√悪役貴族 処刑回避から始まる覇王道~悪いな勇者、この物語の主役は俺なんだ~

萩鵜アキ

文字の大きさ
17 / 92
1章 悪役貴族は屈しない

第17話 驚異の児童

しおりを挟む
「これは……」
「どうもこのネズミたちは、森から出て首都で暮らしていたようだ。礼儀正しいネズミならば、丁重にお引き取り願ったのだが、かなり育ちが悪かったようでね」

 彼らは隷属魔法を使って人間を使役し、気に食わなければ殺害していた。
 それは自分たちエルフは崇高な存在で、人間は家畜以下だというエルフ至上主義の思想故。

 特にこの三人は、それが非常に強かった。
 だからハーフエルフのハンナを憎悪し、人間と交わった母を汚らわしいものとして虐待したのだ。

 当時かけられて、今もまだ残り続けている〝呪〟が、ずきんと痛みを発した。
 より強力に巻き付き、心臓を縛り上げる。
 それは術者の死によって、呪いが強化された瞬間だった。

 その呪いは、寿命が半分になるものだった。

 ハーフエルフの寿命は四百年程と言われている。
 しかし、400年が200年になろうと、どうでも良かった。
 長く生きたって、やりたいことなどなにもない。

 そんなことよりも、この者たちの首が揃って目の前にあるだけで、ハンナは、もう十分だった。

「この者たちは、少々やり過ぎた。里に帰す前にハンナに知らせようと思ってね」
「あ……」

 そこで、ハンナは公の真意を悟った。

 彼はただ傍若無人なエルフを摘み取ったのではない。
 そもそもエルフは森を捨てない。都会などで生活をしない。
 だから、彼らが首都に現われたのは、なんらかの餌があったからだ。

 たとえば――ハンナがここに隠れ住んでいる、という情報を流したとか。

 彼らに餌を撒いて首都におびき出し、公は自らの土俵で刈り取った。
 つまり公は、こっそりハンナの母の仇を取ってくれたのだ。

「ありがとうございます!!」

 憎きエルフの顔を、一日たりとも忘れたことはない。
 もし自分に力があれば、まっさきにこの三人を殺していただろう。

 絶対に許さない。
 殺してやる!

 しかし、実際にハンナは彼らを殺せない。
 人を殺してはいけないと、法に書かれているから。
 人殺しはいけないという、道徳があるから。

 自分をいじめた奴を、いじめ返してはいけない。
 復讐してはいけない。
 恨んではいけない。

 左の頬を殴られたら、微笑んで右頬を差し出さなければいけない。
 それが、この世の正義だった。

 世界中のあらゆる正義は、復讐を許容しない。
 だから、なんとか復讐を忘れようとした。
 悪逆非道なあいつらみたいに、自分も悪の道に足を踏み入れてはいけない。
 絶対に、同類になんてなってやるものか、と。

 しかしその相手の首を、自分の代わりに刈り取ってくれた。
 それも、王国の法に則って悪を討ったのだ!

 本物の正義は無力だ。
 だが、悪は悪を滅ぼせる。
 正義ではなしえない正義を執行する悪――正義悪。
 これを体現するファンケルベルクに、ハンナは心酔した。

 ファンケルベルクが正義悪の道を歩む限り、私はそれを全力で支えよう。残りの人生すべてを、ファンケルベルクに捧げよう。
 ハンナはそう、固く心に誓った。

 そこから百数十年。
 ハンナは少しずつ仕事を覚え、己を鍛えて、ついに使用人筆頭にまで成長した。

 そして現在、124代目の当主となったエルヴィンは、残念ながら正義悪の道を志しているようには見受けられない。

 無理もない。
 それを教え込まれる前に、母が……そして父までも逝去してしまったから。

 ファンケルベルクはどうなってしまうのか。
 使用人たちが揺らいでいたが、ハンナはエルヴィンを信じていた。

 きっと彼も、正義悪の道に目覚めるはずだ、と。
 しかし、そんな矢先に、エルヴィンが商人のまねごとを始めた。

 これには、ハンナは心底落胆した。
 彼は決して阿呆ではない。通常の9歳児より学力はある。
 そんな彼が、商人のまねごとを始めた。

 これは、ファンケルベルクをやめるというシグナルに違いない。

「なんとかしないと……」

 どうにかして正義悪の道に引き戻したい。
 ない知恵を絞った結果、たどり着いた方法はショック療法だった。

 丁度、エルヴィンに恨みを抱く商人が一人いる。
 これをエルヴィンにぶつけて、危険な状況に追い込む。

 そこで手を差し伸べて、進むべき本当の道を示せば、なんとかなるかもしれない!

 後になって考えれば、とんでもない理屈であるとわかる。
 しかしこの時のハンナは、先代の逝去にエルヴィンの鞍替え疑惑発生と、冷静ではいられなかった。

 余命が幾ばくも残されていないことも、彼女を焦らせる要因の一つになっていた。
 エルヴィンが成人を迎えるまでに、ハンナは呪魔法により命を落とす。

 寿命はもうすぐそこまで迫っている。
 エルフ特有の急速な老化が始まって動けなくなる前には、なんとかしないと……。
 そんな焦りが、正常な判断を鈍らせた。

 実際に商人をぶつけてみると、エルヴィンは『待ってました』と言わんばかりに、口元を歪めた。
 それはまるで、獲物を狩り場に誘い込んだ時に浮かべる、歴代ファンケルベルク公の凶悪な微笑みそのものではないか!

 そしてその表情の通り、エルヴィンは驚くほどあっさり商人を捕縛したではないか。
 それもハンナが知らない、凶悪な魔法を使って、だ!

 これは本当に10歳児の所業か?
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

学生学園長の悪役貴族に転生したので破滅フラグ回避がてらに好き勝手に学校を魔改造にしまくったら生徒たちから好かれまくった

竜頭蛇
ファンタジー
俺はある日、何の予兆もなくゲームの悪役貴族──マウント・ボンボンに転生した。 やがて主人公に成敗されて死ぬ破滅エンドになることを思い出した俺は破滅を避けるために自分の学園長兼学生という立場をフル活用することを決意する。 それからやりたい放題しつつ、主人公のヘイトを避けているといつ間にかヒロインと学生たちからの好感度が上がり、グレートティーチャーと化していた。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。 しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。 彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。 一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...