√悪役貴族 処刑回避から始まる覇王道~悪いな勇者、この物語の主役は俺なんだ~

萩鵜アキ

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1章 悪役貴族は屈しない

第40話 G

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 そう言うと、男は腰からぬらりと黒いナイフを抜いた。
 細く鋭いそれは、まごうことなき暗器。
 暗がりで誰にも気づかれずに人を殺すためだけに開発された武器だった。

「さっきの三人の中で、おれたちと対等に殺り合えそうな奴は一人もいなさそうだったが、もしかしてファンケルベルクってのは、名前だけが一人歩きした雑魚集団なのか?」
「…………」
「そんな雑魚を飼ってるお山の大将エルヴィンも、大したことねぇんだろうな」

 ――バチン!
 どこかで、太いゴムがちぎれるような音が響いた。

「……お前、なんて言った?」
「はっ! 聞こえなかったのか? テメェら全員雑魚なのは、大将が雑魚だからだって言ったんだよ!!」
「わたしたちをなんと言おうと戯れ言として見逃すが、エルヴィン様への罵倒だけは絶対に許さん!!」

 カラスの頭に血が上る。
 その一瞬の隙を付かれた。

 黒い暗器がカラスの心臓に迫る。

 ――殺った!

 ジャックは自分の作戦の成功を確信した。

 いかにカラスが戦闘員でないと知っていても、一切油断はしていなかった。
 知らない能力を隠しているかもしれないからだ。

 故に、カラスを怒らせ判断能力を鈍らせた。
 自分の力が最も発揮出来る間合いから、全力でナイフを突き出した。

 だが、

 バキグチャバリブチュ……。
 嫌な音と振動とともに、ナイフが止まった。

 ナイフに、なにか黒いものが纏わり付いている。
 それがこちらの攻撃を阻害したのだ。

 確実に殺したと思ったが、ナイフは心臓に届かないばかりか、胸にさえ届かなかった。

「チッ!!」

 殺せなかったとわかるとすぐにバックステップ。
 一体なにが攻撃を阻害したのか、カラスの動きを警戒しながら横目で見た。

「……へっ?」

 それは、虫だった。
 自分のナイフと手に、見たこともない虫の死体が、大量にこびりついているではないか!

「うわぁぁぁぁぁあああ!!」

 戦闘中だということも忘れ、ジャックは悲鳴を上げた。
 何度も手を振り、こびりついた虫の死体を振り払う。

「な、なんだよこれ! なんでこんなもんが……くっ」

 気持ち悪い。
 怖気が走る。

「お前は、絶対に許さん。すべての肉という肉を虫たちに食わせて、苦痛という苦痛を味わわせてやる。それでもまだ偉大なるエルヴィン様の名を穢すことが、どれほどの大罪か、思い知らせてやる……ッ!」
「ひっ」

 未だかつて感じた事のない殺気が襲った。
 かつて、ジャックは聖皇国の暗部で鍛え上げられた。
 様々な精神的攻撃を受けても、行動が乱されぬよう、教育を受けてきた。

 その中で、散々殺意をぶつけられてきた。
 中には腰を抜かすほどの殺気を放つものもいた。

 しかし、このカラスほどの殺気を感じた経験は、いまだかつてない。
 粘着質で、どこまでも暗く、決して振り払えない重圧……。

 それは、殺気を向けられただけで、自分の中にある聖なるものが完全に穢されたと錯覚するほどだった。

「き、きさ、貴様……な、なんなんだ!? 一体、なんなんだよ!?」
「アドレア王国ファンケルベルク公爵家、家令副長のカラス。またの名を――」

 蟲死むし使い。

 カラスは、何故これほどの情報を取得出来ているのか?
 何故小さな情報すら逃さず取得した上で、きちんと処理出来るほどの能力があるのか?

 それは、必要に迫られたためだ。

 処理能力を必至に身につけなければ、自らの先天的異能――蟲を操り情報を取得する力により、今頃自我が消し飛んでいただろう。

 カラスは自分を守る為に、誰にも勝る情報処理能力を身につけた。
 国中に存在する蟲からの情報を、苦痛なく受け入れられるようになった頃、彼は、世界でも有数の諜報員となった。

 ――わたしは戦えません。
 カラスの言葉は正しい。

 なぜなら本当に、カラスは戦わないからだ。
 身体能力だって一般人レベル。ファンケルベルク家の使用人の中で最も弱い。

 だが、〝戦わない〟とは言っていない。

 蟲を操り、ジャックへとけしかける。

「ひっ!」

 影のように地面を這い、波のようにせり上がる。
 黒光りするその蟲たちを見て、ジャックが悲鳴を上げた。

「それは雑食でしてね。基本的に、食べられるものならばなんでも食べてくれます。ウジ虫以下のあなたには、うってつけの蟲ですよ。エルヴィン様に懺悔しながら、どうぞあの世へお引き取りください」
「うわぁぁぁぁああ!!」

 カラスが呼び寄せた蟲たちが、あっという間にジャックを飲み込んだ。
 圧倒的多数の蟲たちに群がられては、ナイフ一本ではどうしようもない。

「教皇……様、バン、ザイ……」

 ジャックは生きたままかじられ続け、筋肉のほとんどが蟲たちの胃袋に消えた頃、ようやく絶命したのだった。

「さーてぇ。そろそろ他も終わっているでしょうねえ。逃走ルートに合流しましょうかあ」
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