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「以前、お前の見合いを潰してしまっただろ。ずっと気になってたんだ。……流石に、サンドロと気が合う嫁までは探してやれないんだが」

 贄様を救出してこられてから急速に威厳が出てきた魔王様が、眉を垂らして申し訳なさそうな顔をした。

「い、いえ! 光栄です、魔王様!」
 主にそのような顔をさせてしまったことが申し訳なく、慌てて声を張り上げる。

 そもそも、私は次の宰相として役立つ伴侶選び――政略結婚を行うつもりだ。
 だが魔王様は、当然のように私が感情による結婚を行うものだと考えていたらしい。

 ご自身が贄様と恋愛結婚をなさるからだろうか。
 ああいや、まだ婚姻などは考えておられないんだったか?
 魔王様が奥ゆかしいから、我々が画策している最中だったな。そうだった。

 とにかく、重要なのは私が相手と気が合うかどうかではない。
 王がどうお考えか、だ。

「急に屋敷の住民が増えるのは都合が悪かったか? 不要なら……」
「いえ、魔王様。私めのことを気に掛けて頂けて光栄です。謹んでお受けいたします」

 首を傾げて困り顔を深める魔王様に、頭を下げて礼を述べる。
 嘘偽りはない。驚きはしたが、主から気に掛けられて嫌がる家来はいない。

 贄様のような、威厳や心地良い魔力を持つ人間ではないだろう。
 何せ魔族でも見たことがないほどの御方だ。

 それでも、ただの人間であっても魔王様が私に下賜下さるものだ。大切に扱わねばなるまい。
 決心して、更に深く頭を垂らした。


 決心した、はずだったのだが。

「今日からよろしくね~」
「……宜しく、頼む」

 にこにこと笑う細身長身の雄と、それよりも高い背丈でがっちりとした体格の雄。
 屋敷の前で金と銀の頭が並んでいるのを見て、思わず踵を返したくなった。
 ……二匹とは聞いていませんでした、魔王様!

「貴様ら……」

 間違いか? 他の者が以前に引き取った贄か?
 そんなはずがないのは理解しているが、願いを込めて尋ねてみる。

 顔を合わせた人間共が、佇まいを正した。

「エルマです。目一杯ヨくできるよう頑張るから、可愛がってね、ご主人!」
「ウルススだ。……です。……その、エルマほど精通してはいないんだが……努力、する」

 明るい笑顔で言い放つ金頭の雄、エルマ。
 日に焼けた頬を赤らめてぶっきらぼうに告げる銀頭の雄、ウルスス。

 二匹の人間は、言いたいだけ言い終えると私の腕を掴んできた。
 鱗にも毛にも覆われていない、人間の無防備な腕が絡み付いている。
 膨大な魔力を身に秘めている魔王様や贄様ならば別だが、ただの人間のつるつるとした手に触れられると壊れ物と接触しているようで気が散る。

 振り払ってしまいたいところだが、この二匹はやはり魔王様が私に下賜された人間のようだ。
 であるならば、決して壊さないようにしなくては。
 無造作に扱って、うっかり死なせでもしては魔王様に申し訳が立たない。

 人間如きが私に何という口を利くのだと言いたいが、それどころではない頭はどうにも纏まらなかった。
 壊すことを恐れて動けない体を、殆ど無理矢理引っ張られる形で部屋まで移動させられる。

 途中ですれ違った使用人たちは皆止めようとしてきたが、勢い良く首を振る私を見て困惑気味に引いていった。
 私より使用人たちの方が人間の扱いには更に不慣れだ。
 うっかり腕が取れた、なんて理由で治療師を呼びたくはない。

「はい、座ってー」

 手を引かれ、自分の寝具に座らされる。
 服を脱がされそうになって、ようやく我に返った。

「ま、待て。何をしている!?」

 肩を掴もうとして、触れて大丈夫なのかと戸惑う。
 空中で中途半端に止まった腕を眺め、金の雄が不思議そうな顔をした。

 私だけ腰を下ろしている所為で、見上げる形になっている。
 いつか山のような巨大になる龍の幼体――竜人である私は、二足歩行する生き物の中ではそれなりに長身の類だ。
 魔王様より背の高い金の雄は先程まで完全に見下ろしていたし、人間にしてはかなり長身の贄様より少し高い背丈の銀の雄も、私よりは幾らか小さい。

 物理的に人型の相手から見下ろされるのは初めての経験で、違和感に顰め面になってしまった。
 戸惑いと多少の不機嫌を味わっている私のベッドへ、金の雄が勝手に乗り上げてくる。

「おい、貴様何を勝手に……」

 制止しようとすれば、今度は銀の雄が服を脱がそうとしてきた。
 反射的に腕を掴む。

「ッぃ゛……っ」

 途端、小さな苦悶の声が上がった。
 しまった。やはり加減が分からない。

 すぐに腕を離す。
 前後から服を剥がれていくのは分かったが、どう止めれば良いのか分からずに何の邪魔もできなかった。

「……凄いな、こりゃ」

 勝手に人を脱がせてきた人間共が、私の体を見て息を飲む。
 リザードマンだ、と目を輝かせた魔王様の反応を思い出した。
 あの御方はいつも素直だ。

 魔族の王とは違い、人間共の反応は畏れ一色だった。自分たちの腕と見比べている。
 貴様らのような、顔にも腕にも体にも何の防御も纏わない種族と一緒にしてもらっては困るぞ。

「満足したか? なら服を……」

 返せと言う前に、前後の人間が無造作に自らの服に手を掛けた。

「っおい……」

 何も言っていないのに、二匹の人間共が衣服を脱ぎ捨てていく。
 その体には、幾つかの大きな傷跡が見えた。

 捕縛の際に新たな傷を増やしたという話は聞かなかったため、元から付いていたものだろう。
 何が原因かは知らないが、人間は本当に脆弱だ。

 ベッドに乗り上げている雄と、前に立っている雄が、共に服を脱ぎ去った。

 脱ぐなり背中に抱き着いてきた金の雄は、着痩せする体質だったらしい。
 服を脱ぐ前よりは筋肉が付いていることが理解できた。

 私の前で膝を付いた銀の雄は、服の上からでも見て取れた通り分厚い筋肉に覆われている。
 太股に触れてきた手は、予想外に熱かった。
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