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第一章 セイシュの民が翔ける黎明の空
92 突破計画
しおりを挟む建屋では、リヴィエラが椅子に座り、なにも無かったような顔をして生物学者が収集した微生物の標本を眺めていた。
「それでは、今わかっているところを教えてくれ。」
生物学者がうなずくと、一枚の研究結果と書かれた書面を出した。
「微生物の発生原因はわかりませんが、事実検証はそこそこ済んでいます。」
そこには、下記のような事が書いてあった。
①微生物に電気を流すと少しの間、麻痺をして動かなくなる。
②水温を下げると動きが鈍くなる。
③さらに水温を下げ、凍らすと完全に動きが停止する。
④動きを停止させた状態であれば、木材は腐食しない。
⑤海水のように、水の中に塩分が一定比率存在しないと生息できない。
⑥藻に微生物が生息しているのは陸付近のみ。陸を離れると一切問題ない。
「水温はどのくらいまで下げれば動きが低下するんですか?」
サチが首を傾げる。
生物学者はびっしりと細かい字で記載されたノートをペラペラめくりながら研究結果を確認する。
「約5℃付近でしょうか。現在の水温が20℃付近ですから、かなり下げないとダメです。」
「それは無理だ。」
サチが笑う。どうやら、水の原石のちからで凍らすことを考えていたのだろう。
「電気を流すとどのくらいの間、麻痺をしてうごかなくなるのですか?」
今度はリザが問いかけた。
再び、生物学者はノートをペラペラとめくって研究結果を確認する。
「そうですね、電気のちからにもよりますが、強い電気で有れば、しばらくは動けないでしょう。電気に弱いようです。でも、ここには強い電気を与える発電機はありません。」
その生物学者が研究で使用した小さな発電機を手でカリカリと回転させて動かす。
シフィルもサチも人工的に発生させる電気を知らなかったので興味深く見ている。電極と電極の間に細い雷のような
電気がびりびりと音を立てながら震えている。
リザがシフィルを見る。リヴィエラも少し迷う仕草でシフィルを見る。そこでようやく気付いた。
シフィルは持っていた雷の石をそっと指先で握る。
「うん、これなら雷のちからで・・」
「木って水に浮くよね?」
シフィルを遮って突然の言葉に皆がサチを見つめる。
「木を海に浮かべて、船を通せばいいんじゃない?陸の近くだけなんでしょ?その微生物がいるのって?」
驚いた護衛兵が笑った。
「あの船の重さではすぐに沈んでしまいます。」
シフィルもつられて笑うが、リヴィエラとリザはさらに驚き顔を見合わせた。
「そうか、あの急斜面と台車と木を使えば、どうにか微生物の藻を越えられるかもしれない!」
リヴィエラは生物学者が持っていた研究報告書の紙の空白部分に書きながら説明した。
急坂を利用して帆船を勢いよく海に落として加速したまま、木の上を進ませて藻を越える、というのがリヴィエラの考えだった。
まず、陸にあげられた帆船の近くの切り倒された木を、縦方向真っ二つ半円状にして、平らな部分を上にして帆船から海の間に隙間無く敷き詰めて道を作る。
そして海にも縛り付けたその木を浮かべ、動かないように固定する。
そうすることにより、後は船を固定しているロープを切断すれば帆船の台車は、急な坂道に設置された木の断面を自
重で進み、その加速により海に浮かべた木の上を沈まずに通り、藻の生えた箇所を通り超えることが出来るのではないかというものであった。
海面に船が触れたその瞬間にシフィルが雷の石で海面に電気を流すようにすれば瞬間的には腐食させずに通過できる。勢いが勝負。
「リヴィエラ様、我々もその可能性を検証しました。結果としてそれは困難です。船から海面までの角度と距離、加速度、風の向きや自重、それらを計算すると、船から海まで急な坂道とはいえ、木を敷いた海の上を渡りきることはできず着水し、藻の微生物に触れてしまいます。偶然に強い突風でも吹けば、その風を帆が受け、その勢いでどうにかなるかもしれませんが。」
生物学者がリヴィエラの案に反対した。他の護衛兵も同じように頷く。
それにリヴィエラが笑う。
「その通りだ。突風が必要、同じ考えだ。」
するとリヴィエラはシフィルを指さした。
「そうか、風の石もらってたよね、レグランドフィアで。なんか偶然がすごいね。」
サチが喜んで言った。護衛兵は不思議な顔で見ている。
リヴィエラに促され、シフィルは風の石に弱く力を込めると部屋の中に微風が吹いた。
その風は研究結果の紙を勢いよく宙へ舞わせる。
「昨日少し触ってみたけど、もっとちからを込めれば強い突風を吹かすことは出来るよ。」
風の石を握りながらシフィルが得意顔で笑った。それを護衛兵は尊敬の眼差しで見ている。
なんか、偉い学者が感嘆する状況に、シフィル自身が偉くなった気がした。なんかめちゃくちゃ嬉しい。
「これであれば、藻の微生物に触れずに、且つ海の生物にも悪影響を与えずにいけるかもしれませんが。不確定要素が多く検証はできませんな。そもそもやはり、船の重さに木が耐えられないのでは?それともその不思議な風があれば??」
生物学者がどこか迷う表情で、少し困ったように笑った。
それからしばらく議論が続いたが、夜になっても他に取り立てる案も無く、リヴィエラの案で進めることとした。
レグランドフィアの王子であるリヴィエラには逆らえないという思惑があったことは否定できないし、それにリヴィエラ含めて気付いていた。
「では、今日は早めに休み、明日早朝から、早速作業に取りかかろう。護衛兵とシフィルは帆船と海との間に木を敷き詰め、また、木と木を縛り、海に浮かべ、固定させてくれ。リザとサチは船に馬を乗せたり、食物を準備したり旅の支度をしてくれ。オレは状況を見ながら動く。」
それからさらに細かい指示をリヴィエラが出すと、それに合わせて護衛兵が図面を描き、必要な物のリストを作成した。
なんだかんだで、遅くまでその準備に追われることとなった。
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