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第一章 セイシュの民が翔ける黎明の空
43 絶対やりかえそうね
しおりを挟む離れたところで、小刻みに息を何度が吸う吐くを繰り返してから、大きく息を吸って呼吸を止めると、少女の父親は走り出し、素早くおばばを肩に乗せて抱え、両手でチッチとポッポを乱暴に掴むとそのまま走り抜けた。
その後を追うように少女も走り抜ける。
「あなた方も早く」
水の民に少女がささやくと、何もわからないまま、水の民全員が少女の父親を追うように一斉に走り出した。
それを少女は確認すると、持っていた草の束に火をつけて火の村の村長に投げつけた。
燃えた草の束から黒煙が立ち昇り、一瞬にしてその場を覆い隠してしまう。
鷹の羽ばたいた白い粉と、その黒煙の影響により、火の村の民の視界を遮る。
「逃げたぞ!追え!追え!」
口と目を覆って火の村の村長が叫ぶが、他の者も黒煙で何も見えずに、目に染みる激しい刺激で地面にうずくまって動けない。
「追え!捕まえろ!このことが他の民に知れたら火は大打撃だ!」
火の村の村長のが叫んだ。
「水にしてやられたと、弱みを見せたら、火の立場が!!!!」
再び火の村の村長が叫ぶ。
だが、皆、その場に目と口を覆い隠して立ち尽くすしかできなかった。
どれくらい走っただろうか。
火の村の民の追跡を恐れた水の民は、そのまま暗くなるまで半日走り続けた。
その間、少女の父親は、走りながらもわずかな休憩を利用しておばばの傷の応急処置を適切に施した。
やがて、高い樹木が茂り、小さな川が流れている場所に着く。
地図も無く走り続けたため、具体的な場所はわからないが、ようやく身を隠せるところにたどり着いた。
周囲に見張りをつけながらも、しっかりとした休憩をとる。
安堵からか、皆がその場に崩れ落ちる。
「礼が遅れました。どなたかわかりませんが、ありがとうございます。」
起き上がろうとするおばばを、少女の父親は、両手でそれを遮り、ゆっくりと横に寝かす。
他の水の民も一斉に感謝の言葉を口にする。
「僕何か悪いことしたの?」
ふと、目を覚ましたポッポが頭を抑えながらささやいた。
「あなたは悪いことはしていない。」
少女が答える。
「じゃあ、なぜ叩かれたの?痛かった。」
チッチの素直な疑問が少女を苦しめる。しばらくの沈黙の後、少女が口を開いた。
いつのまにか、見張りの者達も含めて、全員が集まっていた。
「私もわからない。」
「ねぇ、なんで。わかんない。わかんないよ。」
安心したのか、急に涙声になるポッポが両手を握って、チッチをかばう様にその少女の前に立つ。
そこへ、その少女の父親がゆっくりと複雑な表情で進み、チッチとポッポの頭を撫でた。
「あの火の村の村長は、幼いころに父親と一緒に水の村の民に襲われたことがあるそうだ。だから水の民が嫌いなのだろう。」
静かに考え込むその少女の父親。
「でも、僕はあの人になにもしてないよ。わかんないけど、腹が立つ。おばばとポッポにあんなことされて、悔しいよ。」
「そうして、今度はあなたがやり返す。そうしたらその相手がまた他の人にやり返す。これが、あなたが傷つけられた原因かしら。」
「おねえちゃん、わかんないよ。じゃあ、どうすればいいの?」
「今日は寝ましょう。私もわからない。ううん、私だけじゃなく、世界中の人がわからないはず。だから・・・。」
「えーっ?本当にわからないよ。」
そのまま、木々に覆われた中で水の民は静かに眠りについた。
翌日、その場に少女とその父親の姿は無かった。
ただ、薬とポッポとチッチに宛てた手紙が残っていた。
その手紙の内容は、今のポッポとチッチには理解できなかった。
だけど、この手紙が理解できるまで、大人になるまで、大切にとっておくことにした。
『今の私には方法がわかりませんが、憎しみと悲しみの鎖がどこかで断ち切られるよう祈っています。世界中のみんなが仲良く暮らせるように。』
だが、その少女の願いとは反対の方向へ、この出来事は悪意を持って誇張され、広く世に知れ渡ることになる。
そして、火の民と水の民の関係は修復不可能なものとなり、それが、さらに大きな争いを生むことになる。
さらにひとつ、火の民にとある情報が流れる。
『少女とその父親が火の民を裏切り、水の民に加勢したため、火の民は大きな被害を受けた。今回の事件はその少女の裏切りが生んだ事である。必ず捕まえてその償いをさせるべし。少女の名は滅びたファルス村のシシリー。火の民は報復するべし。これは火の誇りを守る戦である。』
火の村の長はすべての罪をシシリーに擦り付けたのである。
真実は、ただ水の村の民が火の村を訪れて、去っていっただけの出来事であったが、やがて火の村の村長が水の村の民に撃退されたとの情報があらゆる方面へと広まったことが、物事が複雑化した原因である。
それは水の民が報復として流した情報だった。
食べ物も、水も、さらに衣服さえ奪われた水の村の民は、火の村の民に強く深い恨みを抱き、いずこかへ消えていった。
このことが、ポッポとチッチに大きな影響を与えることになるのだが、それはまた別の話である。
「許せないよね。」
「うん。絶対やりかえそうね。」
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