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第一章 幼少期編
第五十六話 本物の無気力はお勉強する(2)
しおりを挟む皇宮の地下牢獄にて。
「流石は長きにわたり神殿の頂点に君臨し続けただけあるな。この私がたかだか情報を吐かせるだけでこうも手間取るとは」
最奥にある独房の前には殺風景な獄中には似合わない質の良い椅子が置かれている。
皇帝はその椅子に腰掛け足を組み、演劇でも観覧するような優雅な姿で大神官を眺めた。
皇帝の出で立ちだけ見れば鉄格子の先に広がっているのがまさか眼窩を凹ませ口髭を中途半端に伸ばした老人だとは思うまい。
「我慢比べもそろそろ飽きてきた。君もすっかり老け込んでしまったことだしそろそろ諦めてくれないか?」
鉄格子の奥で片足を立てなんとか座っている大神官は透明な壁に囲われていた。蝋燭の火がユラユラと反射している。
そして皇帝を中心として何処からともなく薄い桃色の霧が湧き上がり、大神官の結界内を除く独房の床全体に広がっていた。
「………」
「喋る体力を使うのも惜しいようだな。
傲慢且つプライドの塊の君がそんな姿になってまで口を開かないとは、『あの方』がそんなに大切なのか」
大神官が不自然に口を固く結ぶ。
口を開かずとも肯定しているのが丸分かりだ。
「分かった。では質問を変えよう。
十年前の疫病は君が意図的に流行らせたのか?」
大神官は俯き顔を隠す。表情を読まれるのを防ぐためだろう。
「病で国が崩れれば大神官としての君の名誉も無事では済まないだろう。それも『あの方』の指示なのか?」
やはり答えはない。
一ヶ月以上眠っていない状態で結界を張り続けられる精神力の持ち主がそう簡単に口を割らないことは分かりきっていた。
とはいえこの老衰した姿を見るに結界が崩れるのも時間の問題だろう。そうなれば嫌でも全てを話すことになる。
『もう少し』
皇帝の心にそんな小さな油断が現れた時だった。
「ぐ…っ、ぐあぁぁああああっ!!!」
牢獄中に大神官の断末魔が響き渡る。
鉄格子の奥には何もない。ただ一人罪人が囚われているだけだ。
なのに何故、大神官の身体は炎に包まれその身を焼かれているのだろう。その火が燃え広がることはなく、ただ一心に大神官だけを焼き続けている。
皇帝は予想していなかった光景に立ち上がり数秒呆然とした。しかしすぐに我に返り鉄格子に飛び付く。
「おい!死ぬな!絶対に死ぬな!まだ何も聞けていないんだ!」
「ぐっ、うぅっ」
喉が焼けている。
意図的に喉から焼いているのだ。これではもう何も喋れない。
「陛下!ご無事ですか!………な、なんなんだこれ………」
「ひっ」
外で見張りについていた二人の騎士が慌てて独房に入って来る。一人は皇帝の前であることも忘れて呟きを零し、一人はあまりに衝撃的な光景に息を呑んだ。
騎士として情けない反応ではあるが、座り込まなかっただけマシと言えるかもしれない。
鉄格子の中で今正に一人の人間が燃え盛る炎に身を焼かれ、苦しみに身をよじり熱さに悶えながら助けを求めるように此方に手を伸ばしているのだ。
「おい、鍵を開けろ!!
君は神官を呼んで来い!神殿へ上級神官の派遣も要請してくれ!」
皇帝の指示に従い一人は外に飛び出し、もう一人はすぐに牢の鍵を開ける。
「陛下いけません!危険です!」
飛び込んだ皇帝を騎士が制止したのと同時に火の勢いは弱まり、瞬く間に消えてしまった。
見ることすら憚られるあまりに悲惨な大神官の姿に皇帝は拳を握りしめた。
神官を呼びに行かせる必要はなかった。脈を確認するまでもなく既に手遅れだと分かる。
「これは一体………」
騒ぎを聞きつけて入って来たゼオンも以前までの憎らしいほどに白を纏っていた大神官の黒く焼け焦げた姿に動揺を隠せない。
「黒い炎だ」
皇帝が小さく、しかしハッキリ呟く。
「黒い?」
「ああ。この目で見た。
炎だよ、ゼオン。前触れもなく起こる炎。何処かで聞いたことがあると思わないかい?」
「『神の欠片』を狙う者か」
「ここまで来ると繋がっていない方が不自然だな。
はは、まさか結界の内側から燃え上がるなんて。結界は魔力をも遮る。大神官が捕まる前から仕掛けられていたというわけだ」
皇帝の零した乾いた笑いには様々な感情が含まれていた。
そんな器用な感情の発散方法を知らないゼオンは怒りのまま牢の石壁を殴る。
自分より激しく怒りと不安を包み隠さず曝け出す友を見て皇帝は逆に落ち着きを取り戻していく。そうして冴えていく頭に嫌な予感がよぎった。
「君の息子の側にはリッツェが付いているんだよな?」
「ああ。あくまで屋敷の執事としてだがな」
「それならば今すぐ護衛として雇い直すべきだ。
大神官は君の息子を連れ去ろうとしたんだろう?
大神官の裏に神の力を狙う黒炎の使い手がいたのなら、再度狙われるのも時間の問題かもしれない」
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