三つの民と神のちからを継ぐ者たちの物語 ヴェアリアスストーリー

きみゆぅ

文字の大きさ
43 / 104
第一章 セイシュの民が翔ける黎明の空

43 絶対やりかえそうね

しおりを挟む

 離れたところで、小刻みに息を何度が吸う吐くを繰り返してから、大きく息を吸って呼吸を止めると、少女の父親は走り出し、素早くおばばを肩に乗せて抱え、両手でチッチとポッポを乱暴に掴むとそのまま走り抜けた。

 その後を追うように少女も走り抜ける。

「あなた方も早く」

 水の民に少女がささやくと、何もわからないまま、水の民全員が少女の父親を追うように一斉に走り出した。

 それを少女は確認すると、持っていた草の束に火をつけて火の村の村長に投げつけた。

 燃えた草の束から黒煙が立ち昇り、一瞬にしてその場を覆い隠してしまう。

 鷹の羽ばたいた白い粉と、その黒煙の影響により、火の村の民の視界を遮る。

「逃げたぞ!追え!追え!」

 口と目を覆って火の村の村長が叫ぶが、他の者も黒煙で何も見えずに、目に染みる激しい刺激で地面にうずくまって動けない。

「追え!捕まえろ!このことが他の民に知れたら火は大打撃だ!」

 火の村の村長のが叫んだ。

「水にしてやられたと、弱みを見せたら、火の立場が!!!!」

 再び火の村の村長が叫ぶ。

 だが、皆、その場に目と口を覆い隠して立ち尽くすしかできなかった。

 
 どれくらい走っただろうか。

 火の村の民の追跡を恐れた水の民は、そのまま暗くなるまで半日走り続けた。

 その間、少女の父親は、走りながらもわずかな休憩を利用しておばばの傷の応急処置を適切に施した。

 やがて、高い樹木が茂り、小さな川が流れている場所に着く。

 地図も無く走り続けたため、具体的な場所はわからないが、ようやく身を隠せるところにたどり着いた。

 周囲に見張りをつけながらも、しっかりとした休憩をとる。

 安堵からか、皆がその場に崩れ落ちる。

「礼が遅れました。どなたかわかりませんが、ありがとうございます。」

 起き上がろうとするおばばを、少女の父親は、両手でそれを遮り、ゆっくりと横に寝かす。

 他の水の民も一斉に感謝の言葉を口にする。

「僕何か悪いことしたの?」

 ふと、目を覚ましたポッポが頭を抑えながらささやいた。

「あなたは悪いことはしていない。」

 少女が答える。

「じゃあ、なぜ叩かれたの?痛かった。」

 チッチの素直な疑問が少女を苦しめる。しばらくの沈黙の後、少女が口を開いた。

 いつのまにか、見張りの者達も含めて、全員が集まっていた。

「私もわからない。」

「ねぇ、なんで。わかんない。わかんないよ。」

 安心したのか、急に涙声になるポッポが両手を握って、チッチをかばう様にその少女の前に立つ。
 そこへ、その少女の父親がゆっくりと複雑な表情で進み、チッチとポッポの頭を撫でた。

「あの火の村の村長は、幼いころに父親と一緒に水の村の民に襲われたことがあるそうだ。だから水の民が嫌いなのだろう。」

 静かに考え込むその少女の父親。

「でも、僕はあの人になにもしてないよ。わかんないけど、腹が立つ。おばばとポッポにあんなことされて、悔しいよ。」

「そうして、今度はあなたがやり返す。そうしたらその相手がまた他の人にやり返す。これが、あなたが傷つけられた原因かしら。」

「おねえちゃん、わかんないよ。じゃあ、どうすればいいの?」

「今日は寝ましょう。私もわからない。ううん、私だけじゃなく、世界中の人がわからないはず。だから・・・。」

「えーっ?本当にわからないよ。」

 そのまま、木々に覆われた中で水の民は静かに眠りについた。


 翌日、その場に少女とその父親の姿は無かった。
 ただ、薬とポッポとチッチに宛てた手紙が残っていた。

 その手紙の内容は、今のポッポとチッチには理解できなかった。

 だけど、この手紙が理解できるまで、大人になるまで、大切にとっておくことにした。

『今の私には方法がわかりませんが、憎しみと悲しみの鎖がどこかで断ち切られるよう祈っています。世界中のみんなが仲良く暮らせるように。』

 だが、その少女の願いとは反対の方向へ、この出来事は悪意を持って誇張され、広く世に知れ渡ることになる。

 そして、火の民と水の民の関係は修復不可能なものとなり、それが、さらに大きな争いを生むことになる。

 さらにひとつ、火の民にとある情報が流れる。

『少女とその父親が火の民を裏切り、水の民に加勢したため、火の民は大きな被害を受けた。今回の事件はその少女の裏切りが生んだ事である。必ず捕まえてその償いをさせるべし。少女の名は滅びたファルス村のシシリー。火の民は報復するべし。これは火の誇りを守る戦である。』

 火の村の長はすべての罪をシシリーに擦り付けたのである。

 真実は、ただ水の村の民が火の村を訪れて、去っていっただけの出来事であったが、やがて火の村の村長が水の村の民に撃退されたとの情報があらゆる方面へと広まったことが、物事が複雑化した原因である。

 それは水の民が報復として流した情報だった。

 食べ物も、水も、さらに衣服さえ奪われた水の村の民は、火の村の民に強く深い恨みを抱き、いずこかへ消えていった。

 このことが、ポッポとチッチに大きな影響を与えることになるのだが、それはまた別の話である。


「許せないよね。」

「うん。絶対やりかえそうね。」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

炎光に誘われし少年と竜の蒼天の約束 ヴェアリアスストーリー番外編

きみゆぅ
ファンタジー
かつて世界を滅ぼしかけたセイシュとイシュの争い。 その痕跡は今もなお、荒野の奥深くに眠り続けていた。 少年が掘り起こした“結晶”――それは国を揺るがすほどの力を秘めた禁断の秘宝「火の原石」。 平穏だった村に突如訪れる陰謀と争奪戦。 白竜と少年は未来を掴むのか、それとも再び戦乱の炎を呼び覚ますのか? 本作は、本編と並行して紡がれるもう一つの物語を描く番外編。 それぞれに選ばれし者たちの運命は別々の道を進みながらも、やがて大いなる流れの中で交わり、 世界を再び揺るがす壮大な物語へと収束していく。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

『25歳独身、マイホームのクローゼットが異世界に繋がってた件』 ──†黒翼の夜叉†、異世界で伝説(レジェンド)になる!

風来坊
ファンタジー
25歳で夢のマイホームを手に入れた男・九条カケル。 185cmのモデル体型に彫刻のような顔立ち。街で振り返られるほどの美貌の持ち主――だがその正体は、重度のゲーム&コスプレオタク! ある日、自宅のクローゼットを開けた瞬間、突如現れた異世界へのゲートに吸い込まれてしまう。 そこで彼は、伝説の職業《深淵の支配者(アビスロード)》として召喚され、 チートスキル「†黒翼召喚†」や「アビスコード」、 さらにはなぜか「女子からの好感度+999」まで付与されて―― 「厨二病、発症したまま異世界転生とかマジで罰ゲームかよ!!」 オタク知識と美貌を武器に、異世界と現代を股にかけ、ハーレムと戦乱に巻き込まれながら、 †黒翼の夜叉†は“本物の伝説”になっていく!

世紀末ゾンビ世界でスローライフ【解説付】

しおじろう
SF
時は世紀末、地球は宇宙人襲来を受け 壊滅状態となった。 地球外からもたされたのは破壊のみならず、 ゾンビウイルスが蔓延した。 1人のおとぼけハク青年は、それでも のんびり性格は変わらない、疲れようが 疲れまいがのほほん生活 いつか貴方の生きるバイブルになるかも 知れない貴重なサバイバル術!

最初から最強ぼっちの俺は英雄になります

総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。 気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。 「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」 「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」 最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク! 本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった! 「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」 そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく! 神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ! ◆ガチャ転生×最強×スローライフ! 無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!

鬼死回生~酒呑童子の異世界転生冒険記~

今田勝手
ファンタジー
平安時代の日本で魑魅魍魎を束ねた最強の鬼「酒呑童子」。 大江山で討伐されたその鬼は、死の間際「人に生まれ変わりたい」と願った。 目が覚めた彼が見たのは、平安京とは全く異なる世界で……。 これは、鬼が人間を目指す更生の物語である、のかもしれない。 ※本作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ネオページ」でも同時連載中です。

処理中です...