無気力系主人公の総受け小説のモブに本物の無気力人間が転生したら

7瀬

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第二章 少年期編

第四十五話 本物の無気力は誘拐される(11)

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 たくさん話して眠くなってきた頃唐突に扉が開いた。

「あ…。驚かせてごめんなさいね」

 入って来たレア様は一目見て分かるほど顔色が悪かった。

「おもちゃで遊ばないの?気に入るものがなかったかしら」

 静かに扉を閉めてベッドの隅に座る。
 笑顔は固く、声は震えている。
 それでも平静を装いたいようだったが家に帰りたい俺としてはスルーはできない。

「リッツェが来た?それとも父様?」
「………急にどうしたの?何もないわ。ここにいれば大丈夫よ」

『父様』という部分に反応した。どうやらビンゴだったらしい。
 俺が起き上がるとノアもピッタリ隣にくっついてきた。

「父様は絶対ここまで来る」
「ここは安全よ。大丈夫、あなた達は守るわ。だから安心して」

 心が壊れてしまったのだと、騎士さんが言っていた。
 だから俺が泣き喚いて帰りたがったってレア様には伝わらない。

 この人には見えていないのだ。自分が今守ろうとしている人がどんな顔をしているのか。
 見えていないし、見ようともしていない。

「安心できる場所はあっても安全な場所なんてない。レア様が一番分かってるはずだ」
「分からないわ。ここはね、屋敷の地下にあるの。扉も隠されてる。見つけることは不可能よ」
「でも、人は死ぬ時は死ぬだろ」

 笑顔の仮面が漸く外れた。
 レア様は怒るでも泣くでもなく感情の抜け落ちた人形のように固まっていた。

 周囲が見えなくなっている時、大抵の人間は自分のことで必死になっている。

 この無謀な誘拐事件。レア様は子どもを守るために起こしたと言うけれど結局のところ守られているのはレア様の心だ。周到に隠されているというこの部屋もレア様が安心できる部屋にすぎない。

 子どもが奪われる悪夢を二度と繰り返したくない。そんな思いから起きた事件と作られた部屋であり、俺達を守るためなんていうのは単なる建前だ。

 善意なんて裏を返せば自分の為でしかない。問題はそれを自覚しているかいないか。

「いい加減気づいたほうがいい。貴方が今守るべきは俺達じゃなく貴方自身だ」
「自分を守る…?どうして…?私は母親なんだから何を犠牲にしても貴方達を守るわ」

 未だ表情を取り戻さないまま双眸に強い意志だけを宿してレア様は断言する。

「命は絶対じゃない。何を犠牲にしたって………」
「いいえ絶対よ!今度こそ絶対守ってみせるの!」

 小さい子が癇癪を起しているみたいだった。
 突如感情を爆発させたレア様にノアもびっくりして肩を揺らす。

 母親は子ども守ろうとするもの。
 きっとそれは間違ってない。
 母様だっていつも俺を守ろうとしてくれる。

 でも、でもさぁ………

「やっぱり、守れないことってあるだろ」


 レア様を見ていたらもう二度と会えない一人目の母さんのことを思い出してしまった。もうどんな顔だったかすら定かではないけど確かに存在していた。

 俺がこの世界で目覚めた時どんな気持ちだったっけ。
 初めての死についてはあまり思い出せないけれどそれでも多少は驚いたしショックだった。

 まだ学生だった。終わりなんて想像もしていなかった。それでもやっぱり、一回目の人生の続きはもう歩めない。

 だけど守ってもらえなかったなんて思ったことはない。
 命ってそういうものだろう。どんなに必死に握りしめても必ず零れ落ちていく。

 レア様は子どもを奪われたら日から一度でも握りしめた拳を開いたことがあるのだろうか。

 握っていたはずのものが無くなっても今なお必死に握り続けているなら一度開いて手のひらを見て欲しい。

 そこにはきっと辛い現実しか残ってない。でもそうして初めて、人は新たに何かを掴むことができるから。


「レア様、一緒にここを出よう」

 右手でノアの手を繋いで左手をレア様に差し出した。

「何を言ってるの?ここを出たら危険なことがたくさんあるのよ。ここにいてくれれば私が守ってあげられる」
「………そうかもしれない。
 だけどここにいたら貴方は一生奪われる恐怖に囚われたままだ。そっちの方が楽かもしれないけど、でも………それじゃあ一生爆睡できないだろ!」

 怖くて眠れないなんて由々しき事態だ。

 たとえば二階の窓の外に人影が見えたとする。俺はどんなに怖くてもカーテンを開けて外を確認するぞ。だってそうしないとゆっくり眠ることもできない。

「ルシオンは寝るの好きだからそれは困るね」

 ノアがこそっと耳打ちしてきた。可愛い。

「………」

 レア様はただ黙って俺の手を見ていたが暫くすると何かを思い返したようにポツリと呟く。

「私………いつからまともに眠れていなかったかしら」

 胸が締め付けられる。
 不安で眠れない日々なんて想像すらしたくない。

「俺のそばに大切な人を失っても希望を追って生きている人がいるんだ。外に出て、その人と話して欲しい。俺なんかよりずっと頭の良い答えを見つけてくれるはずだ」

 レア様の瞳にやっと俺が映った。
 恐る恐る………けれど確かに手を伸ばしてくれて。

 よかったなんて気を緩めた瞬間。
「ぐは…っ」
 レア様の口から真っ赤な血が吹き出した。
 左胸からもジワジワ赤いシミが広がっていく。

「神子様みーっけ」

 気配もなく背後に現れ躊躇なくレア様を刺したその男は………

「ヨル…」
「へぇ。俺の名前知ってるんだ」

 なんつータイミングで登場してくれちゃってんだ。これじゃあまさにラスボスじゃんか。

 この世界に来てそれなりに強い人達と出会ってきた。ていうか謎に俺の周り強い人達ばっかだし。

 それなのにこの男の纏うオーラに全身が震える。格が違う。人間という枠を外れかけている。

「逃げて!」

 レア様がヨルを突き飛ばそうとするが逆に壁の方まで蹴り飛ばされる。
 悲鳴を言う隙すらない。背中を壁に打ち付けてそのまま意識を失った。

 生きてるか?生きてるよな。生きててくれないと困る。

 ヨルの金色の瞳が俺達二人を捉える。

「………」

 ノアが震える身体で俺を庇って前に立った。

 動け、身体動け。このままじゃノアまでやられるぞ。

「ルシオン!!!」

 何処かから聞こえてくるその声の主はすぐに分かった。

 扉が吹き飛んでその人の顔が見える。

「父様!!」

 けれど次の瞬間、目の前から父様が消えた。
 いや違う。父様の前から俺達が消えたんだ。

 どうやら俺は再び誘拐されてしまったらしい。





 


 






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