で両手を挙げて全身に力を込めると、全身にエネルギーが満ちた感じがした。
家では既に木製のテーブルの上に朝食の準備が出来ていた。
もんちき用のミルクも準備されており、シフィルの肩からテーブルに飛び降りたもんちきは、平たい陶器の皿に注がれたミルクを美味しそうに、上品に小さな木製のスプーンを使用して器用に飲んでいる。
このミルクはシシリーの家で採れたものだ。シシリーのうちでは飼っている牛のミルクを販売もしている。
牛肉も販売していて、それをシシリーがナイフを振り回して手際よくさばいているのを見たときは、背筋が凍り、話しかけられずにその場を離れたのは苦い思い出である。
焼けたばかりのパンを母が木製の皿に載せて手渡すと、手作りのイチゴジャムを付け一気に頬張る。
その傍らでは、母が忙しそうに、何かを縫い繕いっていた。
シフィルは母との二人暮らしであった。正確にいうと、二人と一匹での生活が続いている。
小さい木造の建屋は二人と一匹にちょうどいい大きさ。ところどころ傷んでいるが、それを丁寧にシフィルが修復した。
シフィルの記憶には父は無かった。小さい頃からいつも二人と一匹であり、その生活に疑問を抱いてはいなかった。
本当にいつも母には世話になっている。
「今日は試験の日ね、がんばってね。」
縫物をつづけながら、振り向かずに言う。
「わかってる。」
短くシフィルが返した。
「おいしかった満足満足。」
もんちきも続けた。
食べ終え、食器を自分で洗って水を切り、片づけて一息つくとすぐに自分の部屋へと戻る。
使い古した木刀を持ち、いくつかの本をカバンにつめた。
そして、その木刀をじっと構えてから少し静止して全身に力を込めると、少し弱めに、聞こえないようにため息をつく。
「行ってきます。」
母に聞こえるか、聞こえないかの声の大きさで伝えると、シフィルは重い足取りで試験場所へと向かった。
「気を付けてね。」
少し大きな声で母の声が聞こえる。
シフィルの右肩にちょこんと座っているもんちきも少し緊張した面持ちで、シフィルの肩をポンポンと叩いた。
試験場はシフィルの家からすぐ近くにある、ファルス長老が営んでいる剣術の道場で実施される。
ちなみにファルス長老とは、このファルス村長を継いだものの肩書きで、本名ではない。
その言葉通り、このファルス村で一番偉いのがファルス長老である。
試験は、自分の誕生日に実施される。
この試験は、男女ともに13歳から受けることが可能であり、この試験を合格すると、大人として認められる。
村の外に出るのも、この試験を合格すると許されるのである。
儀式的な意味合いが強いため、よっぽどのことが無い限り、合格することになっているが、シフィルは3回目の挑戦であった。
28
あなたにおすすめの小説
炎光に誘われし少年と竜の蒼天の約束 ヴェアリアスストーリー番外編
きみゆぅ
ファンタジー
かつて世界を滅ぼしかけたセイシュとイシュの争い。
その痕跡は今もなお、荒野の奥深くに眠り続けていた。
少年が掘り起こした“結晶”――それは国を揺るがすほどの力を秘めた禁断の秘宝「火の原石」。
平穏だった村に突如訪れる陰謀と争奪戦。
白竜と少年は未来を掴むのか、それとも再び戦乱の炎を呼び覚ますのか?
本作は、本編と並行して紡がれるもう一つの物語を描く番外編。
それぞれに選ばれし者たちの運命は別々の道を進みながらも、やがて大いなる流れの中で交わり、
世界を再び揺るがす壮大な物語へと収束していく。
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
『25歳独身、マイホームのクローゼットが異世界に繋がってた件』 ──†黒翼の夜叉†、異世界で伝説(レジェンド)になる!
風来坊
ファンタジー
25歳で夢のマイホームを手に入れた男・九条カケル。
185cmのモデル体型に彫刻のような顔立ち。街で振り返られるほどの美貌の持ち主――だがその正体は、重度のゲーム&コスプレオタク!
ある日、自宅のクローゼットを開けた瞬間、突如現れた異世界へのゲートに吸い込まれてしまう。
そこで彼は、伝説の職業《深淵の支配者(アビスロード)》として召喚され、
チートスキル「†黒翼召喚†」や「アビスコード」、
さらにはなぜか「女子からの好感度+999」まで付与されて――
「厨二病、発症したまま異世界転生とかマジで罰ゲームかよ!!」
オタク知識と美貌を武器に、異世界と現代を股にかけ、ハーレムと戦乱に巻き込まれながら、
†黒翼の夜叉†は“本物の伝説”になっていく!
世紀末ゾンビ世界でスローライフ【解説付】
しおじろう
SF
時は世紀末、地球は宇宙人襲来を受け
壊滅状態となった。
地球外からもたされたのは破壊のみならず、
ゾンビウイルスが蔓延した。
1人のおとぼけハク青年は、それでも
のんびり性格は変わらない、疲れようが
疲れまいがのほほん生活
いつか貴方の生きるバイブルになるかも
知れない貴重なサバイバル術!
最初から最強ぼっちの俺は英雄になります
総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!
『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』
チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。
気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。
「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」
「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」
最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク!
本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
鬼死回生~酒呑童子の異世界転生冒険記~
今田勝手
ファンタジー
平安時代の日本で魑魅魍魎を束ねた最強の鬼「酒呑童子」。
大江山で討伐されたその鬼は、死の間際「人に生まれ変わりたい」と願った。
目が覚めた彼が見たのは、平安京とは全く異なる世界で……。
これは、鬼が人間を目指す更生の物語である、のかもしれない。
※本作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ネオページ」でも同時連載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる