44 / 68
第3章 蠢く陰謀
11.余計な懸念
しおりを挟む
遠征前の最後の公休日前日。前回の休日は準備に費やして顔を見せなかった事に加え、やはり一応出発前に公爵家の皆に挨拶しておこうと考えたエリーシアは、仕事を終えてからアルテスの馬車に同乗して、ファルス公爵邸に向かった。
二人きりで馬車に乗るのにもだいぶ慣れてきた筈のエリーシアが、その日は顔を合わせた当初から何故か気まずそうにしている事に気付いたアルテスは、不思議そうに声をかける。
「エリーシア、どうかしたか? 何か心配事でもあるなら言ってみなさい」
何気なく声をかけてきた義父に、彼女はかなり恐縮しながら口を開いた。
「その……、お父様には早めにお話ししておくべきかとは思いますが、出征の準備にかまけてすっかり忘れておりまして……」
緊張気味に話し出したエリーシアだったが、アルテスは事も無げに応じる。
「このところ、忙しなかっただろうからな。別に構わない。本当に至急の話だったら、どんな状況でも話してくるだろう?」
「はあ……、確かにそうですね」
「それで? 至急では無いが、きちんと私に話しておいた方が良い内容とは何かな?」
「先週の話なんですが……、王太子殿下と求婚云々について、話し合いまして」
「ほう?」
興味深そうな顔になったものの、余計な事は言わずに自分の次の発言を待つ義父に、エリーシアは一息に言ってのけた。
「レオン殿下に、私の事が好きだから結婚を考えて欲しいみたいな事を言われましたが、他の有象無象をひっくるめて私的には好きでも何でもないし、仕事上で自分なりに納得できる成果を出せたと思えるまで、結婚とかは考える気になれませんと、きっぱりお断り致しました!」
「そうか。分かった」
「……え?」
あまりにもあっさりとした反応に、エリーシアは戸惑った。しかしそれはアルテスも同様であり、怪訝な顔で尋ね返してくる。
「どうかしたのか?」
「あの……、言う事はそれだけですか?」
「他に言う事があるのか?」
そこでエリートシアは、益々言いにくそうに話を続けた。
「その……、王妃様が私の養子縁組をファルス公爵家に依頼した時、『王太子妃を出すチャンスを出してあげます』云々と仰っていたじゃありませんか。その時は全く意味が分からなかったのですっかり忘れていましたが、こういう事だったのかと今回漸く分かりまして」
「それでレオン殿下をこっぴどく振ったので、私に怒られるとでも思ったのか。なるほど」
納得した顔になって頷いたアルテスだったが、すぐに口元を手で押さえて小さく笑い始めた。いきなり怒鳴りつけられなくて安堵したものの、エリーシアはかなり居心地が悪い思いをする羽目になり、一応尋ねてみる。
「どうして怒らないんですか?」
その問いかけに対し、アルテスは誰が見ても明らかな笑顔で応じた。
「怒る必要など無いからな。そもそも養子縁組の話が出た時、確かに王妃様から話は出たが、あれはもし我が家の中で反対意見が出た時に、説得する理由の一つとして話したに過ぎない」
「そうなんですか?」
いかにも疑わしげに問いかけたエリーシアに、アルテスがどこか傷付いた様な表情で続ける。
「王妃様もそれだけを目的として、我が家が君と養子縁組したとは思っていらっしゃらないだろう。寧ろ、今でも本気で我が家が王太子妃を出したがっていると思われていたら、傷つく」
「はあ……、そういうものですか」
微妙な顔をしながらの台詞に、アルテスは苦笑いしながら続けた。
「本人に結婚する意思が無いのだから、求婚を断るのは当然だ。別に私の意向など、気にする事はあるまい。これからも遠慮無く断りなさい」
「ありがとうございます」
重ねて言われて、漸く安堵したエリーシアが微笑むと、アルテスは面白そうな表情になって話題を変えた。
「そう言えばこの前の公休日は、出征準備の他に、野暮用に付き合わされたのだったな」
それを聞いた途端、エリーシアががっくりと項垂れる。
「お父様……。あまりにも馬鹿馬鹿しくて、一刻も早く記憶から消去したい出来事を、ほじくり返さないで貰えますか?」
その訴えに、アルテスは含み笑いで応じた。
「それは悪かった。しかし人伝に話を聞いた時は面白さのあまり、一瞬自分の耳を疑ったぞ。それで、盗られたり破壊された物とかは皆無だったんだな? 必要があれば、訴訟の手続きを取るが」
「いえ、ご心配には及びません。全員本格的な捜索に入るまでに、動きが止まっていましたので」
慌てて弁解したエリーシアに、アルテスが真面目くさって頷く。
「それならば良いが。この事は貴族間で、結構噂になっている」
「それはそうですよね」
「ルーバンス公爵家は自業自得だから、同情はしないが。今回参加する近衛第四軍や現地の貴族には、ルーバンス公爵家の関係者もいるので、注意しておくように」
その忠告にげんなりしながらも、エリーシアは確認を入れた。
「お父様には、その関係者と言うのは分かっているんですか? それに現地の貴族って、どういう事でしょう?」
素朴な疑問を呈したエリーシアに、アルテスが丁寧に解説を加える。
「取り敢えず、ルーバンス公爵の三男が、近衛軍第四軍所属だ。それに国境付近の領地を持つ貴族が、各家の私兵を連れて作戦に参加する予定になっている」
「近衛軍だけでは無いんですか?」
「今回は王家直轄地での紛争になるが、そこを突破されたら隣接する領地も被害を受けるからな。だから近隣の領主に、兵を出す要請をしているんだ」
「そういう事ですか」
納得して頷いた義娘に、アルテスは淡々と付け加えた。
「今回は二家に要請しているが、確かそのうちスペリシア伯爵の娘婿が、ルーバンス公爵の六男だ。おそらく舅に代わって、現地の案内役も兼ねてその男が出てくるだろう」
「うげ」
思わず潰れた呻き声を上げたエリーシアは慌てて両手で口を押さえたが、それを見たアルテスは、笑いを堪える表情になって評した。
「今のは、聞かなかった事にしておこう。フレイアの前では、さっきの様な声は出さない方が良いな」
「気を付けます。でもそんな奴も関わっているんですか……」
一気に気が重くなったエリーシアを宥める様に、アルテスが話しかける。
「あまり顔を合わせた事は無いが、あまり才気溢れるという感じの青年では無かったし、精々嫌味を言う程度だろう。心配する必要は無い筈だ」
「ありがたくて涙が出ます」
次々明らかになる異母兄弟が、父親から認知されている人間に限り、揃いも揃って微妙な評価しか貰ってないってどうなんだろうと彼女が考えているうちに、馬車は無事ファルス公爵邸に到着した。
二人きりで馬車に乗るのにもだいぶ慣れてきた筈のエリーシアが、その日は顔を合わせた当初から何故か気まずそうにしている事に気付いたアルテスは、不思議そうに声をかける。
「エリーシア、どうかしたか? 何か心配事でもあるなら言ってみなさい」
何気なく声をかけてきた義父に、彼女はかなり恐縮しながら口を開いた。
「その……、お父様には早めにお話ししておくべきかとは思いますが、出征の準備にかまけてすっかり忘れておりまして……」
緊張気味に話し出したエリーシアだったが、アルテスは事も無げに応じる。
「このところ、忙しなかっただろうからな。別に構わない。本当に至急の話だったら、どんな状況でも話してくるだろう?」
「はあ……、確かにそうですね」
「それで? 至急では無いが、きちんと私に話しておいた方が良い内容とは何かな?」
「先週の話なんですが……、王太子殿下と求婚云々について、話し合いまして」
「ほう?」
興味深そうな顔になったものの、余計な事は言わずに自分の次の発言を待つ義父に、エリーシアは一息に言ってのけた。
「レオン殿下に、私の事が好きだから結婚を考えて欲しいみたいな事を言われましたが、他の有象無象をひっくるめて私的には好きでも何でもないし、仕事上で自分なりに納得できる成果を出せたと思えるまで、結婚とかは考える気になれませんと、きっぱりお断り致しました!」
「そうか。分かった」
「……え?」
あまりにもあっさりとした反応に、エリーシアは戸惑った。しかしそれはアルテスも同様であり、怪訝な顔で尋ね返してくる。
「どうかしたのか?」
「あの……、言う事はそれだけですか?」
「他に言う事があるのか?」
そこでエリートシアは、益々言いにくそうに話を続けた。
「その……、王妃様が私の養子縁組をファルス公爵家に依頼した時、『王太子妃を出すチャンスを出してあげます』云々と仰っていたじゃありませんか。その時は全く意味が分からなかったのですっかり忘れていましたが、こういう事だったのかと今回漸く分かりまして」
「それでレオン殿下をこっぴどく振ったので、私に怒られるとでも思ったのか。なるほど」
納得した顔になって頷いたアルテスだったが、すぐに口元を手で押さえて小さく笑い始めた。いきなり怒鳴りつけられなくて安堵したものの、エリーシアはかなり居心地が悪い思いをする羽目になり、一応尋ねてみる。
「どうして怒らないんですか?」
その問いかけに対し、アルテスは誰が見ても明らかな笑顔で応じた。
「怒る必要など無いからな。そもそも養子縁組の話が出た時、確かに王妃様から話は出たが、あれはもし我が家の中で反対意見が出た時に、説得する理由の一つとして話したに過ぎない」
「そうなんですか?」
いかにも疑わしげに問いかけたエリーシアに、アルテスがどこか傷付いた様な表情で続ける。
「王妃様もそれだけを目的として、我が家が君と養子縁組したとは思っていらっしゃらないだろう。寧ろ、今でも本気で我が家が王太子妃を出したがっていると思われていたら、傷つく」
「はあ……、そういうものですか」
微妙な顔をしながらの台詞に、アルテスは苦笑いしながら続けた。
「本人に結婚する意思が無いのだから、求婚を断るのは当然だ。別に私の意向など、気にする事はあるまい。これからも遠慮無く断りなさい」
「ありがとうございます」
重ねて言われて、漸く安堵したエリーシアが微笑むと、アルテスは面白そうな表情になって話題を変えた。
「そう言えばこの前の公休日は、出征準備の他に、野暮用に付き合わされたのだったな」
それを聞いた途端、エリーシアががっくりと項垂れる。
「お父様……。あまりにも馬鹿馬鹿しくて、一刻も早く記憶から消去したい出来事を、ほじくり返さないで貰えますか?」
その訴えに、アルテスは含み笑いで応じた。
「それは悪かった。しかし人伝に話を聞いた時は面白さのあまり、一瞬自分の耳を疑ったぞ。それで、盗られたり破壊された物とかは皆無だったんだな? 必要があれば、訴訟の手続きを取るが」
「いえ、ご心配には及びません。全員本格的な捜索に入るまでに、動きが止まっていましたので」
慌てて弁解したエリーシアに、アルテスが真面目くさって頷く。
「それならば良いが。この事は貴族間で、結構噂になっている」
「それはそうですよね」
「ルーバンス公爵家は自業自得だから、同情はしないが。今回参加する近衛第四軍や現地の貴族には、ルーバンス公爵家の関係者もいるので、注意しておくように」
その忠告にげんなりしながらも、エリーシアは確認を入れた。
「お父様には、その関係者と言うのは分かっているんですか? それに現地の貴族って、どういう事でしょう?」
素朴な疑問を呈したエリーシアに、アルテスが丁寧に解説を加える。
「取り敢えず、ルーバンス公爵の三男が、近衛軍第四軍所属だ。それに国境付近の領地を持つ貴族が、各家の私兵を連れて作戦に参加する予定になっている」
「近衛軍だけでは無いんですか?」
「今回は王家直轄地での紛争になるが、そこを突破されたら隣接する領地も被害を受けるからな。だから近隣の領主に、兵を出す要請をしているんだ」
「そういう事ですか」
納得して頷いた義娘に、アルテスは淡々と付け加えた。
「今回は二家に要請しているが、確かそのうちスペリシア伯爵の娘婿が、ルーバンス公爵の六男だ。おそらく舅に代わって、現地の案内役も兼ねてその男が出てくるだろう」
「うげ」
思わず潰れた呻き声を上げたエリーシアは慌てて両手で口を押さえたが、それを見たアルテスは、笑いを堪える表情になって評した。
「今のは、聞かなかった事にしておこう。フレイアの前では、さっきの様な声は出さない方が良いな」
「気を付けます。でもそんな奴も関わっているんですか……」
一気に気が重くなったエリーシアを宥める様に、アルテスが話しかける。
「あまり顔を合わせた事は無いが、あまり才気溢れるという感じの青年では無かったし、精々嫌味を言う程度だろう。心配する必要は無い筈だ」
「ありがたくて涙が出ます」
次々明らかになる異母兄弟が、父親から認知されている人間に限り、揃いも揃って微妙な評価しか貰ってないってどうなんだろうと彼女が考えているうちに、馬車は無事ファルス公爵邸に到着した。
8
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる