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第一章 幼少期編
第十一話 本物の無気力は主人公に『無気力』を伝授する(9)
しおりを挟む「どうですか先生。何処も悪くないですか?」
ベッドに座り大人しく診察される。俺の肩に手を添えたリッツェが心配そうにエド先生に尋ねた。
「そうですね。体温も顔色も正常ですし、体重も増えてはないですが減っているわけでもありません。体調や精神から来るものではないかと」
だから何ともないって言ってるじゃん。声には出してないけど心の中で何度も言ったぞ。
「じゃあ何から来るっていうんですか!?坊ちゃまが、坊ちゃまが………!!深夜に決まって目を覚ますんです!!」
「僕のせいだ………。僕が夜中に怖い思いさせたから眠れなくなっちゃったんだああ」
ハンカチを目に当てるリッツェ。お腹に抱きついてくるユーリ。この二人は俺の分の涙まで吸ってるんじゃないかってくらいよく泣く。
ところでユーリくん。顔をグリグリ押し付けてくるのはいいが俺の服に新たな模様を描くのはやめておくれ。涙と鼻水と涎で俺のお腹に九十度傾いたニコちゃんマークが付いてる。
「夜中以外は眠れるんですよね?」
「そうなんです!昼は寝れるのに夜は寝れないなんて!こんなおかしな現象がありますか!?もしかして幽霊ですか?」
「リッテうるちゃいっ!」
「うわ!ビックリしたー。え、今の坊ちゃま?そんな大きな声出せたんですか?」
「………」
「無視!今のは絶対無視だ!喋らないんじゃなくて意図的な無言だ!酷いですよ坊ちゃまー!」
あたかも自分が被害者かのような目を向けてくるリッツェから勢いよく顔を背けた。効果音を付けるなら『プイッ』だ。
ったく。幽霊だなんて気軽に口に出していい言葉じゃないだろ。呼ぶならせめて敬称を付けろよ。もしそれで幽霊様がお怒りになって祟ったりなんかしちゃったりしたらどう責任を取ってくれるんだ?リッツェだけが祟られるなら問題ないが、今この場にはユーリもエド先生も俺もいるんだ。
考えてたら段々寒くなってきた。扉の向こうから怪しい気配がしないこともない。
「………ユーリぎゅーちて」
「いーよ!ギュー」
いつの間にか復活していたユーリが無邪気に後ろから抱きついてくれる。優しい子だ。幽霊様だってこんないい子には意地悪できないだろう。
「ルシオン様もしかして………」
「………」
「いえ。何でもありません。リッツェさん、ルシオン様は最近どれくらいお昼寝をしてらっしゃいますか?」
エド先生は何か勘付いた様子だったが子どもらしく真っ直ぐな目で見つめると大人しく口を噤んだ。
よしよし賢い子だ。何も言うんじゃないぞ。
弱点の隠蔽に成功したら安心して眠たくなってきたのでユーリの胸に体重を預けて目を瞑る。
「昼寝はいつも通りたっぷりしてますよ。夜眠れない分とにかくたくさん寝ますね。ほら、今も既に微睡んでいます」
「………寝すぎですね」
「え?」
「寝すぎです」
迷いないエド先生の声が夢の中まで聞こえてきた。これは夢だ。夢に違いない。そもそも寝すぎなんて今に始まったことじゃないし。
「ねーんねー、ねーんねー」
ユーリのちょっと音程の外れた子守唄も聞こえてきた。
「ねーんねー、ねーんねー」
歌詞がこの一節しか分からないのである。可愛い奴め。
「ルシオン様起きてください」
「………」
「駄目です起きてください。私はこれでも医者なので寝たフリは通用しませんよ」
「ルーの邪魔しないで!」
「ユリシス様。このままではルシオン様は二度と夜に眠れなくなってしまいます。それでもいいのですか?」
素直な可愛いユーリは見事エド先生の罠にかかり俺の肩を揺らし始めた。あまりにも必死に俺を起こそうとするので観念して目を開ける。
さてはエド先生、俺がユーリに弱いことを見抜いてるな。
「あのー、エド先生。坊ちゃまはこれまで日中眠り続けた日でも夜中に目を覚ますことはなかったですよ?」
「ええ。ですからこれは成長の証ですね。大きくなればなるほど睡眠時間は短くなるものですから」
「そうなんですか!坊ちゃますごいです!わーい!」
リッツェは俺を持ち上げてクルクル回った。高い高いの進化系だ。絶叫系アトラクションが苦手な人には一撃で大ダメージを与えることができる。俺は乗ったことがないので知らないけど、気持ち悪くないからこれからは得意だと言い切れる。
それにしても喜んでいるリッツェには悪いが俺は全然嬉しくない。
人間の睡眠時間には限界があり、赤子の頃が一番長く深く眠れる。その時代が終わってしまった。これぞ諸行無常。まあ眠れなくてもダラダラはできるからいいけどさ。
「リッツェさん。これからは昼寝の時間をある程度定めてそれ以外の日中はなるべくたくさん遊ばせましょう。そうすれば夜はグッスリ眠れるはずです。このまま昼夜逆転してしまうのが一番よくないので」
「坊ちゃまを遊ばせる………?先生、それは人間の力で可能なことなんでしょうか」
リッツェが突然俺をカーペットに下ろして正座した。これまでにないかしこまった態度でエド先生と向かい合う。神妙な面持ちでかなり思い詰めた様子だ。
「それは………」
頼むぞ先生。悩める保護者に気の利くアドバイスをしてやってくれ。
「それは不可能ですね。はは」
なんだかとてもやるせない気持ちになった。初めて見るエド先生の笑顔がこんなに乾いた笑いになるなんて。しかもその原因が俺の無気力だと思うと大変申し訳ない。
エド先生が動揺を見せたのは一瞬で、すぐさまいつも通りの真顔に戻ったがやはりリッツェの問いかけに対する答えはなかなか出ない。
こんな時に頼りになるのはこの人だ。
「話は聞かせて貰ったわよー」
勢いよく扉を開けて入ってきたのは細い腕を胸の前で組んで何故かドヤ顔を浮かべている母さん。
いつからそこにいたんだろう。怪しい気配の正体が分かって取り敢えず一安心。
「ルーたん。ユリシス。一緒にお祭り、行きたくなぁい?」
母さんは俺の名前も呼んでいるのに完全にユーリに向けて言葉を放っていた。
「行きたい!!」
ユーリの溌剌とした声が部屋中、いや屋敷中に木霊する。
「ルーも行きたいよね?」
満面の笑顔とともに差し出された誘いに乗らないことなど出来るはずもなく、俺は渋々頷いたのだった。
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