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第一章 セイシュの民が翔ける黎明の空
84 お馬さん
しおりを挟む多くの人に囲まれながら、王の間を出て、レグランドフィア城の入り口まで歩いていく。
城門には既に馬が準備されていた。
当然サチには愛馬サチーンが準備されていた。既に馬小屋の番人ともサチは仲良くなったらしく、馬の世話について、馬の性質について詳しく学んだという。
体調管理方法、治療方法や餌になるもの、今まで実施した訓練などを記載した厚いノートをその馬小屋の番人から受け取ると、サチがその番人の手を握って礼を言った。
「ありがとう。同士よ。」
「サチーンをよろしく頼む。大切にしてやってくれ。」
そのサチの言葉に馬の番人もどこか目を潤ませながら固く手を握り強く抱き合う。
素早くサチがサチーンの背に乗ると、サチーンは大きな雄叫びをあげた。
サチが頭をなでなでしていると、また更に大きな雄叫びをあげた。
「サチーンかっこよくなったねぇ」
馬には軽い繊維で編まれた戦闘での防御用としての鎧が装着されていた。
顔にはその軽い繊維で編まれた兜が装着されている。サチもその兜や鎧を事前に触らせてもらっていたが、大変軽いが強度があり、馬にとって不具合が無い物だそうだ。
リヴィエラやリザには黒い大きな馬が準備されていた。ふさふさのたてがみと、たくましい筋肉が、いかにも鍛えられているということを表していた。同じ鎧と兜が馬に装着されている。二人も慣れた動作でまたがる。
彼らとは違い不満顔のシフィル。リヴィエラやサチよりも更に大きな赤色の馬で、たてがみが高温の炎のように黒と赤が混ざり合い、ひづめは他の馬よりも堅く、性格の悪そうな顔をしていた。
恐る恐るシフィルが指でその馬の顔に触れると、馬は全身を揺すりながら前足を上げ、シフィルに襲いかかってきた。素早くそれを避けると、少し距離を置く。
「またか・・・」
この馬は以前からこの馬小屋に預けられていたが、人の言うことを聞かない駄馬であったため、処分する機会を馬小屋の番人が探っていたらしい。
それでシフィルに与えたのだと、馬の番人から直接聞いた人がいたのだとか、サチがこれがいいんじゃないと言ったとか、言わないとか。経緯は誰も教えてくれない。
何人かに支えられながらようやくシフィルはその赤馬に騎乗した。この馬には鎧も兜も装着していない。
準備はしたが、馬が嫌がり、装着させる者が危険であると判断したためである。鞍さえも特注である。
こんな馬を準備するなとシフィルは正直思った。
そのシフィルの嫌がる心を察してか、赤馬は前脚を大きく振り上げると、いきなり他を圧倒するようにスピードを
上げて走りだした。
サチもそれを追いかける様に走りだす。
苦笑したリヴィエラと心配そうに笑っているリザもレグランドフィア王と王妃に一礼するとシフィルを追うように走りだした。
王妃の横では祈るように手を合わせてリヴィエラの無事を祈っている王女セシールがいる。
城外でも大きな歓声と楽器がならされる。いつまでも、いつまでもレグランドフィア王達は見送っていた。
サインとサラエンは兜を脱ぎ、リヴィエラに向かって一礼した。皆がいつまでも見送っていた。
まあ、本当はもっとしっとりと別れを和む予定であり、準備されていたレグランドフィア王の挨拶や、民からの贈る言葉、乾杯の挨拶などをシフィルの突然の暴走がすべてを台無しにしたのだが。
赤馬が風を切り裂きながら走っていく。シフィルは手綱を掴み、その赤馬の背に身を密着して固め、落ちないようにて耐えるのが精一杯である。
走り出してから停止するまで、ほんの一瞬に感じたが、赤馬が止まったのは見覚えがある場所。いつの間にか砂漠へ入り、クリスタルレイクまで来ていたようだ。
砂漠を避けて進む計画であったため、当然シフィルの後を着いてきた者はいなかった。
「おまえすごいな。砂漠も渡れるのか。」
ご褒美として顔を撫でようとして、騎乗したまま手を近づけた瞬間、前脚が浮き上がり、シフィルを振り落とそうとする。
慌てて素早く手綱を強く握って落馬は避けたが、体勢を崩して、そのままズルズルと下馬した。
勝ったかのように、その赤馬は顔をぶるぶると震わせ、雄叫びをあげる。
いつの間にか周りにはその立派な格好をした赤馬と、シフィルの面白行動をみるために複数人が集まっていた。
シフィルが半笑いでキョロキョロしてその観衆に頭を下げると、それを避けるように恐る恐る手綱を握って、クリスタルレイクへとゆっくり歩く。赤馬がシフィルを追い越してクリスタルレイクに近づき、水をごくごく音を立てて
飲んで顔をブルブルと振って水滴を周囲に気散らした。
シフィルも手ですくってその水を飲むと、こっちをじっと探るように監視していたクリスタルレイクの警備兵に手を振って頭を下げた。
近寄ってきたその警備兵にさらに一礼すると、リヴィエラと同行していたことを伝え、レグランドフィアの港の位置を教わる。
その位置をシフィルが持っていた地図と照らし合わせ、クリスタルレイクから少し離れた場所まで移動すると、誰も見ていない場所でこっそりと火の原石を取り出して、コンパスの針へちからを注ぎ、その港を行先としてセットした。
弱い赤い光が南を照らす。
そして赤馬を少し休ませて落ち着かせると、一人でうまく騎乗した。乗る前に5回転げ落ちたが、自分で自分を励まして頑張った。これだけでもどこか達成感を得られた。嬉しい。
赤馬はそのコンパスから発せられた弱い赤い光を感じたのか、興奮してからだを震わせ、その赤い光が示す方向へ砂漠を一直線に進んでいく。
途中流砂や走りにくい部分もあったのだろうが、それを難なく通り過ぎていった。
シフィルもようやく赤馬の上でうまくバランスを取りながら進むことができるようになっていた。
そうなると、この馬力のある走り方は心強い。
赤馬は、ひたすら赤い光を目指し、砂漠を、大地を強く蹴り、最短距離で進んでいった。
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