クズ令息、魔法で犬になったら恋人ができました

岩永みやび

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14 口止め

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『おまえを俺の世話係に任命してやる。感謝しろ。地面に額を擦り付けて感謝しろ』
「地面に……?」

 こうですか? といいながら綺麗な土下座をしようとするロッドをフロイドが慌てて止めに入った。

 俺が魔法で犬になったことを知ってしまったロッド。ダリス殿下に報告するためフロイドは走った。ロッドも一緒についてきた。

 そうしてすべての事情を聞いたダリス殿下は頭を抱えた。殿下を前にしても動じないロッドは強い。

 そんな感じで何かを諦めたような顔になった殿下は、唐突にロッドを俺の側につけると言い始めた。要するに、色々噂が広まらないように見張っておこうというわけである。

 殿下の提案にあっさり頷いたロッドは「出世」とすごく小さい声で呟いていた。殿下たちには聞こえなかったみたいだが、俺にはバッチリ聞こえた。この失礼男め。おまえが俺の側につくのは口止めのためであって出世ではない。

 しかし俺の子分が増えたのは事実である。ドヤ顔で殿下を見上げるが、返ってくるのは冷たい目線。言っておくが、こうなった原因は殿下にもあるんだからな。

 俺のことを撫でてくるロッドは、心なしか上機嫌に見える。とはいえあまり表情が動かない彼である。なにを考えているのかいまいち不明。言動も予測不可能。

「いいか。この件は誰にも言うんじゃないぞ」
「はい」

 硬い声で念押しするダリス殿下に、ロッドが緩く頷いている。しかしすぐに眉を寄せた彼は「あの、先輩には言ってもいいですか」と確認を始める。ダメだって言ってるだろうが。そこまでして教えたい先輩って誰なんだよ。

 案の定「ダメに決まっているだろう」と呆れた声を発するダリス殿下は「なんでよりによってこいつが」と苦い表情だ。

 どうやらロッドのよくわからない緩い性格は殿下の耳にも入っていたらしい。早速心配されている。

『俺に任せておけ。しっかり情報管理させるから』
「不安なんだが」
『なんだと!』

 俺に謝れと殿下の足にぶつかっていけば、フロイドが慌てて俺を抱っこしてしまう。ちくしょう。気軽に抱っこしやがって。

「よろしくお願いいたします。ウィル様」
『うむ』

 よかろう。そこまで頭を下げるのであれば俺の子分にしてやろう。ニヤニヤ笑っていれば、殿下が「おい」と低い声を出した。

 すんと真顔になる俺。苛立ったように髪を掻き上げる殿下は、「余計なことをするんじゃないぞ」と怖い顔で睨み付けてくる。しないから安心してほしい。

 聖女ソフィアにも魔法は解けない旨を伝えれば、殿下がますます険しい表情になる。

「一体いつになったら人間に戻れるんだ」
『ねー、いつだろうね』

 ダリス殿下の言葉に同意しただけなのに、殿下は物騒な目線を注いでくる。ひぇ。

 手っ取り早くカルロッタ嬢とキスさせてくれればいいのに。殿下はケチだから認めてくれない。可愛い俺が困っているってのに。

 殿下の怖い顔から逃れようとジタバタしていれば、ドアがノックされた。ここはダリス殿下の執務室だから殿下のお客さんだろう。

 空気を読んで犬のふりをしておいてやろうと思う。へにゃっと笑顔を浮かべておとなしくする。

「よろしいかしら?」
「カルロッタ!?」

 現れたのはなんとカルロッタ嬢であった。
 彼女の登場は予想外だったらしい。ダリス殿下が驚愕している。

 カルロッタ嬢は殿下の婚約者とはいえ結婚はまだ。なので一緒に暮らしているわけではない。そう気軽に王宮へ来るわけではないのだ。

「どうした。来るなら事前に連絡を」
「お忙しかった?」
「あ、いや」

 しどろもどろになる殿下は珍しい。ぽかんとするフロイドの腕が緩んだ隙をついて床に着地すれば、フロイドが焦ったように手を伸ばしてくる。

 それをかわしてカルロッタ嬢の足元に駆けた。

「あら? 可愛い」

 わん! と鳴けば、カルロッタ嬢が俺を抱き上げてくれる。ふへへ。やったね。にこにこ笑って尻尾を振っておく。

「あらあら」

 そのままの勢いでカルロッタ嬢の唇を奪ってやる。殿下が「おっわ! おまえ、この野郎……!」と物騒な呻き声をあげたけど、カルロッタ嬢の手前それ以上はなにも言ってこない。

「ふふ、可愛い」
『わん! わーん』

 全力で犬のふりをする俺を、カルロッタ嬢はにこやかな笑顔で撫でてくれる。なにやら殺気を感じたが無視しておく。殿下は心が狭くて困る。

 これでキスをするという目的は達成できた。できたのだが、不思議なことに人間姿に戻れる気配はない。

『……?』

 首を捻りつつカルロッタ嬢にしがみついておく。すごく美人、可愛い。俺、年上の美人なお姉さん大好き。

 緊張感が漂う室内にて、なにも知らないカルロッタ嬢だけが呑気に笑っている。

「あぁ、それで」

 俺ににこりと笑いかけたカルロッタ嬢は、俺を抱いたまま殿下に向き直る。

「先日の件なのですが」
「先日?」
「えぇ。ウィルくんの」

 そこで困ったように視線をフロイドやロッドに向けたカルロッタ嬢に、殿下がなにかを察したらしい。「この者たちは事情を知っているから構わない」と先を促した。唐突に出てきた俺の名前に、こっそり体を硬くする。

「ウィルくん。とてもいい子ですね」
「あいつが、いい子?」

 どこが? と失礼な反応をする殿下は、胡乱な目を俺に注いでいた。
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