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26.アンテナー、襲来
しおりを挟むお兄様が帝都へ旅立って三日、今日もいじけて朝ベッドから出てこなかったリリーも、いい加減お腹が空いたのか遅い朝ご飯に降りてきた。
俯き、モソモソと焼いただけの食パンを齧るリリーを元気づけようと積極的に話しかけるヒゲオヤジ。
「うぉっほん、あー、その、リリー?今日はお父さんと一緒に狩にでも行かないか?」
「いかない」
「じゃ、じゃあお買い物に」
「いかない」
「お庭の散歩でも」
「いきたくない」
「ヴっ」
「ご主人様、どうかお気を確かに……!」
素気無く断られてやんの。机の上に倒れたヒゲオヤジの背を摩る執事さん、何も言わず、だけどリリーのお皿に自分の分のウサちゃん林檎をそっと乗せるお母様。
しょーがないわね、この私が直々に元気付けてやるとしましょう。サモサモと林檎を齧るリリーの足元に御座りをし、愛くるしい上目遣いで遊んでやっても良いと示す。
「ぷぴぴ?ぴきゃぴっきょ───(リリー?そんな落ち込まなくても───)」
ザクッ
「ぷき?(ん?)」
私のすぐ側に突き刺さるアンテナー。メタリックピンクがキラリと光り、背筋を悪寒が駆け上がる。サッと警戒体制を取ると、ゆらりと上半身を揺らしたリリーが椅子から降りてきた。
子供らしいお手手がアンテナーを抜き取り、構える。
パターンピンク、アンテナーですッ!!!
「とりゃぁっ!!」
「ぷきょぉっ!?(やめてぇっ!?)」
振り下ろされたアンテナーを飛び跳ねバックステップで避ける。ホラーゲームのキャラのようにギギギ、と、リリーの顔がゆっくりこちらに向いた。限界まで開かれた目と、口の端についた一房の髪の毛。
恐怖に駆られ廊下に走り出すと、背後からたったったっと軽い足音がついてくる。
「ぷきぷぷきぷっ、ぷきぷプキプッ、ぷきぷプキプッ、プキププキプッ!!(逃げなきゃダメだ、逃げなきゃダメだ、逃げなきゃダメだッ、逃げなきゃダメだッ!!)」
「トンちゃぁ~ん、どこいくのぉ~~?」
「ぴぎぎゃぎぎゃぁぁぁあ!!!!(逃げなきゃダメだぁぁぁぁあ!!!!)」
開いていた窓からシュポーーンと外に飛び出て、ジャンプしてガラスが割れない程度に強く窓を叩き閉める。これでリリーは追って来ないはず。一息つくために厩の屋根の下を目指そうと鼻先を向けると。
ガチャ、ギ、ギギ
「ぷきき?ぴっぴきゃ?(んん?何この音?)」
ギギギ、ギ、ギギギギギ
「ぴきゅ……ぴきゃきゃ……(まさか……そんなはず……)」
ギギギギギ……!
「ぴきーぷプッキっ、ぷキュキィっ……!?(リリーはまだ、子供なのよ……!?)」
ドバン!!
「トンちゃんまってぇーー!!!!」
「ピァッピィップィッビィー!!!?(ATフィールド突破されましたー!!!?)」
難なく窓を開けられ、外に飛び出てくるリリー。スカートを翻して私の後ろを必死に追いかけてくる…………その手にメタリックピンクのアンテナーを光らせながら。
三枚のお札も無いし、別にひとりで隠れんぼしてる訳でも無いので塩水も効果なし、しかし負けられない戦いではある。コーナーを曲がり薬草がすくすく育つ植木鉢を飛び越え、お屋敷のお庭を駆け回る。
「ピーーッきゃぎゃぎゃぃー!!(刺してーーッたまるかぁっー!!)」
「トンちゃんリリーのラジモンになってよぉー!どーしてなってくれないのぉー!!」
「プギャピャビャー!(アンテナーヤダー!)」
ぐるぐるぐるぐると一人と一匹で走り回り、疲れ知らずの子供とはいえ、流石に目が回ったのか草の上に倒れ込んでしまった。
「はぁ、はぁ、ふぅー……」
「ぴっ、ぷぴぴっ?ぷーきゃきぴっ??(なにょっ、おわりっ?終わったの??)」
「トンちゃん……速い…………」
「ぷぴゃっぴきぃー(当たり前でしょ)」
伊達にレベル上げの時に犬系魔獣から逃げ回ってないわ、見なさいこの鍛え抜かれたメリハリボディ!…………ハリハリボディ……?
セクシーポーズを決めてみるも、トントンのこの丸々とした愛らしい身体ではくびれができぬ、哀しみ。今日の朝ご飯の入ったお腹を撫でていたららリリーが起き上がり、突然ぽろぽろと涙を零し始めた。
「トンちゃん、わたし、わたしっ……」
「ぷっきーぴきー?ぷぷきー?ぴきゅきー??(どうしたのリリー?痛いの?怪我した??)」
「強くなりたいッ……!」
そんないきなり少年漫画みたいなこと言われても……えぇー……困る…………。ついさっき出てきた強敵に負けましたばりに悲壮感を漂わせ、地に手を付き膝をつき大粒の涙をこぼすリリー。
どっちかっていうとゲーム的に強くなるのはリリーじゃなくてラジモンの私なんだけど。顔を覗き込もうと近づくと、バッとリリーが顔を上げ前を向いた。
「トンちゃん私っ、学校を壊せるぐらい強くなるッ!!」
「ぷきゃーきょぷききぴゃぷきゅきゅっきょ(無謀と蛮勇は違うわよ)」
「そしたらずっとみんなで遊べるはずよ!」
「ぷきーっ(おバカ)」
ぺちむっ
「あいてっ」
他人が学ぶ場所と機会をそんな理由で無くそうとするな。学は力である、知識は武器である、そして資格は勲章である。初期装備に驕ることなかれ、ただの枝を伝説の剣にしろ。
だからといって私が勉強好きな訳じゃないし、頭良かったわけでも無いけど、暗記とかその科目に興味無いとホント無理。テストの時にカンニングペーパー作って結局使わなかったっけなぁ、なんて思い出していると、リリーが立ち上がり服の汚れを払った。
「トンちゃんおやつ食べに行こー、リリーお腹すいた」
「ぷっきっぷきゅぴゅ(さっき朝ご飯食べたじゃ無い)」
「お兄様が帰ってきたらねー、リリーねー、沢山お話しするんだー」
「ぷぴぴきゃきゃ(話すのは良いことよ)」
リリーも立ち直ったみたいだし、良かった良かった。さてと、では私はこれで心置きなく森の散策に行けるわ、どことなくスッキリとした様子のリリーを見送りくるっと反転して森へと───
ドスッ
「ぷきっ?(んんっ?)」
目の端に光るメタリックピンク。光から距離を取るためみょみょみょと横に逃げると、その細長い物体は地面から抜かれ、空中へと浮かんだ。リリーの手が揺れる、髪が揺れる、ドレスの裾が揺れる。
その白い手の中で陽光を受けて煌めくそれは、まるで、槍のようだった。
「トンちゃんどこいくのぉ……?」
「ぷ(ろ)」
「まってよぉぉぉぉぉぉおおおお!!」
「プキピプピーー!!!!(ロンギヌスーー!!!!)」
こうして、子豚と少女はお昼まで町を駆け回り、チュートリアの領地の人々に微笑ましい目で見られたのでした。
「とぉっ!!」
ザクッ!
「ぷぴゃぷききぃ、きゅきゃきゃぴー!!(アンテナーはもう、こりごりよー!!)」
画面が黒塗りになり、トンちゃんの顔の周りだけまぁるく切り取られ、最後に消えた。ちゃんちゃん。
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