独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん

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忍び寄る影

苦い決断

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「……それじゃあ、また昼にな。」

「はいっ。」

 その後は特に何事もなく、無事に学校に着いた。

 絆那さんと軽く言葉を交わしてから、いつものように昇降口で美月ちゃんを待つ。

 だけど珍しいな、今日はいつもより遅く来たはずなのに美月ちゃんがまだなんて。

 単純にまだ来てないだけ? それとも何かあったのかな……。

 まだまだ時間に余裕はあるものの、普段早く来る美月ちゃんがいないのが違和感で心臓が嫌な音を立てる。

 ……ううん、美月ちゃんに限ってそんなことないはずだ。美月ちゃんは誰よりも強いんだから。

 自分を無理やりそう納得させるけど、何故だか嫌な予感がしてたまらない。

 ダメダメ、こんな不吉なこと考えちゃ。もっと楽しいこと考えようっ。

 じゃないと本当に、何かありそう――。

「おい、咲城和凜。」

「っ……!」

 じわじわ不安が体を蝕んできたその時、私に冷酷な声が突き付けられた。

 だから急いで顔を上げると、いたのは見覚えのある人。

 絆那さんと同じくらいの背丈で、紺色の髪に水色のメッシュが目立つ。

 何かを企んでいそうに細められた群青色の瞳は、私の中の何かを見抜いているように見えた。

 この人は確か……生徒会長の、天満時雨てんましぐれさんだ。

「わ、私に何の用ですか?」

「その様子だと、俺のことを相当怪しんでいるな。別にお前を取って食ったりはしねぇよ。」

 そりゃあ、怪しむに決まっている。会長さんは気分屋で何を考えているか分からないし、唐突に話しかけてきたのも何か裏がありそう。

 しかも噂によると、これまでたくさんの不良を返り討ちにしてきたとか……。

 きゅっと口を噤んで会長さんから目を逸らすと、会長さんは呆れたように息を吐き出した。

「まぁいい。今日はお前に、少し頼みごとをしに来たんだ。」

「頼みごと……?」

「あぁ。お前にもできる、簡単なお仕事だ。」

 会長さんは、何を企んでいるんだろう……雰囲気からして何か、とんでもないことを頼まれる気がする。

 簡単なお仕事って、危ないものじゃないよね……?

「何を、頼みたいんですか。」

「そう身構えるな。お前にしてほしいことはただひとつ……天狼絆那、あいつを突き放せ。好きじゃないと、むしろ嫌いだととことん突き放すんだ。」

「……え?」

 どういう、こと……?

 このタイミングで、どうして絆那さんの名前が出るのかは分からない。

 分からない、けど……!

「どうして会長さんにそう言われなきゃいけないんですか! 意味が分かりません……っ。」

 せっかく自分の気持ちが分かったのに、何で会長さんがそんなこと言うの……?

 会長さんと喋ったのはこれが初めてで、会長さんに言われる筋合いなんてないはずなのに。

「それだけあいつのことが好きなのか、お前は。」

「っ、何で知って……!」

「最近はずっとお前らを視察していたからな。大体のことは把握しているつもりだ。」

 う、嘘……一体いつから見られてたんだろう……。

 ぽかんと口を開けてしまう私に、会長さんはそのまま言葉を続ける。

「お前らが仲いいのは学校中でも有名だ、しかもお前なら俺の望みを叶えてくれると思った。だからこうして頼んでいるんだ、咲城和凜。」

「そんなのできるわけ……っ!」

「脅しのようなことはあまりしたくなかったが、たてつくようなら、俺だって手段は選ばない。」

 そう言うと会長さんは、遊ぶように目を細めて。

「絆那がどうなってもいいのか?」

「……何で、そこまでして――」

「それは今は言わない。しっかりやってくれるなら、教えてやってもいいが。」

「卑怯ですよ……っ!」

「卑怯で結構。俺はそれほどまでに、叶えたいことがあるんだからな。」

 何を……?とは、聞けない。

 それくらい会長さんの周りには、私じゃ太刀打ちできないほどの覇気が溢れていた。

「もし無視したら……どうするんですか?」

「その時はさっきも言った通り、絆那に手を上げるだけだ。安心しろ、お前には何もしない。」

 不敵な笑みを浮かべ、嘲笑うように私を見てくる会長さん。

 会長さんは、そう言えば私が断れないのを分かっている。

 だからここまで、苦を強いてくるんだ。

「俺の言ったとおりにすれば、その時には全てを教えてやる。とりあえず手始めに、一週間くらい距離取れ。」

「でも私は――」

「無理ならそれで構わない。だがそうすれば、絆那がどうなるか分からないぞ。」

「それは……」

「嫌なら大人しく言うことを聞いてればいい。それじゃあな、期待してるぞ。」

 一方的に言いたいことだけを言って、颯爽と去っていった会長さん。

 その背をぼんやり見つめながら、私はぺたんと力が抜けそうになってしまった。

 ……そんなの無理だ。私にはできない。

 しかも私の気持ちを分かって言ってきたなんて、ずる賢すぎる。

 本当に、卑怯な人だ……っ。

「和凜、どうしたの? 顔真っ青だよ⁉」

「み、美月ちゃん……。」

 会長さんの言葉を頭の中でぐるぐる繰り返していると、焦ったような美月ちゃんの声が弾け飛んでくる。

 こんな話、美月ちゃんに知られちゃったら心配させちゃうよね……。

 それに知られたら、朝霞さんや絆那さんにも気付かれるだろう。

 それだけは絶対ダメだ……!

「う、ううんっ! 何でもないよ!」

「……そうには見えないけど。」

 さ、さすが美月ちゃん、勘が鋭いっ……。

 一瞬怯みそうになったけど、気をしっかり持って首を強く振る。

「本当に何でもないからっ……! 多分疲れてるんじゃないかなぁ、あはは……。」

 美月ちゃんに嘘を吐いている事実が苦しい。絆那さんを突き放さないといけない未来が怖い。

 だけどそうしないと、絆那さんがより危険な目に遭ってしまう。

 いくら絆那さんが強いとしても、会長さんのあの様子なら本当にどんな手でも使ってくるはず。

 ……突き放すなんて、私には。

「……。」

 苦しさからスカートの裾をぎゅっと握った私を、美月ちゃんは神妙な面持ちで見てくる。

 でもこれから先の怖い未来のことで頭がいっぱいな私は、その視線さえ気付くことはなかった。
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