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第一章 幼少期編
第二十話 本物の無気力は帝都に上陸する(3)
しおりを挟むルシオンの誕生日当日。
本来なら領主の一人息子の誕生日ということで外部にも招待状を送り数日にわたってパーティーを行うのが主流だが、主役がまだ幼く体力的に見て厳しいこと、そして領主夫妻が倹約家であることから今回は馬車を使っての領地民達への初のお披露目をパーティーの代わりとすることにした。
領主の屋敷には彼等を敬愛する領地民達からの祝いの品々が届き、小さな領土ではあるものの全体を挙げて祝祭ムードとなっている。
今日のために染め上げられた鮮やかな色の布があちこちに飾られ、早朝から大通りは多くの人で溢れ返っていた。
「いよいよご子息様のご尊顔を拝見できるのかー!領主様と奥様、一体何方に似ていらっしゃるんだろうな?」
「さあ。でもどちらだっていいじゃない。領主様なら男らしく凛々しいお方に育つだろうし、奥様なら陽だまりのような慈悲深いお方に育つはずだわ」
「うーん、確かにそれは何方でもいいな!」
領民達の話題も当然領主一家に関することで持ちきりで、未だ見ぬ時期領主候補に皆が想像を膨らませた。一方で、突然決まった領主の帝都行きに不安を滲ませる者もいる。
「それにしても本当に明日帝都へ発たれるのか?もう少し此方にいらっしゃってもいいのになあ。奥様のことだってあるし」
「領主様にもお仕事があるから仕方ないわよ。大丈夫。奥様のことは領主様が守ってくださるはずよ」
「そうだな。そういえば昨日ラーセン殿に薬を貰いに行った時に聞いたんが、結局エドワルド先生も一緒に行かれるそうだよ」
「そうなの!?娘が病気にかかったらどうしましょう」
「問題ないさ。ラーセン殿も医学には精通していらっしゃるし、領主様なら知らせを送ればすぐに対処してくださるだろ」
そうして皆の噂話も尽き始めた頃、優しい鐘の音が高らかに鳴り響き漸く屋敷の門が開けられた。
割れんばかりの歓声に出迎えられながら金色の馬車がゆっくりとした速度で大通りへ出てくる。この日の為に特注された派手な装飾の馬車は民達から見えやすいよう屋根はなく開かれている設計だ。魔法道具による保温効果のおかげで真冬でも快適に過ごすことが出来た。
馬車には領主とその妻、そして領主の膝の上には主役である三歳児が乗っている。
主役を立てるため敢えてシンプルな装いを選んだ夫妻だが、元々が二人とも両者違った意味で注目を集める容姿をしているため上に立つ者としての威厳と煌びやかさは十分過ぎるほど足りていた。
一方で、本日の主役はというと。
最前列にいた民達はその姿に息を呑んだ後叫びたい気持ちを堪えて慌てて口を抑えた。更にその行為は後ろの列へと伝染していき、とても祝祭とは思えない静けさの中馬車はゆっくり進んで行く。
門の近くいた者達は馬車が見えなくなった途端愈々堪えきれなくなったとでもいうように声を上げた。
「み、見たか!?」
「見た見た見た!!」
「「なんて可愛らしいんだ!!!」」
大変奇妙なことに、馬車がどの位置に行っても皆一度は口を噤みその姿が見えなくなってから顔を真っ赤にしてご子息への称賛を口にした。
途中からは伝言ゲームのようにコソコソと後ろへ静かにするよう耳打ちする者まで現れる始末だ。
領主邸の門からかなり距離がある、馬車の通り道の中間辺りに待機していた男二人組にも丁度伝言が回ってくる。
「おい、あんまり大声出すなってよ」
「はあ?なんでだよ。やっとあと少しでこっちまで馬車が来るっていうのに盛り上がらないでいられるか?」
「いやそれが、ご子息様がな………」
「ご子息様が?」
「寝てるらしい」
「寝てる………?」
「ああ。だから起こさないために静かにするようお前も後ろに伝えてくれ。万が一にも泣いたりしたら可哀想だろ」
「お、おう。それもそうだな」
こうしてとても祝い事の最中とは思えない沈黙が生まれ広がっていく。期待に胸を膨らませた人々が集まりながら静まり返っている異質な空間に堂々と馬車は現れた。
繊細なガラス細工でも乗せているようなあまりにも遅いスピードで進んでいるが、おかげで子どもの顔まではっきり見える。
尊敬する領主の登場をこうも素っ気なく迎えて良いものかと憂いていた者達もそんな心配はすぐに吹き飛んだ。というか、初めて目にしたご子息様の容姿に見惚れてそれどころではなくなったのだ。
伝言されてきた通りルシオンは眠っていた。顔を見やすいよう配慮したのか背中を領主の胸に預ける形で抱かれ、首が少しだけ横に傾いている。
ふわふわ。ふわふわ。太陽の光を透かすような綺麗なハニーブロンドの髪が揺れている。頭には天使の輪をモチーフにした金色の細身の王冠が乗っていて、等間隔にある尖りの上には小さなルビーの玉が付いていた。
同じく天使を彷彿とさせる衣装は白とベージュの布のみで作られている。派手な飾りは付いていないが上質なレースがふんだんに使われていた。
閉じられた瞼には髪と同色の長い睫毛が隙間を許すことなく敷き詰められて目の下には睫毛の影が出来ている。
(人形みたいだ………)
ルシオンの姿を一目見た時誰もが脳内でそう呟いた。
しかし淡く染まった頬と僅かに開いた唇がこの子どもが我々と同じ人間であることを物語っていた。
「ん………」
次の瞬間、皆が叫びたい衝動に駆られる。
「ふわぁ、」
ルシオンが突然目を覚ましたのだ。
前触れなく薄い瞼が持ち上がって鮮やかな赤色の瞳が露わになった。
領主によく似た血の色の瞳だ。先程までの儚げな雰囲気に毛並みの整った美しい狼のような洗練された野性味が加わった。
とはいえ大きく口を開けて欠伸を零した後眠そうに瞬きを繰り返しながら辺りを見渡す様子は大きく言っても小動物で、恐怖など一抹も感じない。
それどころか愛らしさしか感じなかった。
「ルシオン、起きたか?集まってくれた人々に挨拶を………」
「ん………」
ルシオンは再び目を瞑り身動ぐと、居心地が悪かったのかモゾモゾと動き始め最終的に領主と向き合う形になった。領主のよく鍛えられた厚い胸板に頬をベッタリ当てて、すぐにまた深い眠りに入ってしまう。
「今日はもう無理そうねー。ほら、貴方」
「あ、ああ。皆すまないな!ルシオンはちょっとやそっとのことでは起きない逞しい子だから自由に声を上げてくれて構わないぞ!」
領主が妻に促されるまま立ち上がり、大きな声で宣言した。その言葉通りルシオンがビクともしないのを確認し、領民達は溜まっていた思いを爆発させる。
「ルシオン様ー!お誕生日おめでとうございまーす!!」
「美しいお顔を見せてくださってありがとう!」
「ご子息様万歳!!エリューストの新たなる希望!!」
「とりあえず可愛いー!まじで可愛いー!」
「おい!テメェそれは無礼が過ぎるぞ!」
「え!?だって可愛いくね!?」
「そりゃ可愛いさ!!!」
こうしておかしな静けさとともに始まったお披露目は無事盛大な歓声とともに幕を閉じた。
―――その日の晩。ルシオンの自室にて。
「寝すぎです!」
「寝すぎでしたね」
「めんちゃい」
ルシオンはリッツェとエド先生に詰め寄られ、珍しく居住まいを正して声を出して謝罪した。
いやー、馬車もゆっくり進めば揺りかごみたいなもんだな。なかなか良い睡眠時間だった。後悔はない。
「坊ちゃま反省してます?なんかやり切った感出てません?」
「出てますね。滲み出てます。清々しい顔してます」
「‥……めんちゃい!!」
確かに折角集まってくれた人達には申し訳ないことをした。次があればその時は頑張って起きることにしよう。気力があればの話だが。
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