三つの民と神のちからを継ぐ者たちの物語 ヴェアリアスストーリー

きみゆぅ

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第一章 セイシュの民が翔ける黎明の空

4 火のちからを超えたちから

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「あっ・・」

 試験が始まってからお互い初めて声を発した。

 一気に手を振り上げた瞬間、シフィルの手からするりと抜けた火の原石がこの狭い空間へと放り投げられ、赤い放物線を描いた。

 暗い部屋の中で、ファルス長老が目を大きく開いて慌てて駆け出して両手を前に出して飛びつくが、それと全く同じことをしたシフィルと強く接触し、バランスを崩しながらもファルス長老が両手でしっかりと火の石を握りしめる
と、二人ともしゃがみ込む。

「ごめんなさい!」

「・・・」

 ファルス長老がしゃがみ込んだまま、片ひざを立ててゆっくりと手を開いて右の手のひらに火の原石をのせると、それをシフィルに見せつけるように左手で持ち上げて静止させる。

 その姿勢を維持しながら、シフィルの目を一度強く見つめると、ゆっくりと目をつぶる。

 シフィルがそれから起こるであろう何かへの期待を、強くその一点に見つめたまさにその瞬間。

 今までは薄暗く輝いているただの高貴な宝石と同等であった火の原石から、乱暴な赤い光が放射されると同時に、その火の原石を中心点として渦巻き状に火があふれ出る。

 自分が握っていた時は、なにもないただの石であったが、今は、まるで自らの意思で炎を発しているような、まったく異なる物のように炎があふれ出ている。

 さらにさらに炎が溢れ出して、今にも襲い掛かってきそうな敵意のある牙をむいているように感じる。

「・・・」

 その状態で、ファルス長老が無言のままシフィルへと火の原石を差し出す。

 シフィルのからだは、その炎の渦の恐怖で逃げ出したいと考える自分の意思を無視して、操られたように、ゆっくりと引き寄せられる。

 ファルス長老の直前まで意識せずに足が動き移動すると、両手をそろえて合わせ、手のひらを上に向け差し出した。原石から照射される火はさらに増幅されて炎となり、ファルス長老を飲み込む。

 ファルス長老の手がゆっくりとシフィルに近づき、差し出した火の原石を離した瞬間、炎と同時に発せられた赤い光がシフィルの全身を覆い、激しく弾けて赤い光が多数の粒子に分解されると、その赤い光はシフィルの胸の奥に吸い込まれていった。

 火の原石から発せられた炎と赤い光が、そしてろうそくの弱い炎までもシフィルに吸い込まれていく。
 ゆっくりと、徐々に徐々に赤の光を失った部屋が闇に包まれる。

「なんと・・・」

 ファルス長老がぼそっと口に出す。

 ファルス長老の手を離れて炎と赤光を失い、おとなしくなった火の原石がシフィルの指先にわずかに触れると、再び激しく赤く輝いてから、その場でおびただしい炎を生み出す。

 ふと我に返って息を止めると急にこの状況に怖くなったシフィルは、それを放り投げるように手から離し、身をかがめる。

 投げ出された火の石は、鈍い音を立てて床へと落ち、二つの欠片に割れてしまった。

「ああああああああああああっ!」

 驚いた表情をして、慌ててその欠片の大きい側を拾いあげたファルス長老が目をキョロキョロさせて動揺をわかりやすくからだで表す。

 それと同じタイミングで、元の大きさの1/5程度の小さい欠片をシフィルが指で触れると、今まで感じたことのない焼けるような感触がシフィルの指先に走る。

 同時に、まばゆい炎がその小さな欠片から産まれた。

 その炎は先程のファルス長老の炎よりも激しく、一瞬で大きく部屋全体を包み込んでいった。

 ただし、それは熱く苦しく不快に感じない優しい炎。昔から自分のからだの一部だったかのような懐かしさを感じる炎。

 わずかではあるが、不思議なことに自分の意思に沿ってその炎の形状を変えることができたような気がした。
 唖然とするファルス長老を尻目にシフィルは夢中になってその石を握り締め、色々試した。

 いままで、どうやっても、ただの石ころのようにしか思えなかったものが、今は自分を主として認めてくれたかのように、自分の意志を反映して操ることができた。

 ファルス長老はそれを不思議そうに、そして口元に笑みを浮かべてそれを凝視していた。

 シフィルがファルス長老のほうを向いて満足気な、得意げな表情を浮かべると、名残惜しそうに火の石のかけらを返すように手を差し出し、今までの成果を見せるために、渡す手前でちからを込めた。
瞬時に爆発したようにその空間を炎がすべて覆い隠す。

 ファルス長老は一度仰け反ってから。その炎を指で包み込むしぐさをすると、掌に炎が集まり、掌を握り締めてそれを消し去る。

 再び部屋の中が暗闇に包まれる。

「その小さな方の欠片はやるよ。」
 ファルス長老は床から拾い上げた4/5の欠片を両の手のひらで包み込み、思いっきり力を込めた。

 強い赤い光と高温の熱があふれると、その炎をおにぎりを握るように手で包み込んで、ぎゅっとちからを込めてから広げる。そこには形こそ元の火の原石と同じだが、一回り小さい火の原石が薄っすらと赤い光を放っていた。

「石が割れたってことは内緒な。代々伝わる火の原石に傷をつけてしまった。あと、あれだ、試験は合格だ。絶対火の原石のことは誰にも言うなよ。既に分かっていると思うが、この部屋に結界が張ってあって、この中の火は熱くないんだ。結界外でやったら大変な事になるから、非常時以外は使うなよ。本当に火の原石のことは言うなよ。」

 ファルス長老は、今度はシフィルの持っていた小さな火の原石のかけらを受け取ってそれに力を込めて握り締めた。すると小さく綺麗な球状の火の原石となり、それをシフィルに丁寧に手渡す。

 シフィルは頭を深く下げて、厳かにそれを受けとり、握りしめる。

「本来、父親から火の石を受け継ぐものだがな。特別だ。」

 ファルス長老のおとなしい、やさしい言葉に、ようやく合格を実感すると、全身が小さく震えて胸の奥から温かい心躍る何かが体中を包む感触が溢れていた。
 我慢ができず、こぶしを握りしめて全身にちからを込めてその喜びに耐えた。

「別に我慢する必要はない。おめでとう。合格だ。」

 ファルス長老が扉を開くと、外からの光が一斉に中に入り込んでくる。

「はい!!ありがとうございます!」

 シフィルはファルス長老に向かい、姿勢を正して直立し、それから深く一礼すると、喜んで部屋を駆け足で飛び出していった。

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