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第一章 セイシュの民が翔ける黎明の空
19 すべての放出
しおりを挟むだが。
どこからか突進したイノシシが再びすぐに周囲を覆いつくすと、ルタに襲い掛かる。
ゆっくりと、ふらつきながら無表情のまま必死で火の壁へと戻るルタに狙いを定めて、獣の群れが一斉に襲い掛かる。
「早く!」
倒れた誰かの火の石を握り締めたシフィルが火の壁を飛び越えてルタに近づくと、その石に力を込める。
だが、何も反応を示さない。
諦めて持っていた剣で威嚇しながらルタを抱えると、そのまま火の壁に突っ込んだ。
それを示し合わせたように、その部分だけ火力を低下させて、シフィルとルタを受け入れる。
雨はさらに降り続き、激しい雷鳴と電光が繰り返されると、雷雨の勢いと襲撃の恐怖に負け、やがて火の壁が薄くなる。
ファルス長老の言葉を頼りに、最後の力を振り絞って火の石のちからを火の壁に注ぎ込む者達でも、ちから尽き倒れるものが現れた。
ルタもシフィルに摑まり、足元をヨタヨタとさせながらも、歯を食いしばって火の壁を維持している。
火も弱火となり、すでに壁の意味をなさなくなってきた頃。
ついに一点からイノシシが侵入すると、そこから大量のイノシシが入り込んで、体力を消耗しきった火の壁の中の者たちを次々に吹き飛ばしていった。
それは、堰き止めていた水が一気に入り込んだのと同じ状態である。
ルタは倒れ、意識をもうろうとさせながらも、火の石を握りまだ注いでいた。
「ルタ!」
シフィルの横で倒れかけていたルタがイノシシの突撃を受け、その衝撃で吹き飛ばされる。
シフィルが飛びついて器用に意識の無いルタを抱きしめると、そのまま着地して、道場の入り口の前にルタを置き、剣を両手で握り締め、突進するイノシシの群れを防ぐ。
それも膨大な数の敵に対して、ささやかな抵抗であった。ほとんど狂乱化したイノシシに傷を与えても止まらず、どうにもならなかった。
目の先では、多くの者たちがイノシシに踏みつけられ、激突されて吹き飛ばされ、逃げ出し、もう陣形も無く統率も無く、シフィルもどうなっているか判断できない状況になっている。
激しく駆け回るイノシシ達が道場へも激しくからだをぶつけ、突破を狙っている。
その時、道場の入り口から、激しい炎が一面に渦を巻いて放射された。
もはやそれは敵なのか味方なのかも判断できず、戸惑う。
「全員、道場に入れ!避難しろ!そして衝撃に備えろ!」
ファルスが持っている赤く光る石は、今までとは格段の威力の炎を生み出し、周囲の雨を昇華させて熱を感じさせる。
道場で大切に保管され、外への持ち出しの禁じられたはずの火の原石は、火の石とは比較できないほどのちからを秘めていたことに、シフィルは心強く感じた。
それに後押しされるように、一人で暴れるシフィルを大声で戻るように叱ると、手招きしてファルス長老が持っていたシフィルの火の原石を手渡す。
「それを道場内の原石が保管されていたところに戻してくれ。火の結界が戻る。」
「はい。」
シフィルがうなずく。
それにファルス長老もうなずく。
お互いがお互いを強く見つめたわずかな時間。
もう一度シフィルが強くうなずくと、一直線に道場内へと入っていった。
ルタも既に退避する者達に連れられて、道場内へと入り、道場の外にいるのはファルスのみである。
ファルスの生み出す炎は、強大な火の壁を作り出し、それだけでなく周囲へ激しい炎が噴き出している。
笛の音が響くと、その火の壁に向かってイノシシ達、他の獣たちも一斉に襲い掛かる
「これは、私の罪か。代々継いだ火の原石を失うとは。」
ファルス長老がちからをフッと抜くと、火の壁が完全に消える。
それと相対して、道場からはやわらかな炎の結界のちからを感じる。シフィルの持つ火の原石の欠片が放つ小さな結界。
それを不思議とも思わずに飛びかかるように100頭以上の狂乱化した獣がファルスに襲いかかった。
イノシシ同士がぶつかり、転倒するものもあるが、震えるからだで、激しい勢いで、死をも恐れない叫びでファルス長老へ迫った。
濁流が木を飲み込むかのように、獣の群れがファルスを飲み込む。
「火の原石よ。そのちからをすべて放出する!!!!!!!!」
結界内にいたシフィル達は何が起こったか判らなかった。
ただ、この世の終わりのような爆発が起き、地鳴りがして、激しい地震が起き、激しい炎が巻き起こった。
結界内までも激しい熱が伝わる。ただ、頭を抱え、早くこの地獄のような状態から抜け出したいと思った。
再び結界内に今までに無い激しい揺れが起こる。
そして・・・シフィルは全身を打ち付けたからか、疲れからか、それとも生きることを諦めてしまったからか、気を失うように眠りについていた。
これが夢であってくれと思いながら。
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