(BL)君のことを忘れたいから遠回りしてきた

麻木香豆

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第三章 異性の扉

第十五話

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「どう? 考えたか」

「……はい。お受けしたいと」

「そう、じゃあ連絡するよ」

 これは数日後の店じまいし、鍵を閉めた後の別れ際前の話であった。
 他のアシスタントたちも來の独立の話は聞いてはいたから返事がどうなるかも興味津々のようだった。

「來さん、独立しちゃうんですね」

 カラー担当のカヨがそう言うと

「うん、まだ何をどうするとかまとまってないけど」

 來はそう返事して店から去った。一人だけ別の帰宅路。

 独立を決めたからにはと思い立ってからいろんなことを考えなくてはいけないことが一気に押し寄せてきた來だが、同じ職場のメンバーから誰かと……の方が彼にとっては安心だが一番信頼がおける人間は実の所大輝くらいしかいない。
 カラーリングの技術に長けているカヨも、と思うが彼女は大輝の完全たる右腕であり、結婚してからもスタッフが多い方が産休育休でも融通がきくし、安定して働き続けるとなると長く続けている大輝の店で、となるだろうと思って來は声をかけづらかった。

 他にも最近手伝いに行ってる店に数人が後輩がいて話は苦手だが細やかなところに気を配れる新卒の男性やネイルもできるアシスタントの女性もいる。

 またできればカヨと同じように今後のライフプランの変化に柔軟に対応できる男性の技術者が欲しいところだがそれぞれやはり店を持ちたい、まだ年長者の元でスキルを磨きたいというものが多い。

 也夜の婚約者だったという知名度を活かせばもっと集まるのだろう、そう思いながらももう忘れたい人の名前を使って集めるのも、そんな葛藤もある。

 そんなこんなで考えながら一人歩いていた。帰路が一人でよかった、來が思っているとふと通りがかった美容室に目がいった。

 普段はここに美容室がある、それくらいにしか思ってもいなかったのだが。

「……あれ、あの子」

 見覚えのある人がいた。美容室でもこんな夜遅くにいるのは客としてではない。普段この時間は閉まっているか……技術の練習に残る店員だけだ。

 その見覚えある人はリカであった。あの清流ガールズNeoの。
 彼女たちは地方アイドルだけでは当然食ってはいけない。様々なバイトを掛け持ちしたり学生をしながらだったり……。

 來は思い出した。リカは専門学校に行ってるのは聞いてはいたが、何のかは教えてくれなかったもののメイクやセットをする際にチラチラと道具や來の手つきを見ていることがあった。

 たまに用具のことやヘアアレンジのことも聞いてくる時も。
 なんとなく同じ美容の道なのか、とは思っていたのだがその勘は当たっていた。

 マネキンを使って一人黙々と練習しているリカ。奥では先輩や店長が店締めをしている。

 清流ガールズNeoは今度新曲披露もあり、稽古も週に二、三回あると聞いてはいたがこんな夜遅くまで……とリカの手つきをつい見て立ち止まった。

 案の定、店主が気付きリカが外の來を見た。会釈されたため來も慌てて会釈した。

 スタッフの一人が來であることに気づいて店に入れてくれた。

「來さんじゃないですか。帰りです?」

「うん、まあ……」

 近くのライバル店とは言え扱っている溶剤や美容メーカーが同じであると勉強会でも顔を合わせるし、來は也夜の結婚相手だったと言うのはこの辺りの同じ業界の人間は知っている。

 リカは知られてしまった、という少し気まずい顔をしているが

「こんばんは……」

 と挨拶をした。

「こんばんは。やっぱ美容の仕事してたんだね。夜遅くまで熱心だ」

「うん……アルバイトだけど専門学校の提携店だからインターンみたいな感じで。今度試験なんだ」

「そうだったんだ。ああ、あの専門学校か。結構実績もあるし世界で活躍してる方も多く出てるから。他のスタッフさんも僕、知ってるし……」

 來はスタッフや店長に頭を下げると彼らも頭を下げてニコッとして業務に戻っていた。

「あまり他のメンバーにはここで働いてること言ってないんだ」

「なんで、言えばいいじゃん。僕も教えて欲しかったし……でもなんとなくわかってたけど」

「なんかさ、仲良しグループじゃないし……清流は。みんなあそこを踏み台としか思ってないから」

 なんともシビアな言葉である。踏み台、確かにそうかもしれないだろうが彼女たちを推しているファンからしたらショックな言葉であろう、來はひやっとする。

「後輩の子の髪の毛直してあげたりメイク手伝っていたらなんとなくこういうのが好きなのかなーってさ。高卒でアイドルとバイトでやってたけど……やっぱ手に職をつけないとなぁって」

 リカはそう言いながらもマネキンの髪の毛を切っていく。
 意外にも繊細で動きも良い。と言うのは失礼にあたるかもしれないと來はその手つきを見る。

「別に來くんがこれやってたからって決めたわけじゃないし」

「はいはい。まぁそれだったら尚更嬉しい」

 リカは來をみず頬を赤く染めていた。
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