独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん

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不良さんとドキドキ

ご挨拶

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 次の日の早朝、エプロンのリボンを結びながら私は短く息を吐いていた。

 昨日抱きしめられた感覚が、まだ抜けない……っ。

 私より遥かに大きい絆那さんの熱が一晩明けた今でも残っている感じがして、思い出しては心臓が跳ねる。

 でも、絆那さんに抱きしめられるの……嫌じゃなかった。

 かと言ってお父さんに抱きしめられた時みたいな感覚じゃなくって、もっとふわふわした気持ちがあった。

 ずっとそうしていたいような、言葉にするのが難しい感覚。

 ……もしかして私、絆那さんのこと――。

「和凜おはよう~。」

「わっ⁉ お、お母さん⁉ お、おはよう……!」

「ん? どうしたの和凜、そんなに驚いちゃって。」

 ぐるぐると考え込んでいたからか、いきなり背後から現れたお母さんに思わず驚いてしまった。

 手元が狂ってしまい、落としそうになった菜箸を慌てて掴む。

 び、びっくりした……お母さん、いつの間に降りてきてたんだろう。

 そんな私にお母さんは眠たそうに目をこすって、首を傾げてみせる。

「ねぇ和凜、そこの大きいお弁当箱、どうしたの?」

「え⁉ えっと、これはー……」

 お母さんが言ってるのは、私とお母さんのお弁当箱の隣に置いてある黒いお弁当箱のこと。

 これは昨夜戸棚から見つけたもので、袋から出されてなかったから絆那さん用に使おうと思ったんだ。

 こういう時、なんて答えればいいんだろう……お友達に、とか?

 いやいや、友達にお弁当を作るって色々深掘りされちゃいそうだ……!

 だけどそれくらいしか思いつかなくて、思考がまとまらないままもごもごしてしまう。

 その様子を不思議そうに見つめていたお母さんは、諦めたように私の頭に手を置いた。

「ごめん、お母さん無神経だったね。言いたくないことだってあるよね。」

「そ、そういうわけじゃ――」

「いいよ和凜、言わなくて。危ないことさえしてなかったら、お母さんそれだけでいいから。」

 わしゃわしゃと軽く頭を撫でて、目を細めたお母さん。

 本当に言いたくないわけじゃないんだけどな……と思ったけど、絆那さんのことをどう説明すればいいか分からない。

 それならこのまま、勘違いされたままでも……いいのかな。そういう、良くない思考が働く。

 ……お母さんには嘘、吐きたくないのに。



「まぁ。」

「おはようございます。和凜さんのお母さん、でいらっしゃいますか?」

 でも、そんな心配は杞憂に終わった。

 お弁当も包み終え朝食も食べて、制服に着替えて……何気なく家を出た私。

 そうだった……昨日、朝も一緒にってお話したばかりだった……。

 お弁当のことばかり考えていてすっかり抜け落ちていた私に、家の近くで待っていてくれていたらしい絆那さんが近付いてくる。

 今日も気怠そうなオーラを出していてある意味安心するけど、これはややこしいことになっちゃったな。

「えぇ、和凜の母です。いつも和凜がお世話になっていて……お節介なら申し訳ないのだけど、もしかして和凜の彼氏さんかしらっ?」

「お母さん⁉ な、何言ってるの……!」

 お母さん、完全にからかってきてる……。

 恋愛に疎い私とは違い、お母さんは筋金入りの恋愛大好き人間。

 だからいつかはこうなると思ってたけど……今日になるとは思っていなかった。

「お名前、聞いてもいい?」

「……天狼絆那と申します。」

「あら、お名前までかっこいいのね~。それにしっかりしてそうだし、絆那くんになら和凜を任せられるわっ。」

「そう言っていただけるなんて、光栄です。」

「お母さんっ、私たちもう行くから……! 行ってきます!」

 いくら娘の恋路が気になるからって、お喋りが過ぎるよお母さん……!

 絆那さんも困ってしまってたし、一刻も早く離れたくて慌てて遮る。

 そして無意識に、絆那さんの手を握っていた。

「っ……。」

「へぇ……あらあら~。」

 もう、お母さんってば!

 ニヤニヤしているお母さんを背に、学校への道を進んでいく。

 だから、分からなかった。頬を真っ赤にして、戸惑っている絆那さんの姿が。



 それからしばらく歩いて、やっと学校が視界に入る。

 はぁ、朝から大変だったなぁ……。

 さっきの出来事を払拭するように小さく首を振ってから、校門を潜ろうとしたその時。

「あっ……き、絆那さんごめんなさい! 手、握っちゃってて……っ。」

「……いや、俺は大丈夫だ。」

 尋常じゃないほどの熱が手にあることに気付いて、パッと手を離した。

 わ、私、なんて大胆なことっ……!

「本当にごめんなさい! それにお母さんのことも……いつもはあんな感じじゃないんですけど、気にしないでいただけるとありがたいです……。」

 まさかお母さんがグイグイ行くタイプだとは思ってなかったから、止めるのにも時間がかかってしまった。

 うぅっ、絆那さんに迷惑かけちゃった……。

「本当に大丈夫だから、そう謝らないでくれ。和凜のことを大切に想っている、素敵な人じゃないか。」

 相変わらずな優しい声が降ってきて、同時に頭を撫でられる。

 ふわっと愛でるような撫で方で、ドキッと心臓が高鳴った。

 だけどドキドキだけじゃなくて……この、胸が焦がれるような感覚は一体……。

「和凜が気遣ってくれるのも分かってる。本当に、気にしないでいいからな。」

「は、はい……。」

 これ以上言ってもダメだと悟り、言われるがまま頷く。

 それを見て絆那さんは満足そうに微笑んで、また私の頭を撫でた。

 ……私、どうしちゃったんだろう。出会って間もない人なのに、こんなにドキドキしちゃうなんて。

 今まではなかった感情に首を傾げずにはいられなくて、自分に疑問を抱いてしまった。
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