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番外編

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「――旭陽」
「……すげえ目してんぞ、あきら」

 小さな椅子に腰掛けている男を存分に抱き締め満喫した日から、数日。
 目が覚めたら、珍しく旭陽が居なかった。嘘だろ、俺寝過ごした?

 慌ててあちこち探した末、また先日と同じ場所に身を預けているところを発見した。
 この間とは違って、今日は眠たげにうとうとしてるけど。

 裸体だった褐色は、出歩いた後なんだから勿論黒い衣服を纏っている。でもいつもの服装じゃなかった。
 揃いの上着は身に着けてない。
 それは見れば分かるんだが、問題はそこじゃない。

「……ど、うしたんだ、その服……」

 旭陽に指摘された通り、多分凄い眼光で睨むように凝視してしまっている。
 分かってるけど、冷静さなんて何処かに飛んで行って帰ってくる気配がない。

 この間と同じく、ゆらゆらと揺れる足元は何にも覆われてなかった。
 また真っ直ぐじゃなく横向きに身を投げ出しているのは、多分正面じゃなくこっちの扉から来るって分かってたからだろう。
 でもキスマークだらけの胸元が何にも覆われてないのは、どういうことなんだ。

「なにって」

 つつ、と長い指が自分の鎖骨をなぞった。

 いつもなら見える手の甲は、今日は逆に黒に覆われている。
 五指は剥き出しだけど、それ以外は布地に隠されていた。

 殆ど露出していない両腕。
 なのに、全体的に見た時の布面積は極端に低い。

「何かおかしいか?」

 大きな掌がゆっくりと自分の胸板を撫で下ろしていく。
 毎晩愛でている証である朱痕や赤い牙の跡を、そうっと刺激しない程度の触れ方でなぞっていく。

 服は着たままだ。
 でも間違いなく、素肌に刻んだ俺の跡を辿っているのが見える。
 分かるとかじゃない。物理的に見えている。

「な、なん……」
「はっきり言えよ……なあ、晃ァ?」

 何かって、いや、おかしいとこだらけだろ!?
 ……俺が変なのか!?

 あまりに堂々としている態度に、何を言って良いのか分からなくなってくる。
 口篭もる俺に喉を鳴らし、旭陽が投げ出していた足を片方引き戻した。

 ぴたりと胸板に太股が触れる。
 ぐっと反った内腿を褐色が這い、軽く包み込むような形で指を止めた。

 股座に近い場所で肉に添えられている指に、否応なく視線が吸い付けられた。
 くつりと喉を震わせ、腰元の黒を逆の手が弄ぶ。
 割れた腹筋を薄い桃色の爪が擽り、軽く反っている喉仏を大きな掌が覆った。

 ふわ、とかろい欠伸を零している。
 眠気を示す仕草の瞬間、ピンク色の口腔をはっきりと目の当たりにした。

 いや、旭陽の口のなかを見る機会は毎日のように転がってるけど。
 でも何度見たってぐっと喉が鳴るのは抑えられない。
 俺の反応を見逃すはずもないくせに、特に触れてはこずに旭陽が頭部を傾ける。

「今日はこねえのか?」

 この間飛び付くみたいな勢いで抱き締めた行為を示唆して、素足がゆらゆらと誘ってくる。
 碌に頭が動かないまま、反射的に距離を詰めようとする。でも足に根っこが生えたみたいに動けない。

「……ハ」
 俺の状況を理解したのか、旭陽が可笑しそうに頬を歪めた。

 いつもよりずっと小さな椅子に身を投げ出している男の体は、首筋も手元もいつもより覆われている面積が広い。
 なのに立派な体躯の前面は、無防備といって良いほど曝け出されていた。

 首元の生地は、ネックレスが触れている部分まで。
 背中は多分布地に覆われてるけど、胸元も腹部も全部何にも覆われていない。

 首筋と両腕、背中以外の上体は全て露出する、褐色の大半を晒し出す服装で旭陽が哂っていた。

 固まっている俺に視線を当てたまま、旭陽が少しだけ身を捻る。
「こねえなら別にいいけどよ」
 どうせすぐ飛び付いてくるだろ、と言わんばかりの口振りで零して内腿から手を離そうとする。

 その瞬間、床に張り付いていた両脚が動いた。
 揶揄されていたよりも素早い動きで椅子の真横まで移動し、投げ出されている片脚を掴む。

「っ」

 息を呑む、まではいかない。
 あまり加減できなかった鷲掴み方に対する僅かな息を詰める音が、微かに鼓膜を震わせた。

 止めてはこないんだろ、どうせ。
 俺の理性を殴り飛ばすような格好だって、お前が自覚してないわけがない。
 わざと煽ってきてるんだろうけど、それなら俺だって我慢しないからな。


「ッぁ、おまえ……っ」

 長い足を引いて全身を引き寄せてやると、ずるりと背中が滑った男が目を見開く。
 飛び付かれるのは予想してても、こっちに食い付かれるとは思わなかった?
 でもやめない。煽った責任は取れよ、旭陽。

「ひっ、ァッ」

 片脚を高く持ち上げたまま、僅かに浮いた股座へ食らい付く。
 下衣の上から齧り付いてやれば、頭上で短い悲鳴が零れた。

「っあ、きら、!」

 制止する為に伸びてくる手より外から腕を回し、反射的に逃げようとしていた腰へ旭陽の片手ごと腕を巻き付ける。
 腕が回りきらないけど、柔らかなクッションから半端に浮いた状態で腰を固定してやるくらいはできた。

「そんな殆ど半裸みたいな格好で出歩くなんて……誰かに見られたらどうするつもりだったんだ、旭陽」
「っぁ、あ? 見、られて、っ悪ぃ体、してる覚え、ねえよ……っ!」

 やわやわと歯を食い込ませては弱めながら、不満を押し出した声音でぼやく。とんでもなく煽られたけど、この不平も本心だ。
 歯が当たる度に腰を震わせながら、旭陽が不審げに眉を持ち上げた。
 何言ってんだ、って内心が露骨に眼差しに出てる。

 そりゃそうだけど! そういうことじゃなくって!
 むっとして口を大きく開き、じわじわと湿り気が染み出してきた場所に吸い付いた。
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