英雄様を育てただけなのに《完結》

トキ

文字の大きさ
6 / 35

風雷の国1

しおりを挟む
 龍の国と交流が盛んな小さな島国。それがメリの故郷だ。本当ならこの島で両親に愛情たっぷり注がれてすくすくと育つ筈だったのにと思うと胸が苦しくなる。メリは全く気にせず海に建てられたお城、竜宮城のような建物に入って、国王と王妃に挨拶を済ませて、二人に俺を紹介した。

「俺を育ててくれたミツだ。俺はミツと結婚する」
「は、初めまして。横谷満です」
「挨拶は終わったな。よし。帰るぞ、ミツ」
「え?」
「ちょ! ちょっとちょっとちょっと! 待ちなさい! メリ!」
「そうよ! メリ! 挨拶が終わってハイサヨナラなんてひどいわ! ちゃんと紹介しなさい!」

 メリの両親も物凄く美男美女だ。体格はお父さんに似て、顔立ちはお母さんに似たんだなと分かる。二人とも輝くような金色の髪をしていて、お父さんは夕日のようなオレンジ色の瞳、お母さんは太陽みたいな金色にも銀色にも見える色をしていた。光の加減で色が変わるから不思議だ。メリの瞳の色は二人の瞳の色が混じった感じなのかな?

「賑やかな家族ですね」
「賑やか、なのかな?」

 トキワ様は相変わらずマイペースで俺の腕の中で呑気に欠伸をしている。今も猫の姿だ。トキワ様、鹿の姿に戻らなくていいのかな?

「にい、さん?」
「え?」
「やっぱり、兄さんだ。兄さん! 今まで何処に行ってたんだよ!? ずっと、ずっと心配してたんだよ? 突然行方不明になって、やっと戻って来たと思ったらまた行方不明になって……父さんも母さんも、どんどん窶れていって、僕もあちこち探したのに、何処にも居なくて……ぅう」
「みつ、ほ?」

 俺が恐る恐る名前を呼ぶと、メリと瓜二つの美少年は花が綻ぶように微笑んだ。

「そうだよ。兄さん。この世界に転生したら容姿が物凄くきらきらのキンピカになっちゃってビックリ! しかも両親は王様と王妃様で、僕は王子様なんて、何の冗談だ? って思ったもん。王様とか面倒だと思っていた矢先に、兄が生きていたって聞いて、だったらその人に全部丸投げしちゃおう! って企んだら『王にはならない』って言うじゃん? しかもなんだか雰囲気が兄さんに似てて、なんでだろう? って不思議に思ってたけど、まさか英雄様の育ての親が兄さんだったなんて。性格とか雰囲気が似てる訳だよ」
「えっと、あの、満帆?」
「ん? なあに? 兄さん」

 弟には後ろの般若が見えていないのだろうか。満帆が俺に抱きついた時からメリは殺気を放っていてすごく怖い。この子はメリが怖くないのか?

「ミツを離せ。ライコウ」
「なんで? 弟がお兄ちゃんに甘えるのは当然でしょ?」
「ちょ、ちょっと、満帆! メリをからかうな!」
「兄さんも兄さんだよ!」
「はい!?」
「僕、ずっと兄さんが心配で探していたのに、やっと再会できたと思ったら僕の大好きな兄さんは知らないオトコのオンナになっていて、僕がどれだけ悲しい気持ちになったか分かる!?」
「え? あ、うん?」

 僕の大好きな、を強調したのは態と、なのだろうか。メリの殺気が更に増した気がする。俺はずっと優秀な弟と比べられ続けて自分に自信がなかった。何時しか満帆と距離を取るようになり、受験に失敗してからは更に避けるようになった。だから、満帆が俺のことをどう思っていたのか知らない。俺はずっと嫌われていると思っていたから。でも、メリと同じように、満帆も俺のことを嫌っていなかった。全部、俺が勝手に思い込んでいただけ、なんだけど……

「ミツ! ミツは俺の方が好きなんだよな!?」
「はあ!? なに言ってんの? この犯罪者! 兄さんは僕を選ぶに決まってるじゃん! そうだよね? 兄さん!」
「ぇえ? えっと、その……」

 なんて答えるのが正解なんだ? どちらか一人を選べが確実に選ばれなかった方は落ち込む。だからといって「どっちも好きだよ」と言えば、二人は納得しないと思うし……そもそも、俺は何も悪いことをしていないのに、どうして浮気現場を目撃された夫のような状況に追い込まれているんだ?

「二人ともやめなさい! 見苦しいったらありゃしない!」
「そうですよ。メリ。ライコウ。一人を巡って争うなんて、キュンキュンしちゃ……こほん、醜いですよ?」

 王妃様、さっきキュンキュンしちゃうって言いかけたよな? しかも注意しているのに顔が緩んでいる。両親に怒られてメリと満帆は漸く落ち着いたけど、次の瞬間、王様がとんでもない爆弾を投下した。

「そんなにミツくんのことが好きなら、二人ともミツくんの夫になればよいではないか」
「は?」
「絶対に嫌です。兄さんは僕だけの兄さんなんだから、こんな犯罪者に渡したくありません」
「俺も嫌です。ミツは俺だけのミツです。こんな生意気なガキに奪われるなんて耐えられない」
「モテモテですね。ミツル様」
「いや、あの、倫理観はどこへ?」

 血の繋がりはないけど我が子同然のメリと、今は血の繋がりはないけど日本では兄弟だった満帆。どちらを選んでも禁断の恋になる。メリを好きな時点で色々と手遅れなんだけどさ。





 メリのご両親はすんなりと俺のことを認めてくれた。弟の満帆だけはメリに不満を抱いていて敵視している。メリは王位継承権を捨てているから、満帆が嫌々国王になるそうだ。

「あのさ、兄さん。兄さんを不幸にしたダメ神と、兄さんを魔獣に襲わせて喰い殺したクソ女達、今から殺しにいってもいい? いいよね? 僕の大切な兄さんを傷付けやがって、絶対に許さねえからな。必ず地獄の底に突き落としてやる」
「ちょっと落ち着こう? ね? 満帆。俺は大丈夫だから。確かに嫌なこととか、痛い思いをしたけど、今は幸せだから」
「兄さんは優しすぎるの! またクソ女達が兄さんを襲ったらどうするの!? 今の僕には兄さんを守れる手段があるのに、また兄さんを失うのは絶対に嫌だよ!」
「満帆」
「はあ。久しぶりの兄さんの香り。やっぱり僕には兄さんしか居ない!」
「…………」

 惚れ惚れとした表情で俺に擦り寄ってくれるのは嬉しいし可愛らしいけど、スーハースーハーって匂いを嗅ぐ音がするんだよなあ。しかも変態発言までしてる。もしかして、満帆ってブラコンなのか?

「ミツから離れろ! この変態!」
「変態に変態って言われたくないよ! 兄さんに甘えて何が悪いの!?」
「お前のそれは度を超えている! ミツは俺の伴侶だ! 少しは弁えろ!」
「そっちこそ兄さんの旦那気取りはやめてよね! 僕はまだ認めてないんだから!」
「この……」
「なに? 僕と戦うの? 売られた喧嘩は買うよ?」
「二人ともやめて! 俺の為に争わないでくれ!」

 なんで俺が少女漫画の台詞を言わなきゃいけないんだ。メリとのスローライフを楽しめると思ったのに、まさかメリと満帆が俺を奪い合うなんて思わないじゃないか。

「ご、ごめん。兄さん。でも僕、兄さんが心配で……あ、謝るから、嫌いに、ならないで……ぐす」
「す、済まない。ミツ。ついカッとなって、正気を失っていた。気を付けるから、許してくれ」
「喧嘩、しない?」
「しない」
「ミツが言うなら」
「本当に、しない?」
「しないよ!」
「これからは仲良くする!」
「じゃあ、二人とも謝って」

 俺が「ごめんなさいは?」と言ったら、二人とも渋々頭を下げて謝った。納得はしていないみたいだけど、反省はしているから二人の頭を同時に優しく撫でる。

「よくできました。二人ともいい子だね」
「に、ににに、にいしゃん!」
「ミ、ミミミ、ミツ!」

 二人の頭を撫でていた俺は周囲の呟きに気付かなかった。この国の未来を担う満帆と、世界を救った英雄様が俺に頭を撫でられて嬉しそうに甘える姿は周囲の人々に衝撃を与え、密かに「聖母様」なんて不名誉なあだ名で呼ばれているなんて、俺は知らない。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する

SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する ☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

処理中です...