三つの民と神のちからを継ぐ者たちの物語 ヴェアリアスストーリー

きみゆぅ

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第一章 セイシュの民が翔ける黎明の空

28 12日前 研究者

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 12日前のこと。

 今回のシフィルのように一人の青年がふらりとこの村を訪れた。

 その青年は水の研究に来た学者であると自らを紹介したという。

 笑顔が似合う、真面目そうな好少年というのが、村人の第一印象であった。

 この村は、旅人はどんな理由でも受け入れる習慣があり、それは広く知られていたため、他の民族含めて旅の者が訪れることが多く、何の疑問も持たず宿を提供した。

 その点、火の村ファルスよりも他民族との交流は盛んであったといえよう。旅人は無償で、商人は有償で宿を提供するという決まりもあるらしいが。

 人口約70人の水の民の村ランドールであるが、多い時は人口が旅の者を含めて150人を超えることもあり、客人のほうが多いことすらあるらしい。
 
 特に観光地というわけでもないが、水の村の名にふさわしい深く透明な川が村中に流れており、その水は大変美味で健康にも良いといわれている。宿泊して治療にあたる者も少なくない。

この村の水を求めて数日かけて遠くから訪れる商人も多数おり、それらを対象とした宿泊設備は多く整えられている。

 その青年は熱心に、たくさんの場所から水をサンプリングし、見たことのない装置を用いて何かを分析していた。

 その特殊装置を用いた本格的な研究に興味を持った村人も献身的に協力できることは進んで行い、徐々に他愛のない会話もするなど、距離感を近づけた。

 だが、何を研究しているかは後での楽しみとして、決して教えてくれなかった。

 昼夜を通した研究が続いた4日後(今から8日前)のこと。

 研究が完了し、その結果を報告するので興味があれば村の南の広場に集まって欲しいとの連絡があった。

 何の研究をしているか、とても気になっていた村人は、大変喜びでほぼ全員が指定された時刻を待たずに村の南の広場に集まった。

 村人だけでなく、商人やたまたま訪れていた旅人まで集まり、その広場は人で溢れかえっていた。 

 その南の広場というのは、村の一番の高台であり、この村の水の湧く拠点ともなっているところで、村では神聖な場所とされているところである。

 普段であれば、そのような神聖な場所を貸し出すことはないのだが、今回は多くの村人が賛成し、今回限りの特別扱いとして、許可が得られた。

 その日は雲の無い晴天で、太陽の光が川の水に反射させてきれいに輝いて眩しいぐらいだった。

 これが、水の村ランドールの最後の輝きだった。

 告知した予定通りの時刻に、高台である南の広場に複数飾られた岩石の中でも最も大きい岩に青年が登ると、一斉に歓声が上がった。

 青年は、その岩に直立して深くお辞儀をすると、大きく息を吸い込んで、全員に声が届くように大きな声で話し始めた。

「皆さま、大変すばらしい研究をさせていただき、光栄であります。また、この研究に多くのご協力をいただき、感
謝いたします。そこで、粗末なものではございますが、皆様に研究の成果を報告させていただきたいと思います。」

 集まった人々を見下ろしその反応を楽しむように、少しうつむくように笑うと、大きな紙を広げた。

 今思うとその笑顔には、深い意味があったのではないかとおばばは痛感する。
 
 その紙にはこの村全体の地図が書いてあり、細かく水の純度、おいしさ、栄養素、健康への影響などが各地点ごとに数値化されており、純粋にそれはすばらしい研究の成果であった。

 近づいてその地図を多くの者が眺め、あるものは書き写したり、感動でぼーっと眺め続けたりと人それぞれの反応があった。

「私は、もうすぐ他の拠点へと移りますが、この結果の写しはおいていきますので、ご自由にお活用ください。」

 その青年が深く頭を下げて報告を終えると、一斉に拍手が鳴り響いた。

 ただ、地図の中に、一カ所だけ、×印が記載された場所があり、その説明は何もなかった。 

 その×の位置は、村の北にある村長の家、この南の広場から最も遠い位置であり、このなかで、唯一陸地に印がつけられていた。

「そこの×は、何を示しているんですかい?」

「・・・そうですね。どうしましょうか?」

 誰かの問いかけに、逆に問い返すと、複雑な心境を示すような、苦笑いと表情を浮かべた。

 その意味に皆が戸惑うと、少し考える仕草をしてから、村の長であるサルダ・ランドールを指さした。

 観衆の視線が一点にサルダに集まると、照れるように長い白いひげをいじりながら、考え、とまどうサルダ。

 その表情が一瞬にして凍り付く。

「まさか!」

「・・・申し訳ありません。これが役目なもので。」

 その青年が一度うなずき、真顔で頭を深く下げると、胸の部分に葉の紋章が描かれている黒色厚手のコートを纏い、フードを被った。

「何が目的だ!!!」

 研究成果報告の和やかな雰囲気を一気にかき消すサルダの怒声・咆哮が人々の動きを一斉に静止し、すべての視線を向けさせる。

 それに対して、ただ集まった人たちにその青年が深く一礼をする。

「私の目的は、おそらくあなたの予想通りです。」

「奴を捕えろ!」

 サルダの突然の叫びと指示に戸惑って誰も動きだせないことを即座に悟ると、サルダ自身が懐から青色の石を取り出して、その石を青年に向けて構える。

「動くな!」

「さっきから動いていないですよ。」

 青年は再びサルダに向かって礼をすると、持っていた地図を広げたまま上の部分を両手でつまんで自分の姿を隠すように持ち上げると、そのまま手を放した。

 支えを失ったその地図はゆらゆらと風になびいて空中を流されていくと、気付いたら既に青年の姿はなかった。
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