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第二章 少年期編
第二十六話 頭の良い選択
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皆が寝静まった夜更け。
一度目の睡眠によってズレたナイトキャップを深く被り直し、いつぞやに神様から貰ったユーリ人形をパジャマの胸ポケットに入れる。
これでよし。準備万端。
装備を整えた俺はベッドを下りて一人で部屋を出た。
真っ暗な廊下を恐る恐る進む。
大丈夫だ。この家に足のない存在がいないことはこれまでの安心安全な生活により証明されている。
一階まで下りてキッチンを通り過ぎ、更に奥へと進む。
何を隠そう極々たまにやってくる無気力でいるためなら頑張れるよ期に突入したのだ。
とはいえ俺は頭が回る方ではない。
ここは素直に頭脳派の人間に頼るのが一番頭の良い選択のはずだ。
というわけで向かうは細縁眼鏡をかけたインテリ系元ヤン大先生のお部屋………
「ルシオン様?」
「うわああああああ!!」
今はもう深夜二時。一体どんな人間がこんな時間に廊下を徘徊するっていうんだ。
視界が悪い中全力で走る。大丈夫。こう見えて足には自信がある。なんてったって父様の血が流れてるからな。幽霊さんでも俺に追いつくのは至難の業だぜ。
ドテッ。
な、なんだ今の鈍い音は。
まさか俺が転んだ音か…?
「落ち着いてください。ほら、足はあるでしょう?」
俺が情けなく地面に張り付いている間に余裕で追いついてきた幽霊さんにはたしかに二本の足が生えていた。
「エド先生、教えて欲しいことがある」
「その前に立ちましょうね。怪我はないですか?」
「怪我はないけど………」
「立つの面倒くさい、とか思ってませんよね?」
それは当然思っているが今日の俺は一味違うので自分の足で立って歩いた。
エド先生は遅めのお風呂上りだったらしい。まだ湿った髪をタオルで拭きながら自室の扉を指差す。
「中でお待ちください。あたたかい飲み物でもお持ちしますよ」
「ホットミルク!」
「分かりました。赤子の頃ミルクを飲むのも嫌がっていたのが嘘のように成長されて嬉しい限りです」
因みにこれは嫌味ではなく本心だ。こんな小さなことで褒められてる俺は言うまでもなく幸せ者である。
「他人の善意に気をつけよ、ですか。まったく真意が分かりませんね」
それな。
ベッドの縁に座って軽い素材のマグカップに口を付けながら全力で同意する。
机に向かっていた椅子をこちらに向けて座っているエド先生はコーヒーを机に置いて、太腿の上で人差し指をトントン揺らした。何かを考え込んでいる様子だ。
そのまま数分間沈黙が続く。エド先生は徐に口を開いた。
「神様がどのような形で未来を見ていて、またそれがどれだけの確率で起こりうるものなのかは分りませんが、」
え。初手からむつかしい。
「すみません。もう少し最初から話しますね」
しまった。表情でついていけてないのがバレた。
「神様の口ぶりから察するに何か悪い未来が見えているのはたしかです。
とはいえ枝分かれした複数の未来が見えているのか、将又一つの決められた未来が見えているのか。更には後者であった場合それは変えられるものなのか。不確定な要素が多すぎます」
未来の見え方なら以前神様に聞いたことがある。
世界滅亡の危機が迫っている時たまに未来が見える。聖女や神子はその未来を変えるために力を与えられた者であり、どちらも決められた期間の中で一人だけ存在させることができる。
ということはエド先生の言う後者であり、確率は分からないがその未来を変えることは可能なはずだ。
それを説明する前にエド先生は説明を続けた。
「ですのでこれから話すことはあくまで私の推察にすぎません。
まず神様はなんらかの形で最悪の未来を見ていて、それを変えられる確率はゼロではないと思われます。
でなければルシオン様に言葉を残す意味がありませんから」
俺が口を挟むまでもなく正しい方へ進んで行く。これが眼鏡の力か。素晴らしい。俺も眼鏡かけようかな。眼鏡を付けたり外したりする気力が芽生えたら真剣に検討してみよう。
「未来をそのまま人間に伝えられないためわざと濁して伝えたのかもしれませんね。
ただ私が思うにこの言葉が示す未来を必ずしも見つけ出す必要はないはずです」
そうなの?神様がわざわざ伝えてくれたのに?
「勿論未来が分かるならそれに越したことはありません。
けれど重要なのは最悪の未来を知ることではなく変えることです。そして未来を知らなくとも行動を変えることはできる。たとえばルシオン様がこうしてここに来られたように」
エド先生は俺の心の内を知っているみたいに欲しい説明を付け加えていく。
おかげで八割方理解できた。
「ルシオン様のおかげで私も警戒を強めることができます。小さな積み重ねではありますがその小さな変化で良い未来に繋がっていくこともあるでしょう」
「なら皆に伝えた方が………」
「いえ。今回は伝えられた内容が内容なので大事にするのは得策ではないですね。曖昧過ぎて疑心暗鬼になりかねない。
未来を大幅に変える力がありそうな一部の人にだけ伝えましょう。思いつくのはエリュースト家の方々と大神官様、それから皇帝陛下くらいですね」
よし。これからは何でもかんでも取り敢えずエド先生に相談することにしよう。それが一番頭の良い選択だ。
一度目の睡眠によってズレたナイトキャップを深く被り直し、いつぞやに神様から貰ったユーリ人形をパジャマの胸ポケットに入れる。
これでよし。準備万端。
装備を整えた俺はベッドを下りて一人で部屋を出た。
真っ暗な廊下を恐る恐る進む。
大丈夫だ。この家に足のない存在がいないことはこれまでの安心安全な生活により証明されている。
一階まで下りてキッチンを通り過ぎ、更に奥へと進む。
何を隠そう極々たまにやってくる無気力でいるためなら頑張れるよ期に突入したのだ。
とはいえ俺は頭が回る方ではない。
ここは素直に頭脳派の人間に頼るのが一番頭の良い選択のはずだ。
というわけで向かうは細縁眼鏡をかけたインテリ系元ヤン大先生のお部屋………
「ルシオン様?」
「うわああああああ!!」
今はもう深夜二時。一体どんな人間がこんな時間に廊下を徘徊するっていうんだ。
視界が悪い中全力で走る。大丈夫。こう見えて足には自信がある。なんてったって父様の血が流れてるからな。幽霊さんでも俺に追いつくのは至難の業だぜ。
ドテッ。
な、なんだ今の鈍い音は。
まさか俺が転んだ音か…?
「落ち着いてください。ほら、足はあるでしょう?」
俺が情けなく地面に張り付いている間に余裕で追いついてきた幽霊さんにはたしかに二本の足が生えていた。
「エド先生、教えて欲しいことがある」
「その前に立ちましょうね。怪我はないですか?」
「怪我はないけど………」
「立つの面倒くさい、とか思ってませんよね?」
それは当然思っているが今日の俺は一味違うので自分の足で立って歩いた。
エド先生は遅めのお風呂上りだったらしい。まだ湿った髪をタオルで拭きながら自室の扉を指差す。
「中でお待ちください。あたたかい飲み物でもお持ちしますよ」
「ホットミルク!」
「分かりました。赤子の頃ミルクを飲むのも嫌がっていたのが嘘のように成長されて嬉しい限りです」
因みにこれは嫌味ではなく本心だ。こんな小さなことで褒められてる俺は言うまでもなく幸せ者である。
「他人の善意に気をつけよ、ですか。まったく真意が分かりませんね」
それな。
ベッドの縁に座って軽い素材のマグカップに口を付けながら全力で同意する。
机に向かっていた椅子をこちらに向けて座っているエド先生はコーヒーを机に置いて、太腿の上で人差し指をトントン揺らした。何かを考え込んでいる様子だ。
そのまま数分間沈黙が続く。エド先生は徐に口を開いた。
「神様がどのような形で未来を見ていて、またそれがどれだけの確率で起こりうるものなのかは分りませんが、」
え。初手からむつかしい。
「すみません。もう少し最初から話しますね」
しまった。表情でついていけてないのがバレた。
「神様の口ぶりから察するに何か悪い未来が見えているのはたしかです。
とはいえ枝分かれした複数の未来が見えているのか、将又一つの決められた未来が見えているのか。更には後者であった場合それは変えられるものなのか。不確定な要素が多すぎます」
未来の見え方なら以前神様に聞いたことがある。
世界滅亡の危機が迫っている時たまに未来が見える。聖女や神子はその未来を変えるために力を与えられた者であり、どちらも決められた期間の中で一人だけ存在させることができる。
ということはエド先生の言う後者であり、確率は分からないがその未来を変えることは可能なはずだ。
それを説明する前にエド先生は説明を続けた。
「ですのでこれから話すことはあくまで私の推察にすぎません。
まず神様はなんらかの形で最悪の未来を見ていて、それを変えられる確率はゼロではないと思われます。
でなければルシオン様に言葉を残す意味がありませんから」
俺が口を挟むまでもなく正しい方へ進んで行く。これが眼鏡の力か。素晴らしい。俺も眼鏡かけようかな。眼鏡を付けたり外したりする気力が芽生えたら真剣に検討してみよう。
「未来をそのまま人間に伝えられないためわざと濁して伝えたのかもしれませんね。
ただ私が思うにこの言葉が示す未来を必ずしも見つけ出す必要はないはずです」
そうなの?神様がわざわざ伝えてくれたのに?
「勿論未来が分かるならそれに越したことはありません。
けれど重要なのは最悪の未来を知ることではなく変えることです。そして未来を知らなくとも行動を変えることはできる。たとえばルシオン様がこうしてここに来られたように」
エド先生は俺の心の内を知っているみたいに欲しい説明を付け加えていく。
おかげで八割方理解できた。
「ルシオン様のおかげで私も警戒を強めることができます。小さな積み重ねではありますがその小さな変化で良い未来に繋がっていくこともあるでしょう」
「なら皆に伝えた方が………」
「いえ。今回は伝えられた内容が内容なので大事にするのは得策ではないですね。曖昧過ぎて疑心暗鬼になりかねない。
未来を大幅に変える力がありそうな一部の人にだけ伝えましょう。思いつくのはエリュースト家の方々と大神官様、それから皇帝陛下くらいですね」
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