英雄様を育てただけなのに《完結》

トキ

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おまじない1

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 俺が目覚めて三日後、予定通りフィスィさん達はメリの屋敷を訪れた。メリが報告してくれていたけど、俺の体調や心の状態を考慮してフィスィさん達は俺に会いたいのを我慢していたらしい。俺が出迎えると、みんな瞳に涙を浮かべて「よかった」と呟いた。俺が「ご心配をおかけしました」と告げると、フィスィさんに手を握られて「気にしないでください」と言って微笑んだ。

「俺達もフォティアに言われるまで気付かなかった。本当に済まなかった。ミツル殿」
「そんな! 翠嵐さんが謝ることじゃ」
「本当だよ。ミツちゃんのお見舞いに来れなかっただけで、みんな俺を袋叩きにしてさあ」
「そのことに関しては、申し訳ありません。フォティア」
「申し訳ない。俺達も頭に血が上っていて、冷静ではなかった」
「謝って済む問題? 下手したら国際問題だよ? 分かってんの?」
「う」
「何も言い返せません」

 やっぱり、フォティアさんも俺と同じように数日間眠り続けていたんだ。何も知らないフィスィさん達は何時まで経っても来ないフォティアさんに激怒して責め立ててしまった。目覚めたフォティアさんが必死に説明してやっとフィスィさん達も真実に気付いたけど、フォティアさんは理不尽に怒られたことを根に持っている、と。

「えっと、立ったままだと疲れますし、リビングに移動しませんか? フルーツタルトを作ったので、一旦落ち着きましょう?」
「フルーツタルト!? それって、ミツちゃんの手作り!?」
「え? はい。エドガー達から沢山果物を貰ったので、丁度いいかなと、思って」
「ミツちゃん。俺、今回一番頑張ったよね? 俺が一番活躍したよね?」
「え? えっと……そう、ですね」
「なら、そのフルーツタルト。半分俺に頂戴!」
「え!? は、半分!?」
「そう! 半分!」
「少しは遠慮しなさい。フォティア」
「図々しいにも程がある。半分は取り過ぎだ」
「やっぱりダメ?」
「え? いえ。エドガー達にも食べてもらおうと思って、多めに作ってるので大丈夫ですよ」

 本当に、多めに作っておいて良かった。フィスィさんから「ミツル様は甘いですね」と言われ、翠嵐さんからも「嫌なら嫌だと言えばいい」と言われた。何時まで経っても移動しない彼らに痺れを切らしたのか、満帆とギルバートさんは先に歩き出してリビングへと向かった。




 それぞれ好きな場所に座ってもらい、俺はフルーツタルトと紅茶を運んでソファに座るメリの隣に座った。

「今回に関してはフォティアが詳しいので、話してもらってもいいですか?」
「勿論。そのつもりで来たんだし」
「おまじないとか、呪いとか、ですか?」
「うん。そう。本題に入る前に、俺の一族について少しだけ説明するね。そっちの方が分かりやすいと思うから」

 フォティアさんは狐の獣人だ。狐の獣人は剣術や体術よりも呪術を得意とする一族だ。フォティアさんは呪術と武術を得意とする狐獣人の中でも稀な存在で、だからこそ獣の国の近衛騎士団団長を任されている。獣の国にも暗殺を企てる者や術者を雇って祟り殺そうと目論む輩が存在するらしい。そういった危険な人達から王家を守るのが狐獣人の使命。フォティアさんも幼い頃から呪術に関する知識を叩き込まれ、対処法も身に沁みるまで教え込まれた。狐の獣人は体質のせいか、大なり小なりその人のオーラや、死した魂を目視できるそうだ。フォティアさんはその力が他の狐獣人よりも強く、呪術も歴代最強と謳われる程の天才だった。

「だから、俺がミツちゃんにかけたおまじないが消えた時、急いでミツちゃんの夢の中に潜り込んだんだよね。ただ、他人の夢の中に入るのはかなり危険で、失敗すると永遠に目覚めなくなっちゃうんだ。夢の中はその人の精神世界、その人を形成する心の原点。そんなところに異分子が入るのは侵入される側にとっても侵入する側にとっても命に関わるほど危険なんだ。術の中でも一番難しいとされているからね」
「そうだったんですね」

 その術はあまりにも危険すぎるが故、禁術、禁忌とされていた時代もあったらしい。今は呪術の精度も上がり、研究も進んでいる為そこまでタブーとされていないが、推奨されている術ではない。他の術ではどうしようもない時、それしか方法がない時にのみ許される術なのだそう。そんな危険を冒してまで、フォティアさんは俺を助けに来てくれたのか。

「今回は、その緊急事態だった、ってことだな?」
「その通り! ミツちゃん、彼奴らに呪われかけていたんだ。俺達もまさかミツちゃんの夢に潜り込むなんて思ってなくてさあ。対応が遅れちゃったんだ。本当にごめん!」
「そ、そんな! フォティアさんは俺を助けてくれました! 謝る必要なんて」
「あのね。ミツちゃん。あれはただの夢じゃない。呪いなんだ。あの夢の中で殺されるということは、それはミツちゃんの死を意味する」
「え?」
「心を殺された人はどうなると思う?」
「……二度と、目覚めない?」

 震える声で答えると、フォティアさんはふっと笑って「正解」と言った。二度と目覚めなければまだ運がいい方。心と体を引き離された人は、遅かれ早かれ命を落とす。俺は、王女様達に心を体から引き剥がされそうになっていた。でも、俺は無事だった。

「ミツちゃんを守ったのは、俺だけじゃない。フィスィと翠嵐から祝福されたでしょ? 祖国に伝わるおまじないだって言われて」
「あ」

 フォティアさんに言われて、やっと腑に落ちた。俺が殺されそうになった時、一度目は風が周囲を切り裂いて花びらが舞った。二度目は雷が鳴り響いていた。三度目は、蝶のような炎が舞ってフォティアさんが現れた。

「私達も驚きましたよ。祝福する為にかけたおまじないが、ミツル様を守る盾になったなんて」
「これ程までに自分で自分を褒めたくなったのは初めてだな」
「本当にね。ミツちゃん。フィスィも翠嵐も、ミツちゃんのこと、ちゃんと守ってたんだよ? 二人はそんなつもりでかけた訳じゃないし、俺もこんな形でおまじないが役立つなんて思ってなかったけど、結果的にミツちゃんを守れたから本当に良かったよ」

 次から次へと溢れる涙を止められない。こんなにも優しい人達を、俺は信じられなかった。夢の中で浴びせられた悪意に満ちた言葉を、敵を排除しようとする冷たくて憎しみに満ちた表情を、本当の姿だと思い込んでしまった。そう思ってしまった自分が許せなくて、悔しくて、それと同時に守ってくれたことが嬉しくて。色々な感情が混ざり合って、自分で自分が分からない。

「ミツ」
「ごめ、俺……」
「いい。分かってる。分かっているから」

 フィスィさん達が居るのに、俺はまたメリの腕の中で泣いてしまった。俺がどんな夢を見たのかは予めメリが説明してくれていたから、誰も何も言わず、俺が落ち着くまで見守ってくれた。
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