分断のその先へ 東日本から脱出せよ!

RIKUTO

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第五章

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バー「黒猫」のネオンが濡れた路面に滲む。陽太はカウンターの裏で新しいメモを握りしめる。「次は西東京の子供だ。DMZで待つ。裏切り者はまだいる」。その言葉が、陽太の胸に重く響く。田中の裏切りで傷ついた信頼はまだ癒えないが、陽太には立ち止まる選択肢はない。姉・美咲の声が脳裏に響く。「自由は命より重いよ」。陽太は新しい地雷探知機をリュックに詰め、折り畳みナイフをコートの内ポケットに滑り込ませる。時計は午前0時30分。次の仕事が待っている。指定された場所は、東東京の外れ、荒れ果てた工場地帯の廃倉庫だ。陽太はコートの襟を立て、霧深い路地を抜ける。人民警察の監視カメラが点滅する中、陽太は裏道を縫って進む。廃倉庫の暗がりに、小さな人影が震えていた。依頼人の子供――林優奈、12歳。やせ細った体に、ボロボロのコートを羽織り、怯えた目で陽太を見つめる。手に握られた小さな布袋には、西東京にいる母親への手紙が入っているという。「高本…陽太、だよね? お母さんに会いたい…」。優奈の声は震え、涙が頬を伝う。陽太は一瞬、姉の幼い頃の笑顔を思い出す。だが、すぐに表情を硬くする。「泣くな。俺の後ろにつけ。一歩間違えたら終わりだ」。優奈は小さく頷き、陽太の背中にしがみつくように従う。陽太の頭には、メモの最後の一文がこびりついている。「裏切り者はまだいる」。田中が人民警察に売ったことは確実だったが、陽太のルートを知る者は他にもいる。闇市場の情報屋か? バー「黒猫」の常連か? それとも、陽太自身が気づかぬうちに尾行されていたのか? 疑念が陽太の神経を尖らせるが、優奈の小さな手を握る感触が、彼を現実に引き戻す。「まず、検問を抜けるぞ」。二人はいつもの闇ルートへ向かう。江戸川区の下水道を抜け、千葉県浦安市で新たな運び屋のトラックに乗り込む。田中の裏切りを知った陽太は、今回は別の運び屋を手配していた。運転手は若い女、名前は玲奈。短い髪と鋭い目つき、革のグローブをはめた手でハンドルを握る。「黒猫、随分小さい客だな。DMZで子供を運ぶなんて無茶だろ」と玲奈が笑う。陽太は無表情で答える。「お前の仕事は運ぶだけだ。余計な口は出すな」。トラックは検問の少ない田舎道を走り、静岡県の山間部を目指す。優奈は荷台の隅で膝を抱え、布袋を胸に押し当てる。陽太は彼女を一瞥し、低く問う。「お前の母親、なんで西にいる?」。優奈は震える声で答える。「お父さんが…人民警察に捕まって、網走に送られた。お母さんは私を連れて西に逃げたけど、私、途中で捕まって…」。陽太の目が細まる。網走の政治犯収容所。そこに送られた者は二度と戻らない。「…わかった。必ず届ける」と陽太は呟く。トラックがDMZ手前の東方限界線に到着。陽太は優奈を連れ、有刺鉄線の秘密の抜け穴をくぐる。霧が濃く、松の木々が不気味に揺れるDMZが広がる。陽太は地雷探知機を手に、優奈に囁く。「ここから5キロ。地雷と監視塔が相手だ。俺の後ろを離れるな。絶対にだ」。優奈は小さく頷き、陽太のコートの裾を握る。

1キロ進んだところで、地雷探知機が警告音を鳴らす。陽太は足を止め、地図を確認する。前回の改ざんの記憶がよぎるが、今回は地図に異常はない。陽太は慎重に獣道を進む。優奈の小さな足音が背後で響く。2キロ目で、遠くから巡察のライトが動き出す。陽太は優奈を茂みに押し倒し、息を殺す。だが、サーチライトの動きがいつもと異なる。まるで、陽太の位置を正確に把握しているかのように、執拗に二人を追いかける。「…また売られた」。陽太の胸に冷たい確信が走る。優奈が震えながら囁く。「高本さん…怖いよ…」。陽太は彼女の手を強く握り、答える。「怖くても動け。お前の母親が待ってる」。陽太は煙幕弾を投げ、サーチライトを撹乱する。だが、背後から複数の足音が迫る。人民警察の追跡隊だ。陽太は優奈を抱え、獣道を外れて茂みの奥へ飛び込む。茂みの中で、陽太は無線機のノイズをキャッチする。盗んだ田中の無線機だ。断続的な声が聞こえる。「…黒猫…DMZ中央…子供連れ…」。陽太の目が鋭く光る。無線の声は、聞き覚えがある。闇市場の情報屋、親父の声だ。「やっぱり、お前か…」。陽太は無線を握りつぶし、優奈に囁く。「計画変更だ。インターホンまで直進。俺が後ろを守る」。3キロ地点。銃声が響き、地面が弾丸で削れる。陽太は優奈を前に押し出し、煙幕弾をもう一つ投げる。霧と煙が混ざり、視界がほぼゼロになる中、陽太は追跡隊の動きを逆算する。人民警察の隊長が叫ぶ。「黒猫! 子供を渡せ! 抵抗は無意味だ!」。陽太はナイフを握り、茂みに身を潜める。追跡隊の兵士が近づく。陽太は一瞬の隙をつき、兵士の背後に回り、ナイフで無線機を切り裂く。兵士が振り返るが、陽太は足を払い、気絶させる。優奈は白い杭の軍事境界線を目指し、必死で走る。陽太は彼女の背中を見ながら、追跡隊を引きつける。「お前は行け! インターホンを押せ!」。優奈は涙を流しながら走り、境界線を越えインターホンの前にたどり着く。震える手でボタンを押すと、ブザー音が響く。「日本国警察軍事境界線特別警備隊だ。」優奈は叫ぶ。「林優奈! お母さんに会いたい!」。西日本軍のジープが霧を切り裂き、憲兵が優奈を引き上げる。「よくやった、子供。母親が待ってるぞ」。陽太は茂みの中で、追跡隊の動きを観察する。人民警察の隊長が無線で叫ぶ。「情報屋の親父が正しかった! 黒猫はここだ!」。陽太の胸に怒りが燃える。裏切り者の正体は、闇市場の情報屋だった。陽太は最後の煙幕弾を投げ、追跡隊を撹乱。霧に紛れ、DMZの奥へ逃げる。優奈が西側に渡ったことを確認し、陽太は一瞬だけ安堵する。だが、人民警察の追跡は止まらない。

バー「黒猫」。陽太はまた傷だらけで戻る。カウンターの裏で、情報屋の親父の顔を思い出す。あの笑い声、泳ぐ目。陽太は拳を握りつぶす。「次はお前だ」。だが、その前に、陽太は新たなメモを見つける。闇市場のポストに投げ込まれたものだ。「次の仕事。西東京の科学者。DMZで待つ。裏切り者はお前の近くにいる」。陽太の目が凍りつく。「まだ…近くにいる?」。情報屋の裏切りは終わりではなかった。陽太の周囲に、さらなる裏切り者が潜んでいる。雨が再び降り始め、陽太はコートの襟を立てる。姉のペンダントを握りしめ、呟く。「美咲、俺はまだやれる」。霧の向こうで、次の戦いが待っている。(続く)




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