無気力系主人公の総受け小説のモブに本物の無気力人間が転生したら

7瀬

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第二章 少年期編

第三話 新たな日常(2)

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「ベ、ビ、たーぁぁあああうわああああ!!!」
「大神官様!!ご無事ですか!?」

 髪の毛を激しく揺らしながら走って来たゲイレンは俺の元に辿り着く前に竜巻の餌食になった。
 いつぞやに治療棟の見張りをしていた若い神官さんも大慌てだ。

「ルシオン様、お疲れ様です」

 そんな状況を当然の如くスルーしたエド先生がやって来る。

 神殿に来る度に見ている光景だからな。エド先生もすっかり慣れたものだ。
 あの若者はどうして毎回新鮮な反応ができるんだろうか。

「疲れた」
「少し中で休みますか?」
「んーん。ここでいい」

 喋っていると勝手に身体が傾いていく。
 
 噴水を囲っている石ならではの冷たさ。
 この時期にぴったりの簡易ベッドだ。

「なになに?ベビたん眠いの?なら今日は神殿に泊まってく?」
「坊ちゃまに近づくな変態!」
「もー、マブダチに向かってそういうこと言わないの」
「誰がマブダチですか!」

 いつの間にかリッツェの竜巻を抜け出したゲイレンが芝生に座り込んで満面の笑みで見つめてくる。

 ゲイレンの自由な言動にリッツェは憤慨しているが、それでも日傘は俺の上から動かない。

「あのー、そろそろ次のご予定が………」
「やだ行かない。もっとベビたんと一緒にいる。ベビたんもオレといたいよね~?いたっ」

 あまり学ばないゲイレンは俺に触れようと手を伸ばしたばっかりにリッツェに足蹴にされた。

「ちょ、ま、いたいいたい!暴力はんた………痛いって!」

 まったくリッツェは。
 気持ちは分かるがやり過ぎだぞ。気持ちは分かるが。

「大神官様、ほんとにまずいですって。皇帝陛下も参加される大切な会議なんですよ!」

 そろそろ本気で焦り始めた若者神官くん。
 大袈裟に痛がるゲイレンを心配する余裕もなくズルズルと引き摺っていく。

「いやだー!行きたくなーい!ベビたん助けてぇええええ」

 必死の叫びも虚しくゲイレンの声はどんどん遠のいた。

 おお。あの若者なかなかやるじゃないか。
 嫌がる上司を無理矢理引っ張っていくなんて相当心が強くなければ出来ないことだ。

 てか俺はいつまでベビたんなんだ?もう十歳になるんだけど。

「では私もそろそろ戻りますね。ルシオン様、何かありましたらすぐに仰ってください。リッツェさん、よろしくお願いしますね」
「ん」
「はい!坊ちゃまのことならなんなりと!」

 続いてエド先生も治療棟の方へ戻ってしまう。

 神官服ではなく白衣を纏ったエド先生。
 昔夢で見たエド先生は神官服もよく似合っていたけれど俺はやっぱりこっちの方がしっくりくるな。

 周囲を見渡せば他にも白衣の人々をちらほら見かける。
 勿論治癒を求めて来ているわけではなく患者を治療する為にやって来たお医者さんだ。

 今この神殿では神官以外に医者も働いている。
 おかげで医者による神官達への医療知識の伝授や、人員が増えたことで帝都外への神官の派遣まで可能になった。

 それもこれも全て、今もなおかなり遠くで引き摺られているギャル神官もといゲイレンが起こした変化だなんて正直今でも信じられない。

 悪役大神官が失脚し、新たな大神官になったのがゲイレンだった。

 上が変われば自然と風向きも変わる。
 それでも、たった六年だ。
 六年で全国から優秀な医者を集めて神官達と完璧に連携させ地方に神官を派遣するまでに至った。

 今では医者の立場もかなり変わり、神殿を通して職業登録すればそれなりのお給料を約束されるらしい。その代わり神殿所属になるには試験で一定以上の点数を取る必要があるが、おかげで『神殿所属』という肩書が患者にとっての安心材料になるわけだ。

 ゲイレンってふざけているように見えて………いや実際ふざけた奴ではあるが、同時にかなりの切れ者である。

 だって多分これ、前大神官が失脚するより前から計画されていた。じゃなきゃここまでトントン拍子に進まない。

 エド先生もゲイレンを買っているらしく俺が神殿にいる間だけ医者としてお手伝いしているのだ。

 ゲイレンは報酬は弾むから毎日来て欲しいなんて言っていたが俺が阻止した。

 だってエド先生は俺のお医者さんだもん。エド先生も特に来たい感じじゃなかったし。


「あ、坊ちゃま。聖女様ですよ」
「………」

 身体を起こしてリッツェの指差す方を見る。
 俺と同じくらいの背丈の子どもが治療棟から此方に向かってゆっくり歩いていた。

 真っ白な神官服のよく似合う可愛らしい子だ。
 腰まであるキャラメル色の髪の毛が風でふわふわ揺れている。

「………」

 俺の前まで来ると何も言わずにペコリと頭を下げて隣に座った。

「ちは」
「………」

 これは別に無視されているわけではない。
 この子は基本喋らないのだ。

 その代わり口の端を少しだけ上げて微笑んだ。

 この子は一応聖女として知られている。
 名前はノア・フェアシル。
 母様が聖女の力を失った後に現れた『神聖力が異様に強い女の子』である。

「神子様、聖女様、こんにちはー」
「ちはー」
「………」

 民達も今の聖女が話さないことは知っているので頭を下げるだけでも特に不快には感じていない様子。

 でも多分それだけじゃない。
 
 息を呑む美しさを内外に併せ持ち、手を伸ばしても決して届かない。聖女という言葉はそんなイメージを抱かせる。

 しかしこの子はそれとは少し違う。
 真っ白な肌、桃色のほっぺ、光を詰め込んだみたいに輝く大きな丸い瞳。
 愛らしいお姫様みたいな、庇護欲を掻き立てる見目をしている。
 喋らないという事実すらもその要因の一つになっているのだ。

「………」
「………」

 喋るのが面倒な俺。
 喋らないノア。

 当然流れるのは沈黙のみ。

「ふんふんふーん」

 あとはリッツェの鼻歌くらい。

 とはいえこの状況も既に何度も経験済みだ。気まずくもなんもない。

 そもそもノアは別に俺の隣に座りに来ているわけではないのだ。
 元々休憩の時間になると噴水の側で座るのが日課らしく、俺がいようとそれを変える気がないだけ。

 俺は俺でわざわざノアのために移動する気力がないので自然とこういう状況が出来上がった。

「………」
「………」
「ふんふんふん、ふふんふふーん」

 つーかリッツェは何を歌ってんだ? 

「ふふん、ふふん、ふふふふふふーん」

 静かな空間でよくもまあここまで全力で歌えるな。

「ヘイヨーヘイヨー」

 なんかラップ調になってきたし。

「ふ、」

 ん?

「………」

 隣を見るとノアが慌てて口を押さえている。
 ただでさえ白い肌を青くして何かに怯えるように固く目を閉じていた。

「あれ?今誰か笑ってました?坊ちゃまの声じゃないですよね。でも聖女様の声にしては………」
「………」

 辺りを見渡すリッツェのせいでガタガタ身体を震わせていて、さすがに放っておくのは気が引ける。

「俺が笑った」
「え!?坊ちゃまって笑うんですか!?」
「わはは」
「うわ、何ですかその笑い方!!めっちゃ可愛い!」

 可愛いんかい。
 取り敢えずリッツェは秒で誤魔化せた。
 ったく。やばい壺とかすぐに買わされそうだな。そして帰り道で割ってそう。

「………」
「………」

 隣から熱視線を感じるけど気づかないフリをする。

 俺はこの子とは意地でも関わるわけにはいかないのだ。 
 だってこの子は何人もの人間がユリシスに思いを寄せる世界でただ一人、ユリシスから思いを返される人間だから。

 可愛い可愛いユーリのためにもこの子の未来だけは絶対に変えるわけにはいかない。
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