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第一章 セイシュの民が翔ける黎明の空
39 火と水の遺恨
しおりを挟むどこからか、トントントンと窓を補強する音が聞こえる。
「おばばたちはこの後どうするんだ?ここに残るのか?」
もんちきが聞いた。周囲の水の村の民も不安そうに見つめる。
「火の村を頼ろうと思う。」
予期せぬ回答であった。
「・・・そうか、おばば、ファルス村の隣にある火の村知ってるよな?少し小さい方だ。そこにファルス長老とシフ
ィルの母親がいると思うから、それを頼ってくれ。そうだな、念のためこれを持っていってくれ。」
シフィルに皮の袋から小さな剣を取り出させる。親指ほどの大きさで、もんちきにシフィルの母がもたせたものであった。
「一応証拠があったほうがいいだろう。」
おばばが受け取ると、深く頭を下げた。
「気をつけろ。」
怖い顔でもんちきがおばばに声かける。それを真剣な顔でうなずく。
それは、付き合いの長いシフィルも見たことのないもんちきの表情。
少し背筋がぞくぞくという悪寒を感じるくらいもんちきの表情は怖かった。
結局、他に行く当てのある者は、そこを頼り移り住み、当てのない者はおばばと一緒に火の村へ移動することとなった。
ポッポとチッチもおばばと一緒に火の村を目指すことになった。
今日は準備に時間を割き、また体を癒して、明日、お互いに旅立つことをサチが決めると、それを皆が素直に受け入れた。
どこかでまだ、トントントンと窓を補強する音が聞こえた。
それは、これから空虚になるこの村への、最後の、今までの礼であろうか。
それとも、また戻ってくるという意思であろうか。
いずれにしても、シフィルには悲しい音に聞こえた。
その晩、おばばの屋敷へと戻ったシフィルともんちきが、横になって体を休めていた。
おばばは、明日の準備があるからと、サルダの屋敷に残っている。
どこか、浮かない顔をしているもんちきが、時々ため息をついて、おとなしく穴の開いた天井を眺めている。
「なに考えてるんだ?」
「明日の食事のことだ。」
「嘘だろ?」
「・・・」
もんちきはここだけの話だからと強く念を押し、静かに話し始めた。
「昔から、簡単に言えば火の村の民は水の村の民を嫌っているんだ。嫌っているというか、憎んでいるんだ。ずっと前から異常な程に。おそらく、水の民も火の民を嫌ってる。」
「・・・」
どこか、先程までの水の民の振る舞いに合点がいく。シフィルがうなずく。
「そこで、最近、まあ、シフィルが生まれる前の話だ。火の村の民と水の村の民の関係を修復しようとする試みがあってな。その時の火の村代表が今の村長のファルスで水の村代表がサルダとおばばだ。そこでおばばと知り合った。」
「それで?」
「はじめは、ぜんぜんぎこちなくてうまく進まなかったが、繰り返し交流を重ねることで、徐々に商売や医療の交流から歩み寄っていって、もう一歩で問題解決というところまでいったんだ。」
「でも、今は水の村との交流がないということは?」
「・・・うまくいかなかった。水の村の民が火の村へ向かう途中に何者かに襲われ10人のうち、7人が殺され、残
りの3人も重傷を負った。後の調査で火の村の民の仕業というのがわかった。理由は解明できなかったが、火の村には水の村との交流に反対な勢力があったらしい。即座に交流の話はなくなった。それから今まで一度も水の村と表向きには交流はない。」
「そんな・・・じゃあ、おばば達が火の村へ向かうのは危険じゃないか!」
「ファルス村長やシフィルの母が守ってくれることを期待するしかない。このままここにいても生きていけないし、他に行くところが無いんだ。水の民は旅人の受け入れなど、一見交流が広いようにも見えるが、実は他の民族をどこか敵視して、心を開かない。だから、こんなときに助けてくれる人を作ることもできない。まあ、火の民も、セイシュの民というのは皆が、似たようなものだけどな。」
「でも、それなら火の民のところじゃないところへ行った方がいいじゃないか。」
「だから、頼れる者がいないんだ。ただ、ファルス長老や一部は水の民のと交流は前向きだったからな。特に水の医療は優れていて、その技術は今でも欲しいだろう。ファルス長老がうまく取りまとめてくれるのを期待するしかないんだろうな。」
「それなら、ここに留まって村を復興させればいいじゃないか。」
「ここの水はまだ枯れてはいない。だが、このままでは死を待つだけだ。それも彼らはわかっているだろう。」
「どうにかならないかな。」
心配で眠れないまま、夜が明けた。
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