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番外編
おすすめのゴム
しおりを挟む「ねえねえ、奏ちゃん。おすすめのゴムってある?」
「………へ?」
成海さんから振られた突然の質問に、オレはたっぷり五秒固まった。
一応、聞き返してみたものの、頭はまだ働いていない。
「あっはは。予想どおりの反応だ」
「……成海さん、からかわないでください」
「からかってないもん。いいのがないか、本当に探してるんだって」
――だとしても、オレに聞くのは絶対間違ってると思う。
そういう話に苦手意識があるって成海さんは知っているはずなのに、どうしてそんなオレにわざわざ聞くんだろう。
――ってか、こんなところでする話でもないし。
オレと成海さんがいるのは、駅前にあるファストフード店だ。
フットサルの帰りにハンバーガーを奢ってくれるって言うから、ついてきたんだけど。
――まさか、こんな話をするためだったなんて。
ついてこないほうが正解だったかもしれない。
呆れた表情を隠しもせず溜め息をついていると「ごめんってー」と成海さんが軽い口調で謝ってきた。
これ絶対、本気で思ってない。
「参考に……どんなの使ってるとか、そういうのも聞いちゃだめ?」
「…………」
「ううー……だめかぁ」
無言のまま睨みつけていたら、成海さんはすぐに諦めたみたいだった。
しょんぼりと眉をへの字にしながらストローを咥え、コーラを音を立てて啜っている。
「……なんで、いきなりそんな話なんですか?」
「聞いてくれる!?」
「やっぱ、やめときます」
「奏ちゃーん」
やっぱり、これは聞かないほうがいいやつだ。
縋りつくように伸ばされた腕から逃げて、オレは食べかけのハンバーガーにかぶりついた。
◇
――そんなの聞かれたら、気になるじゃん。
その日の夜、オレは悠吾の寝室にいた。
悠吾は今、風呂に入っている。さっき入ったところだから、もうしばらくは出てこないはずだ。
「どこに、しまってあるんだろ……」
そんなことも知らなかった。
ああいうことをしているとき、オレに周りを見るような余裕はない。そのうち慣れるかと思ったけど、いまだにそんな気配は全くなかった。
手始めにベッド横にあるサイドボードを探ってみる。
可能性の高そうな一番上の細い引き出しを開けてみたけど、それらしいものは見つからない。
二段目、三段目と探してみたけど見つからなかった。
「……他って、どこだ?」
そもそも、このベッドの周りには収納が少ない。
ヘッドボードはあるけど、そこは上に物が置けるようになっているだけだから、そんなものを隠しておける場所はないし。
「後は、ベッドの下とか……?」
可能性としては低そうだけど、一応確認してみることにする。
シーツの上にうつ伏せに寝転がって、そのままベッド下を覗き込んだ。
「ないよなぁ……」
「何が?」
「――ッ!」
ぎしり、とスプリングが沈んだのと同時に、すぐ後ろから悠吾の声がした。
耳に吐息を感じる距離だ。
こんなに近くに来るまで全く気づかないなんて――探し物に夢中になりすぎだろ、オレ。
「何か落としたの?」
「あ……いや、別に……そういうわけじゃなくて」
嘘って、咄嗟につけるもんじゃない。
この質問には頷くほうが正解だったのに、思わず違うと言ってしまった。
「じゃあ、探し物?」
「…………」
やっぱり、そう聞くよな。オレでもそうすると思う。
っていうか、いつまでこの体勢なんだろう。
オレはさっきと変わらずベッドにうつ伏せのまま、悠吾はそんなオレに覆いかぶさる格好だ。
体重は全然かかってないから苦しくはないんだけど、風呂上がりなせいでいつもより高い悠吾の体温と、うなじの当たる吐息のせいで全然落ち着かない。
「何を探してたのか、聞いちゃだめ?」
「できれば、聞かないでほしいかな……」
これじゃ探し物をしてたって肯定することになっちゃうけど、どうせもう隠しきれていないだろうし――せめて、何を探してだけは聞かないでくれればなって思ったんだけど。
「やましいこと? それとも、いやらしいこと?」
悠吾は誤魔化されてくれないらしく、耳をくすぐる様にそう囁かれた。
これは、もうほとんどバレているとしか思えない。いや、バレてはいないのか?
どっちだろう。
「耳、赤くなってるってことは、いやらしいほうかな?」
「う……」
オレの身体は、口より正直だったらしい。
悠吾はくすくす笑いながら、オレの耳を甘噛みしてくる。
ひくひくと身体を揺らして反応するオレを見て楽しくなってきたのか、腰や尻に手を滑らせ始めた。
「ちょ……っ、悠吾。やめろよ」
「やだ。教えてくれるまで悪戯する」
「イタズラって」
悠吾って見た目はこんなに美形で紳士なのに、こういう子供っぽいところがあるよな。
オレと一緒にいるときだけだって、前に八柳さんが話してくれたけど――オレからしてみればこっちの悠吾のほうがデフォルトだから、いまだにちょっと信じられない。
「……んっ、ちょっと……あッ」
「気持ちよさそうな声、可愛い。好きだよ、奏」
「ぁ……ッもう、やめろって」
悠吾は執拗にオレの弱いところを責めてくる。うなじの噛み痕は本当にだめだって前から言ってるのに。
ふるふると必死で首を横に振っても、やめてくれる気配はない。
それどころか、今度はオレの脇腹に添えた手をこしょこしょと動かし始めた。
「ひゃっ、あはははは、やめろ。無理だって!」
「こっちのほうが降参するの、早そうだね」
脇腹をくすぐられるのは、うなじよりもだめだった。
こんなの、一瞬でも耐えられない。
「も、降参っ! 降参する、からっ!」
すぐにそう叫ぶしかなかった。
笑いすぎで乱れた呼吸を整えていたら、身体を起こした悠吾がオレの身体をころりと仰向けに転がす。
もう一度覆いかぶさった悠吾に、正面から見下ろされる形になった。
「じゃあ、教えて。何を探してたの?」
「…………ゴム」
「ゴム? ……それってもしかして、コンドーム?」
「……」
その名称を口するのはなんとなく嫌で、無言のままコクリと頷く。
悠吾はどこか不思議そうな表情でオレの顔を見つめていた。
「……なんだよ、その顔」
「いや、今更どうしてそんなもの探してたのかと思って」
その質問は当然だ。
今までオレからその話を振ったことはなかったし、突然なんでって思うのが普通だろう。
「成海さんに、聞かれて……」
「コンドームのことを?」
「うん……だから、ちょっと気になって」
そんなこと聞かれたら、どんなの使ってるんだろうって、ちょっとぐらい興味を持っても仕方ないと思う。
オレ、まだまだ思春期真っ盛りなわけだし。
「そっか。でも残念だけど、この家にはないかな」
「え……? ない?」
「うん。今まで使ったことないよ。気づいてなかったの?」
「そういえば……そうだっけ?」
記憶を辿ろうしたみたけど、アレの最中のことを思い出すのはなんだか微妙な気がして、曖昧に返事をする。
悠吾から視線を逸らして唸っていると、悠吾の手がオレの下腹部に触れた。
「いつもここに注いでるのに、忘れちゃった?」
「――っ、あ……それは」
「あったかいって奏が言ってくれるの、嬉しかったんだけどな」
「~~ッ、そういうの! 今言うの、なし!」
一気に顔が熱くなる。
こんなの恥ずかしくないほうがおかしいし。
悠吾のパジャマの胸倉を掴んで、自分のほうに引き寄せる。熱くなった顔を押しつけていたら、悠吾が声を上げて笑い始めた。
◇
「……全部、成海さんのせいだ」
変なことを聞く羽目になったのも、恥ずかしいことを思い出さされることになったのも――全部。
なんならその後「今度はちゃんと覚えててね」なんて囁いてきた悠吾に恥ずかしいことをされたのも、言わされたのもだ。
「……最悪」
横になったまま悠吾に背中を向けて、ぽつりと吐き出す。身体一個分ぐらいの距離を取ったはずなのに、悠吾はすぐにその距離を詰めてきた。
「気持ちよくなかった?」
「…………」
そう、オレの耳元で囁く。
悠吾ってこういうとこ、ちょっとおっさんくさいよな。
さっき「やましいこと? いやらしいこと?」って聞いてきたのもそうだし――エロいことをしようとすると、そういうスイッチが入んのかな?
でもこんな美形におっさんっていうのは、気が引けるから言わない……今のところは。
「奏が必要なら、コンドーム持って帰ってこようか?」
「いらねえし……って、持って帰る? 買ってくるじゃなくて?」
「うちで開発してるコンドームがあるんだよ」
「へえ……そうなんだ」
――なんでも作ってるんだな、悠吾の会社って。
医療機器なんかを扱っている会社だから関係ありそうっちゃありそうだけど、そのあたりのカテゴライズはよくわからない。
「でもアルファとオメガの番なら、使わないほうが多いと思うんだけど……」
「そうなんだ?」
悠吾がこぼした言葉が気になって、オレは振り返るように身体を反転させる。
悠吾のほうを向き直った。
「なんか気になんの?」
「気になるっていうか……前にも話したことがあると思うけど、オメガはアルファの精を受けることでフェロモンが安定するから、避妊はアフターピルを使うほうが一般的なんだ。薬の副作用を鑑みても、そちらのほうがいいことが多いからね」
「じゃあ、なんで成海さんは急にあんなこと言い出したんだろ……」
「それは――これは、俺の憶測なんだけど」
「心当たりあんの?」
悠吾は頷いたけど、オレに話すかどうか迷っているみたいだった。憶測って言ってたし、あんまり自信がないのかもしれない。
それでも心を決めたのか、慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「オメガにはね、過剰にアルファフェロモンの摂取することが、あまり推奨されてないタイミングがあって……」
「うん? それって、相手が番のアルファでも?」
「相手が番だからこそ、余計にだね……母体は、番のフェロモンに強く反応しすぎてしまうから」
「へえ…………って、待って。母体? ……それって、もしかして」
「まだ、憶測でしかないけどね」
「ぇええええ?!」
――え、え? それって、そういうこと? だから、成海さんはオレにあんなことを聞いてきたの?
でも、そう言われれば思い当たる節がある。
今日、成海さんは珍しくサークルの練習に全く参加していなかった。
それ以外にも、今日はやたら他のサークルメンバーに色々言づけしたり、あれこれ教えたり――今考えればあれは全部、自分が来れなくなったときのための引き継ぎだったのかもしれない。
「でも、それならそうだって教えてくれても」
「オメガの妊娠はまだまだ厳しいことも多いからね。安定期に入るまではあまり周りに言うつもりがないのかもしれない――でも、奏にはそれとなく伝えたかったのかもしれないね。それでコンドームの話を振ったんじゃないのかな?」
「わかりにくいけど……成海さんならやりそうかも」
――成海さんに、子供……か。
そう考えただけで、なんだか気持ちがふわふわしてくる。
オレと同じで男性体のオメガ。天樹さんというアルファの番がいる――そんな成海さんは、オレにとって一番身近なオメガの先輩だ。
近い存在だからこそ、つい自分を重ねてしまうときがある――今もそうだった。
「なんか、すごいな……」
そう口にした瞬間、きゅっと身体の奥が疼いたのがわかった。
目の前の悠吾の身体にしがみつく。
悠吾のフェロモンの香りが少し強くなったのがわかった。
「……うん、そうだね。とてもすごいことだと思う」
悠吾の腕がオレの身体を抱き寄せる。
震えている声といつもより強いその力になんだか胸が熱くなって、ちょっとだけ泣いてしまいそうだった。
END.
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