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22.お兄様の誕生日①
しおりを挟む皆さんは覚えておいでだろうか、リリーの誕生日のドラゴン事件のことを。そう、あの子供ドラゴンの件である。
ドラゴン事件により注目が集まったこの、あらーと……ありゃーと……なんとかタルト家には今日のお兄様のバースデーパーティーにかこつけ、ドラゴンを見に呼ばれていなくともプレゼント片手に受付にくる人が多くいた。色とりどりの箱を避けて進み、お客の相手をしている執事さんの足元に座る。
今回はお呼ばれしなかった商人の、お使いの人がひょこひょこと遠くの厩舎に目を向けながら、危なっかしい手つきでプレゼントを渡していた。
「此度は~シャスタ様の、9歳のお誕生日、お、めでとう、御座います」
「シャスタ様にお伝えしておきます、して、何かウチの厩に御用事でも?」
「ええ、まぁ、主人からあの、ドラゴンはどうなったのかと……」
「自然に放ちましたよ、こちら返礼になります」
「はい、ありがとうございます、そうですよねぇ。それではチャーリー殿にも宜しくお願い致しますとの事で、失礼します……」
こんなやり取りをもう数十人と繰り返している執事さん、来る人来る人が遠くにある厩舎を覗こうと背伸びをしながらプレゼントを手渡し、招待された人は会場へ、プレゼントのみの人はお家に帰される。
暫くそんな様子を見ていたら私に気づいた執事さんからクッキーを一枚貰い、会場へどうぞと言われたので大人しく人が多い会場へと歩いて行く。
キノコか薬草かそれともどちらもなのか、領地経営の金銭に余裕ができたっぽく、ヒゲオヤジがいっちょ前に楽団を呼んだようだ。
今も会場の前の方で明るい曲を響かせる楽団員達、楽団といっても辺境だからか売れっ子の、とはいかなかったようだが。
練習だと思って明るい曲を演奏してくれ、誕生日だから悲しい曲は無しでな!と今まさに彼らにとっての本番だろうに面白くもなんとも無いジョークを聞かされた指揮者の人には同情する。
「ぷきー、きゅぴききゅ(いやー、人が多いわ)」
「あっ、トンちゃんだー」
「トンちゃんおめかししてるー」
「ぷきょ?ぴききーぴきゅきー(おりょ?ちょっとおろしなさいよー)」
「トンちゃんいっしょにケーキたべよー」
「ジュースのもー」
名も知らぬチビっ子Aとチビっ子Bに抱えられ、口にケーキやらクッキーやら七面鳥の脚やらを突っ込まれる。口の中が甘いんだから塩っぱいんだか分かんない。
暫く口の中に入れられてくる料理をピンクの丸い、星のパイセンよろしく吸い込んでいたら、リリーがこっちに走ってきた。
「リリーのトンちゃんかえして!」
「リリーちゃんのアンテナーささってないじゃん」
「トンちゃんはリリーのなの!」
「トンちゃんまたあそぼーねー」
私は誰のものでもないわ。自分の鼻の頭についたクリームが舐めとれないわ。ぬいぐるみよろしくリリーの腕に抱えられた私ことトンちゃんは、鼻に良い匂いのクリームを付けリリーに頭を撫でられながら会場の中を移動してゆく。
「トンちゃんったらすぐにどっかいっちゃうんだもの、めっ、よ、めっ!」
「ぴぷー、ぴきっぴぴ(鼻の、クリーム取れね)」
「お兄様のたんじょーびだから、リリーのおともだちすくないの、つまんないの」
「きぷきゅきゃ(お友達)……」
そうか、お友達。私の脳内に閃光が走る、お兄様へのプレゼントは結局用意できなかったが、なんか珍しい植物が好きみたいだったし背中に色々生えてるヌシ様を紹介すれば喜んでくれるのではないだろうか。
そうと決まれば早速呼んでこよう、リリーの腕を叩き画板を出せと指示をしてみる。
「どうしたのトンちゃん、あ、お鼻のクリームとって欲しかったのね、とれたよ」
「ぶギュ、ぷきゃきゃーぴきゃー(ぶギュ、違うわよ画板出しなさい)」
「紙に書きたいの?いいよー」
地面に置かれた画板、書きやすいは書きやすいけどどうなのかしら、汚れてきに。
至近距離で覗き込んでくるリリーの邪魔な髪の毛を退けて、胸元のピニヨンリールに装着されてるクレヨンで単語を書き並べる。
『ともだち よんで くる」
「トンちゃんのおともだち?」
「ぷきっ(そうよ)」
「わぁ、すてきね!おとーさまぁー!!」
遠くでお客相手にゴマを擦っていたヒゲオヤジがピクリとリリーの声に反応した。
こっちにズカズカと歩いてきて、私とリリーを見下ろすヒゲオヤジ。長く伸ばしているヒゲを触りながら、私の書いたクレヨンの文字を読む。
「子豚の友達?」
「そう!トンちゃんのおともだちも、よんでいいかって!リリーね、トンちゃんのおともだちにあいたい!!」
「いいぞ呼んでこい」
「ぴひゅぴゅ(許可もらえた)」
「魔獣が一匹二匹増えたところで変わらんだろ、さっさと戻ってこいよ子豚、リリーが寂しがるからな」
それだけ言うとリリーを連れて、お兄様が居る輪の方へ歩いて行くヒゲオヤジ。画板を持って連れて行かれるリリーがスカートの裾をひらりと揺らめかせ、こちらを向いて。
「トンちゃん!迷子になっちゃダメよ!!」
「ぷきゃきゃぅ(なるわけないでしょ)」
保護者面でそう言った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
楽団員達は和やかに演奏していた。作ったばかりで駆け出しとも言って良い自分達に仕事が来たのだ。難しい曲のリクエストもなく、楽器の質を高級楽団と比べられることもない。
ただ賃金が支払われ、練習だと思ってくれて良いという懐の広い辺境地の領主からの依頼。楽団員達は幸せであった、せめて精一杯会場を盛り上げようという使命を胸に各々の楽器を奏でていた。
そんな楽団の長をしている指揮者は、指揮棒を振りながら、ティンパニーの音が小さくなったのに気づいた。おかしい。今演奏している曲は明るく楽しい曲の筈。
跳ねるような音がどんどんと小さくなり、小石が転がるような音しか鳴らさなくなった年若い彼に音を大きくしろと睨みを効かせるが、彼は青い顔で俯き、天を見上げ、両腕を大きく振り上げて勢いよくティンパニーの中へと頭を突っ込んだ。
残念ながら今演奏している曲はかの有名な『ティンパニとオーケストラの為の協奏曲』ではない、勿論楽団長はティンパニーの叩くところを頭で突き破れなんてとち狂った指示は出していない。
しかし途切れる事なく曲は続くし客の驚いた声はありはしたが、笑い声と共にそのような余興なのだろうとの声が聞こえてきた。
だが次は前触れも無くフルートの一人がふっと横に倒れ、隣にいたオーボエが支えようとしたがこちらに顔を向けたあと二人一緒に地面に沈んでいった。
ホルンがステージの床と擦れる音を出したかと思えば、今度はトランペットが馬の嗎(いななき)のようなとんでもない音を出し、チェロが手を滑らせ、あわや楽器ごとステージから転落という危ない場面を作り、トロンボーンがスライド管を彼方此方にぶつけ始めてもうてんやわんやである。
何故だ?何故そんなに慌てている??右を見ても左を見ても楽団員達の青ざめ、白くなり、今にも泣き出しそうな顔ばかりだ。
駆け出しとはいえそれなりに練習も本番も重ねてきた、それもこんな辺境地の小さな誕生会での演奏で、何をそんなに慌てる事があるのだろうか?
会場にいる子供の笑い声と大人の訝しげな声、そして楽器の、最早演奏と呼べない楽器の叫び声が響く中、唯一目を閉じて動じる事なく演奏を続けるヴァイオリンの彼女を見つめる。
この子は大きな楽団に所属していたのだが、人間関係が苦しくなりウチの楽団に移籍してきた子だ。一番歳下ではあるが、ヴァイオリンの腕は帝都で知られる有名どころの楽団員にも負けない。
そんな彼女はゆっくりと目を開け、楽団員達の暴走に唖然として指揮棒を止めてしまった私を見て、にっこりと微笑むと。
そのまま後ろに倒れた。
「だから何故ッ!!!?」
安らかな顔で目を瞑る彼女の胸には、傷が付かぬようしっかりと抱き締められたヴァイオリン。見上げたプロ根性である。
演奏する者が次々と倒れ音楽のなくなったステージ上で、私は、突然の混乱について領主様にとにかく頭を下げるべく、パーティー会場の方を向い……むい…………む………………
楽団員達にプレゼントだと貰った指揮棒を持った手が震えながら上がり、会場の向こうから響いてくる振動の主をさした。手が震え、膝が笑い、頭から爪先まで血液がさぁっと降りていく。
「ぁ……ぁ…………!」
カラン、手から落ちた指揮棒が一度跳ねて、ステージから転がり落ちていった。明らかに人間よりも大きい影、長く大きな爪に、ずらりと並んだ鋭い牙が長い髭の間から覗く。その魔獣は、真っ直ぐに私達の方を見ていて。
あぁ、団員達は、そうか、あぁ、あ
指揮者の綺麗なテノールと、魔獣の雄叫びが辺りに響いた。
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