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第一章 幼少期編
第二十九話 本物の無気力は目を閉じる
しおりを挟むリッツェの絵本は魔法の才能を活かして様々な工夫が施されていた。絵が動き出したりドラゴンが立体的に浮き上がったりどれも的確に子ども心を擽る。手描きの絵も綺麗で物語も細かいところに目を瞑ればなかなか面白い。
「『そうして坊ちゃまは覚醒し、ドラゴンを倒した英雄になったのです』
この坊ちゃまはなんなんだ?歩くのも嫌がるくらいの面倒くさがり屋のくせに冒険に出て大剣を振り回して戦うなんて矛盾してるだろ」
細かいところに目を瞑れなかったエディの的確なツッコミは実に正しい。プレゼントとしていただいたものではあるが何も言えなかった。
『坊ちゃま』が恐らく俺をモチーフに作られたキャラであることは黙っておこう。変なイメージついたら困る。
何はともあれ無事絵本も読み終わり帰る時間になるとエディはまたまた予想外の行動に出た。
「待て。………チビの分の昼食も用意してくれ」
迎えに現れたメイドさんを引き留めて俺を昼食に誘ったのだ。かなり遠回しな誘い文句だったけど。
ソファーに座ってうたた寝しているとすぐに迎えがやって来た。
「失礼しまーす!昼食の準備が整いました!」
この悩みのなさそうな溌剌とした声。ぴょんぴょん跳ねた毛先。意外にも着こなされた執事服。これは間違いなくリッツェだな。何してんだコイツ。
「初めて見る顔だな」
「はい!エリュースト伯爵家にて坊ちゃまのお世話係をしております、リッツェと申します!」
リッツェは両足を揃え額に手を添えて礼儀正しく敬礼した。
「何故お前が呼びに来るんだ?客に仕事をさせるなんてうちの使用人は何をしてるんだ」
「あ、いえ!僕がお願いしたんです!坊ちゃまを待っている間応接室を貸してくださったんですがあまりにも暇で………間違えた!時間が勿体なくて。折角なら皇宮に仕える一流の方々のお仕事を学べたらと!」
エディはドン引きしていた。思い切り顔に出ていた。対して俺は特に何も感じなかった。リッツェはこういう奴なのだ。もう受け入れるしかない。
「………まあいい。おいチビ、行くぞ」
「リッテ抱っこ」
「はーい!」
リッツェの抱っこはやはり世界一安定している。皇子に歩かせて自分は抱っこしてもらう構図に問題がある気がしなくもないが、歩く気力がないので考えないでおく。
「いってらっしゃいませ!」
今日も今日とて扉の前に立っている騎士さんに手を振る。今日は目一杯手を振る別れの挨拶ではなく深いお辞儀で爽やかに送り出された。
俺は面倒くさいので普段と変わらず軽く手を上げるだけ。頭を下げている騎士さんには見えてないだろうけど俺的にはきちんと返事をしたので何も問題ない。
三人で廊下を歩いているとメイドさん達から熱烈な視線を感じた。
エディがいるからかいつものように話しかけてはこない。その代わり皆頭を下げて俺達が通り過ぎるのを待った。問題はその後。
「なんかすごい見られてる!坊ちゃま人気者ですね!」
「………」
「不快か?」
首を横に振る。
確かに後ろから仲直りした幼稚園児を見守る保母さんの如く温かい眼差しを感じるが、むず痒いだけで不快ではない。
「ならいい」
エディは皆が何故安堵で緩んだ表情をしているか分かっていないようだ。
昨日俺がいつもより早く帰っていくのを見送る皆の顔といったらもう。心配やら不安やら絶望やら、とにかくそういった負の感情を鍋で混ぜて煮詰めたようだった。
あの時の気まずさを思えばこんなの全然気にならない。
食堂には部屋を縦断する長いテーブルが置かれている。なんでこの世界のダイニングテーブルはこぞって長いんだろう。もっと小さくして近くに座った方が声量を抑えられるのに。無駄に疲れる設計にする意図が微塵も理解できない。
「………」
「………」
とはいえ幸い俺とエディの食卓に会話はなかった。
エディはいつも俺を抱っこしてくれるメイドさんを後ろに控えさせてはいるが、自分で肉にナイフを入れてスープを掬いパンを千切って食べていた。
汁の一滴も飛ばさないで見惚れるほど美しい所作だ。
対して俺ときたらまったくもう。
「坊ちゃま、噛んで。噛んでください。お願いですから」
リッツェにパンを口に運んで貰ったものの咀嚼するのに一苦労中。味はとっても美味しい。でも屋敷で出される料理とは違い面倒くさがり屋仕様ではないため普通に噛まなければいけない。人生約二十年目にして専属料理長と医者の有り難みを知る。
「チビ、口に合わないのか?」
ゆっくりパンを噛みながら首を振る。
そんなことない。顎が痛いだけ。
「ならなんでそんなに食べるのが遅いんだ」
「申し訳ありません殿下。坊ちゃまは食べ物を噛むのが苦手なんです」
「そうか。ならゆっくり食べろ」
そういうエディは既に食べ終えていてナプキンで丁寧に口元を拭った。てっきりそのまま席を立つと思ったが、何故かテーブルに肘をついて此方に視線を向けている。
「………」
「見てないで食べろ。そんなんじゃ一生チビのままだぞ」
元はと言えばエディが見てくるせいなんだが、待たせている身なので食事に集中することにした。
結局エディは俺が食べ終わるまで席を立つことはなかった。もしかして全員食べ終わるまで待たなければいけないというルールがあるのかもしれない。
それにしたって食べている者から視線を逸らしてはいけないなんてルールは無いだろうに、メイドさんもエディも二人して片時も目を離さなかった。一体何が楽しいのやら。
「明日も来いよ」
食堂を出た扉の前。さっきまで意味もなく見ていたくせにそっぽを向いてぶっきらぼうに言い放ったエディは返事を待たずに行ってしまった。
どうやらここで解散らしい。
リッツェに抱っこされたままメイドさんに玄関まで案内してもらう。
かれこれ数を数えるのが面倒になるくらい第二皇子宮に通っているわけだが、宮殿内で使用人以外と会ったことはなかった。
だからメイド服とも騎士の制服とも違うシンプルなドレスを身に纏った貴婦人はいやでも目に留まった。
髪の上半分を後ろで結い、程良い微笑を携えたその女性は美しい姿勢で正面から歩いてくる。顔や手に薄く入った皺ですら溢れ出る気品を引き立てる要素になっていた。
女性は俺達の前で足を止めると手本をなぞるように滑らかな動きで挨拶をする。
「お初にお目にかかります。ベス・バードンと申します。エリュースト伯爵家のご子息ルシオン様、お会いできて光栄ですわ」
片手でドレスの裾を持ち上げてもう片方の手を胸元に当て四十五度のお辞儀をされた。多分きっちり四十五度なんだろうな。分度器がなくても分かる。
「………」
「坊ちゃま?」
「まあ。ルシオン様は人見知りがまだ抜けておられないようですね」
リッツェの胸に額を当てて顔を隠した。
なんだろうこの人の目。嫌な感じがする。何かを測られているような、品定めされているような。
淑女の笑みが完璧すぎて訝しく感じるだけかもしれない。だとしても一応見た目は三歳以下なので人見知りの一言で済ましてもらえるなら少しくらい素っ気なくしても許されるはずだ。
「夫人。坊ちゃまはお疲れのようなのでこの辺りで失礼しますね」
「そうでしたのね。足止めしてしまい申し訳ありませんでした。ルシオン様、私はエイデン殿下の教育を任せていただいておりますのよ。機会があればぜひ、ルシオン様にも教育させてくださいね」
ベスは仮面のように同じ表情のままエディの自室がある方へ歩いて行った。
あの人がエディの教師なのか。
優しそうな雰囲気だったけど俺とは相容れないな。なんてったって教師だからな。勉強とか無理。だるい。めんどくさい。
馬車の揺れに少しの不快感を感じながら瞼を閉じる。さっきから俺の感情を察している素振りのリッツェは珍しく何も言わなかった。
嫌な感じがしたのは単に彼女が教師だからだったのか。挨拶だけした非常に希薄な関係性なので勝手な印象で嫌な態度を取ってしまって申し訳ない。
ただ、一つだけ。『教育』という単語の冷たい響きがどうにも気がかりで、とはいえ目を瞑ればすぐに眠れる体質の俺は結局一瞬の嫌悪など忘れて束の間の平穏を堪能した。
―――その頃。帝都にあるエリュースト家の屋敷にて。
自室でエドワルドの診察を受けていたルシオンの母・ルシアの元にメイドの一人が駆け込んでくる。
「奥様!」
「あら?顔が真っ青よー。どうかしたの?」
メイドの様子は尋常ではなく額には汗を滲ませ声は震えていた。ルシアは敢えて落ち着いた声音でメイドの切迫感を少しでも取り除こうと試みるが、すぐにそんな余裕は失われる。
「そ、それが………神殿から、ルシオン様宛に手紙が届いております」
『神殿』
その言葉を耳にした途端、ルシアとエドワルドの瞳から色が失われる。
ここは小説の世界。大小様々ではあるが、あらゆるところに試練が散りばめられている。
ルシオンはまだそれに気づかぬまま………いや、面倒くさくて気付かぬ振りを貫いたまま穏やかな寝息をたてていた。
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