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日常

第19話 たったひとつの、

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 反射的に声が出てしまったが、今のは肯定に聞こえたんじゃないのか。

「あっ、いや……!」
 遅れて気付き、すぐに入るなと訂正しようとする。

「失礼致します」
 でもその時には手遅れで、がちゃりとドアの開く音がした。

「っ!!」

 咄嗟にシーツを引っ掴み、動けずに固まっている旭陽に頭から被せた。
 褐色の裸体を白で覆い、自分自身も胸元辺りまでシーツを引き上げて隠す。

 旭陽の足首から先がシーツの端から覗いていることに気付いたが、その時には声をかけてきた相手が入室してしまっていた。
 ま、まあ足元以外は全部隠れてるし……せ、セーフ……?

 シーツの下の体はまだ固まったままだ。

 流石に悪かったなと思って、シーツ越しに旭陽の頭に手を乗せる。
 我に返ったのか、旭陽の舌が小さく跳ねた。
 未だに俺の熱は深く咥え込まれたままだ。
 今更抜くためにもぞもぞするのも不自然だし、このまま対応するしかない。

 漏れそうになった声を抑えて、ぽんぽんと軽く頭を撫でた。

「……あの、魔王様……」

 見えなくても、シーツの膨らみと俺の行動で大体の状況を察したらしい。
 急いた様子で部屋に入ってきたはずのトカゲ頭が、顔を赤らめてどもった。

 えっ、魔族ってこういうので照れたりするんだな……?
 てっきり、『隠してやるとはお優しいのですね』とか嫌味の一つでも飛んでくると思ったのに。
 相手が旭陽だって察してるからだろうか。侍ってた相手だし。

「あ……ああ、どうしたんだ? 手短に頼む」

 意外だと一瞬見つめてしまったが、すぐにそれどころじゃないと思い出した。
 今更追い返すのも気の毒だろうし、早く用件を聞いて出て行かせるしかない。

 急かしてみると、赤い顔の臣下も慌てて手元に視線を落とした。
 慌てすぎて書類を手落としそうになってるけど。
 頼むから落ち着いてくれ。
 俺も恥ずかしくなってくる。

「は、はっ! その、人間どもが……新たな贄の申し出を」
「ああ、そうなん……だ……んっ?」

 早く済ませたくて、つい気も漫ろに返答しそうになる。
 でも全然話が入ってこない頭でも、あまりに違和感が激しすぎる内容には引っ掛かりを覚えた。
 贄、って……旭陽を鎖に繋いで差し出してきたの、つい先日じゃなかったか?

「……そんな頻繁に捧げてくるもんだっけ?」
「いえ、一年に一度のはずですが……」

 何か特例でもあるのかと尋ねてみるが、困惑顔の臣下も首を振って否定してくる。


 何を考えているんだろうか。
 不要なはずの贄を増やそうとする意味って何だ。
 今までの贄は、こっちが申し訳なくなるほど恐怖に震えていたのに。
 めちゃくちゃふてぶてしかった旭陽以外は。

 ……旭陽。旭陽……
 ――まさか、変わりに旭陽を返せとでも言ってくる?

 ふと思い付いた可能性に、頭がすっと冷えるのを感じた。

 だって旭陽は、どうあっても犠牲にされるような男じゃない。
 例えば間違って地球からこちらに召喚されたのだとしても、異世界の人間であろうが幾らでも丸め込めるはずだ。
 何せ、魔王に仕えているエリート中のエリート魔族たちすら一日足らずで侍らせていた男である。
 異世界であっても、迷い込んだ国の王家を即座に誑して心酔させている姿しか想像できない。

 正直、本来の贄だとしても、周囲は庇って匿おうとするのが妥当な反応になるはずの男だ。
 何故あんな有様で連れて来られていたのか、不思議だとは思っていた。
 ……旭陽がここに連れて来られたのは何かの手違いだった、とか。
 それに気付いて、今更取り戻そうとしてきてる、とか……?


 そんなの。
 もし、本当に間違いだったとして。
 今更――赦すわけがない。

 一度想像してみれば、そうとしか思えなくなってくる。
 怒りで目の前が赤く染まりそうになった瞬間、じっとして動かなかった旭陽がふと舌を動かした。

 じゅう、と先端を喉全体で吸い上げられる。

「っあ、く……っ!」

 あまりに突然の不意打ちに、耐える間はなかった。
 思わずシーツの上から旭陽の頭を掴んで、強く自分の股座に押し付けてしまう。
 大量の精液が迸り、掌の下で旭陽の体が揺れているのが伝わってきた。

「ッ゛……! 、ッつ゛…………!」

 苦しそうな呻き声が微かに聞こえてくる。
 それでも旭陽はぎこちなく舌を動かし、俺の先端に吸い付き続けた。

「っは、ッッ――――っ、く……ッ」

 刺激が止まらないために、俺の吐精もなかなか終わらない。
 旭陽が飲み込みきれない分の精液が自分の足を伝っていくのを感じながら、手の甲で口元を隠して声を噛み殺した。

 ぽかんとしていた臣下の顔が、はっとした表情になった。
 かと思えば、早回しじみた速度で茹で蛸のように真っ赤に染まっていく。
 今にも倒れそうな様子で、涙目になっておろおろしている。
 何か……色々、ごめんな……

 申し訳ない気持ちが強まってくるが、それよりもさっきの話に対する怒りと、下肢から昇り続ける快感のほうが強い。
 震えそうになる唇を舐めて、口角を持ち上げた。

「……要らない」

「あ……は、はい?」
 ぽつりと呟いた俺に、少し遅れて赤い顔の臣下が反応する。

 もう一度。今度ははっきりと、否定を繰り返した。

「要らない。俺のための贄は、もう居るから。
 旭陽以外は、要らない」

 息が詰まって言葉が途切れないように、ゆっくりと告げた。

 旭陽の息のほうが詰まった様子で、吸い上げてくる力が途切れる。
 ……なに、その反応。嫌なわけ?
 ……そりゃ、まともに考えたら嫌だよな。

 鬱々とした気分になってくる俺とは逆に、確りと耳を傾けた臣下は、安心した様子で息を吐き出した。

「そうですね。それが宜しいかと」

 あれ。反対、されなかった。
 いつも否定されてばかりだったので、少し驚く。

 目を瞬かせている俺の様子には構わず、間が悪かった乱入者は「それでは」とすぐに退室していきそうになった。
 思わず呼び止めようとすれば、膨らんでいるシーツに一瞬臣下の視線が向けられる。
 本当に一瞬だけで、即座に勢いよく別の方向へ顔を背けていたが。

 気を遣われたのだと理解して、思わず苦笑じみた照れ笑いが浮かんだ。
 同じような表情で臣下が笑い、そそくさと部屋を出て行った。
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